「見えない影と、並んで歩く」
読んでいただけると幸いです
放課後の校門前は、
部活帰りの声でざわついていた。
自転車のブレーキ音。
誰かの笑い声。
夕方の空気は、まだ明るい。
「なあ、真壁」
颯太が声をかけてくる。
「今日、一緒に帰らない?」
「……いいですけど、
少し遠回りになります」
「問題なし」
即答だった。
***
町外れの道に出ると、
音が一つずつ消えていく。
車の音が遠ざかり、
代わりに風が稲を揺らす音が近くなる。
田んぼの水面が、
夕焼けを映して赤く光っていた。
「ここさ」
颯太が言う。
「急に静かになるよな」
「……そうですね」
恒一は、
神社の森を見る。
木々が重なり、
奥が見えない。
(……いる)
空気が、
わずかに冷たい。
「……なあ」
颯太が、
声を落とす。
「誰か、
いないか?」
恒一の足が止まる。
「……どうして?」
「分かんないけど」
颯太は、
首の後ろを掻いた。
「背中が、
ぞわっとする」
そのとき。
ざり。
砂利を踏む音。
振り返る。
――誰もいない。
でも。
田んぼの水面に、
恒一には見えた。
人の形に近い、
黒い影。
輪郭が曖昧で、
揺れている。
「……佐倉くん
止まって」
「え?」
「……今、
動かないで」
影が、
一歩近づく。
距離が、
縮まる。
「……なに、
これ」
颯太は、
辺りを見回す。
「誰もいないのに、
音だけする」
影が、
田んぼの縁に立つ。
恒一には、
はっきり見える。
でも。
颯太の目には、
何も映っていない。
「……寒くない?」
颯太が言う。
「急に、
風止まった気がする」
その瞬間。
ぱん。
乾いた音が、
遠くで響いた。
神社の方角。
瓦を叩く音。
イエモリだと、
確信した。
影が、
一瞬だけ揺らぐ。
「……今の音、
聞こえた?」
「……はい」
「何か、
近くにいるよな」
恒一は、
一歩前に出る。
「……大丈夫です」
影が、
再び動く。
距離が、
一気に詰まる。
そのとき。
強い風が吹き、
稲が一斉に揺れた。
「――そこまでだ」
ヒナトの声。
道の先に、
ヒナトが立っている。
逆光で、
表情は見えない。
影は、
ぴたりと止まる。
「……今度は、
声も聞こえた」
颯太が、
小さく言う。
「誰だ……?」
ヒナトが、
一歩踏み出す。
「人に、
触れるな」
影は、
後ずさるように下がった。
逃げる。
それだけ。
影は、
水面に溶けるように消える。
田んぼは、
何事もなかったように静まった。
***
虫の声が、
少しずつ戻る。
「……今のさ」
颯太が、
深く息を吐く。
「何も見えなかった」
「……」
「でも」
颯太は、
足元を見る。
「確かに、
何かいた」
恒一は、
それだけで十分だと思った。
「……一人じゃ、
なかったですね」
颯太は、
少しだけ笑う。
「だな」
***
別れ道。
夕焼けが、
空を紫に染めている。
「また明日」
颯太は、
何もなかったように手を振った。
「……はい」
一人になってから、
恒一は神社を見る。
屋根の上。
イエモリが、
じっとこちらを見ていた。
声は、
ない。
でも。
尻尾が、
一度だけ揺れる。
――ちゃんと、守ってる。
そう言われた気がした。
恒一、颯太とちゃんと喋れてる
良かったね〜




