「夕飯の支度」
読んでいただけると幸いです
夕方の台所には、
味噌の匂いが広がっていた。
鍋の中身を確かめながら、
真壁 澄は、
何度目かの視線を窓の外に送る。
神社の方角。
今日は、
帰りが遅い。
「……」
澄は、
ため息の代わりに火を弱めた。
慌てる必要はない。
そういう日だと、
分かっている。
***
戸が開く音。
「ただいま」
少し、
声がかすれている。
「おかえり」
澄は、
やはり振り返らない。
包丁を置き、
鍋に蓋をする。
「靴、ちゃんと揃えてるね」
恒一の動きが、
一瞬止まる。
「……うん」
「転ばなかった?」
何気ない問い。
でも、
澄の目は、
彼の袖口に向いていた。
引っかき傷はない。
土の汚れもない。
「大丈夫」
「そう」
それで話は終わる。
***
食卓。
澄は、
恒一の箸の進みを見ている。
早くも遅くもない。
でも、
少しだけ、
迷う間がある。
「……疲れた?」
「ちょっとだけ」
「そういう顔だね」
否定も、
深掘りもしない。
澄は、
味噌汁をひと口すすり、
ぽつりと続ける。
「今日は、
帰り道が長かったでしょう」
恒一は、
顔を上げる。
「……なんで分かるの?」
「分かるよ」
理由は言わない。
澄は、
魚の骨を外しながら、
静かに言う。
「寄り道した日は、
足音が違う」
恒一は、
何も言えなくなる。
***
食後。
湯呑みを片付けながら、
澄は背を向けたまま言う。
「……あの場所は、
無理をすると疲れる」
恒一の手が、
止まる。
「……知ってるの?」
「知ってる、じゃない」
澄は、
少しだけ言葉を選ぶ。
「昔から、
そういう場所だよ」
それ以上は、
続かない。
***
夜。
恒一が部屋に戻ったあと、
澄は縁側に出た。
月は、
雲に半分隠れている。
澄は、
小さく息を吐く。
「……見えちゃう子は、
大変だ」
独り言。
誰にも、
聞かれない声。
神社の方を見る。
「でも、
あの子は優しいからね」
それが、
祈りの代わりだった。
***
障子を閉める前、
澄はもう一度だけ振り返る。
「……ちゃんと、
守ってあげておくれ」
宛先は、
言わない。
夜は、
何も答えない。
それで、
いい。
お婆ちゃん登場です
澄さんです




