十一月一日、『う号』作戦、二
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
※ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
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『現実時間』十一月、一日。二十一時三十分。
石川県金沢市。市民図書館。
比較的最近できたこの図書館は、二十四時間開館しており、金沢の眠らない図書館と呼ばれている。
館内にはこの時間でも、警備員を含め多くの人間が本を読んだり、学生たちが勉強したりしている。
この時間勤務している図書館司書は、比較的若い人間、もしくは壮年男性が多い。
受付にいる司書で、白髪頭の壮年司書が、よく膨らんだパンのような腕を動かして児童書の貸出カードに名前を記入している。
そして村井……とだけ書く。次の文字を書きかけたとことで筆が止まった。
司書は襟元のマイクに小声で話しかけた。
「……シーマルサンから、マルニー」
『……発信者、コールサイン再度確認したい』
「……シーマルサンです」
『了解シーマルサン。要件をどうぞ』
「……村井尚子の息子のフルネームを再度確認したい。どうぞ」
『キーマンAのフルネーム了解。…… ……キーマンAのフルネームは、村井蓮、村井蓮である。どうぞ』
「村井蓮了解。蓮は、蓮根の蓮で間違いないか、どうぞ」
『…… ……その通り、蓮根の蓮。
蓮の花、蓮の実の、蓮という字である。どうぞ』
「了解」
『なお、対象間も無く現着。シーマルサン、マルヨンは、う号作戦における所定の準備を開始せよ。どうぞ』
壮年司書は、村井の後に、「蓮」と書き足した。
……と、受付のところに、無表情の少年が現れた。七歳ぐらいで、大きく「C」と書かれた黒い帽子を身につけている。
司書の前で何をいうでもなく、無表情で立ち尽くしている。
司書も、何か声をかけるでもなく、今しがた貸し出しカードに名前を記入した児童書を、無言で少年に手渡した。
少年は本を受け取ると、無表情のまま一言も喋らず、その場から歩いて去っていった。
* * * * *
科学書が並ぶ灰色い本棚。
その空間の雰囲気にはあまり似つかわしくない、無表情な小学生男子が、本棚に身を隠しながら、茶色いコートの女性を見ている。
一歩一歩、茶色いコートが進むのが見えるたびに、少年の表情は年相応の男の子のものになっていく。
少年が本棚の陰から飛び出した。茶色いコートの女性の脇を、走って駆け抜ける。
そして体が接触した瞬間に、持っていた分厚い児童書を床に落とした。
「あ! ねえ!」
女性が少年を呼び止めるが、少年は足早にその場からいなくなり、また、本棚の影に隠れた。
その時には、すでに無表情な顔に戻っていた。
目を凝らして、女性を見つめる。やはり本を拾った。
……よかったうまくいった。
少年は胸元のマイクに話しかけた。
「……シーマルヨンからマルニー」
『マルヨンどうぞ』
「対象。パッケージを回収確認」
『パッケージを回収。マルニー了解』
少年の瞳の中で、女性が、本をどこに返したらいいのかと貸し出しカードに書いてある本の情報を確認したのを見た。
そして……間も無くその名前を見つけることだろう。
こうもうまく行くものか。 だいぶ危ない橋を渡っていると思うし、これがうまくいかなかったらまた代替案を考えないといけない。
その場合あの女性は、何度も同じ本が偶然自分の元にやってくるという奇妙を体験することになるのだろうか。
少年は、年齢に釣り合わない大きめなため息をついて、女性を見つめた。
この後女性は、『彼ら』の企ての通りこの時拾った本を家に持ち帰り……
もちろん長い歴史の中ではその本自体は、波に飲み込まれるような些末な物ではあったが、
『彼ら』のこの日の行動は長い目で見ると確かに、『タナトス』へと導かれているのである。
一つの結末に対し、その結末に至るまでの道筋は一本だと思われがちだが、
実はそうではなくそこには人々の視点の数だけの道筋があり、結果、結末が一つだったと考えることができる。
では、今日この日の出来事を視点を変えればどんな偶然や、奇跡だったのか。それを覗いていくとしよう。




