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男が守られる世界で、彼だけが私を守ってくれた  作者: 妙原奇天


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第12話 交代の刻(とき)

 夜明け前、王都の鐘が三度鳴った。

 庇護組の宿舎の灯はまだ落ちず、廊下にかすかな薬草の匂いが漂っている。

 リアナは寝台の上で、白い布に包まれていた。

 熱。

 喉が焼けるように痛み、視界の端がゆらいでいる。

 指を動かすたび、手の中の護紋スカーフがひどく重く感じられた。


 ドアが開き、ノアが入ってきた。

 湯を持ち、音を立てずに腰を下ろす。

 「――三十九度です」

 「数字で言わないで。戦況報告みたい」

 リアナはかすれ声で笑った。

 「庇護組の夜間当番、行ってるんでしょ」

 「はい。今はルーチェとアデルが交代で見ています」

 「なら……もう十分」

 「十分じゃありません」

 ノアの声が低くなった。

 「あなたが倒れたのを、“噂”にする人がもう出てる。

  “女隊長は感情を使いすぎて壊れた”って」

 「いいわ」

 リアナは目を閉じた。

 「“壊れた”って言われても、交代の刻を作れたなら、意味はある」

 ノアは湯を差し出し、彼女の手に重ねる。

 「湯は弱さじゃない、ですよね」

 「……よく覚えてるじゃない」

 リアナは笑った。

 「今日から、指揮をあなたに渡す」


 ノアの目が驚きで揺れた。

 「交代……ですか」

 「ええ。手順通り」

 「僕が“離さない”を言う立場になります」

 「言える?」

 リアナの声は細いが、鋭い。

 ノアは答えず、親指の爪を二度押した。

 返す。二度。

 その返事を、リアナはもう声にできず、呼吸で返した。


 *


 午前の訓練場。

 庇護組の面々が集まる。リアナの姿はない。

 ノアが前に立つと、ざわめきが走った。

 「隊長は?」

 「休息中です。今日から、私が指揮を取ります」

 声に、まだ僅かに迷いがある。

 アデルがすぐに口を挟んだ。

 「代行指揮、正式な通達は?」

 ミレイが帳面を掲げる。

 「隊長直筆の署名入り。“交代の刻”施行。湯の承認もあり」

 アデルは顎を引き、渋々と頷いた。

 「なら、文句はないわ。……でも見せてみなさい。男の指揮を」


 ノアは布を肩にかけた。

 「指揮とは、指を揮うと書きます。

  私の指は、彼女に教わった通り、二度押すことしかできません」

 彼は前に出て、親指の爪を二度押した。

 「平常」

 レオンが返す。二度。

 「平常」

 それだけで、空気のざわめきが少し落ち着いた。

 「――今日の訓練は、“守る”の交代です」


 ノアは布の縁を地面に垂らし、言葉を続けた。

 「守る者が倒れたとき、守られていた者が前に出る。

  交代は恥ではない。布を長持ちさせるための呼吸です」

 ルーチェが前に出て、片膝をついた。

 「……あの夜、火を止めたときみたいに?」

「そう。あの夜、あなたが“泣いた”のを僕たちは見た。

  あれが合図になった。今日も同じです」

 ノアはルーチェの手首を取り、親指を二度押した。

 返る。二度。

 「平常」

 「平常」


 ミレイが記録をつけ、静かに呟いた。

 「“交代”の実演、成立」

 その瞬間、北門の方角から怒号が響いた。


 *


 「北区の庇護所が燃えてる!」

 知らせに走ってきた女兵が叫ぶ。

 ノアは即座に布を取る。

 「マリア、レオン、ルーチェ――北門へ! 交代制の確認、忘れるな!」

 走り出しながら、ミレイに短く叫ぶ。

 「隊長へ伝えて! 湯を!」


 王都北区。石造りの小さな庇護所の屋根が燃えていた。

 中には夜勤の女官たち。煙が低く滞り、泣き声が聞こえる。

 ノアは風向きを見て、双糸を張った。

 「マリア、左! レオン、右! 風を受けて!」

 布が炎を避け、煙の道ができる。

 ルーチェがその隙を抜けて中へ。

 泣いている女官の腕を取る。

 「外! “離さない”!」

 女官が答える。「離さない!」


 外に出た瞬間、火の粉がノアの肩に落ちた。

 布の端が焦げる。

 焦げた部分を切ろうとしたレオンに、ノアは首を振る。

 「切るな! 焦げも縫い目だ!」

 布を揺らし、風を逆に流す。

 炎が道を変え、屋根の方へ逃げる。

 最後の女官が出た。

 ノアは双糸をほどき、膝をついた。

 息が白く揺れる。

 「……交代、成功」


 マリアが手を差し出す。

 「ノア、火傷!」

 「湯を」

 彼は微笑んだ。

 ルーチェが湯を差し出し、湯気が肩の傷に触れた瞬間、

 彼の胸から涙が一粒落ちた。

 それを見た女官が、震える声で言った。

 「……守る人が、泣いてる」

 ノアは答えた。

 「泣くのは、交代の合図です。離さないために」

 周囲の者たちが、声を揃えた。

 「離さない!」

 燃える光の中で、その声が幾重にも重なり、渦をほどく風に変わった。


 *


 そのころ、宮廷の医務室。

 リアナは夢と現の境を漂っていた。

 ノアの声が遠くに聞こえる気がする。

 “焦げも縫い目だ”

 その言葉に、胸の奥の何かが静かにほどけた。

 唇が動く。

 「――交代、完了」


 ミレイがそっと目元の汗を拭き、

 「伝えるわ。あの子たち、あなたの“手順”を守った」

 リアナの目尻から、一粒だけ涙が零れた。

 その涙は、湯のように温かかった。


《次回予告》

第13話「涙の合図」

北区の火災の後、王都の人々が「涙の式」を求め始める。

だが、“涙を見せられない”リアナが復帰し、

守る側と守られる側の境界が、静かに崩れ始める――。

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