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新しい『C』

『現実時間』八月三日。東京駅。午前十時。


 駅構内の喫茶店にて、神取が電話をかけている。

 

「よかった。ようやく繋がったか」


『ごめんなさい。こっちも……色々あって』


 受話器から聞こえてくるのは、藤田の声だ。


『神取さん、まだ金沢ですか?』


「勘弁してくれ。……今東京に帰ってきたよ。図鑑は、二冊とも美代子に返した。少し汚してしまったのを怒られたよ」


『え、じゃあ……』


 不安そうな藤田の声に、神取は一間置いて……


「あの後俺は『カーボンファージ』について……そして君らの活動履歴を読み返しながら、ある仮説、と言うより……『一個のストーリー』を考えついた。それが、明らかに間違っていないかの確認のために電話をしたんだ」


『タナトスの全貌が、わかったんですか……!』


 神取は、一応辺りを見回した。店内はこの時間人が大勢いる。

 誰も自分の話など聞いてはいないだろうが、一応、声量を抑えた。


「まあ、空想も空想だがな……。とにかく、長い物語になる。

 少しでも整理しながら喋りたいから……君らの活動履歴を読みながら話そう。手元に用意できるか?」


『できませんけど、覚えてますよ』


「それもそうか。よしじゃあ、『答え合わせ』だ」



 * * * * *



 プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績です。

 

・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。


・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。


・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。


・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。


・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。


・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。


・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。


・ 神取篤に、『パパーハ』を入手させました。


・ 上田美代子が『横浜』に興味を持ちました。


・ アルフレッド・マーカスが『横浜』に興味を持ちました。


・ 神取篤、上田美代子とアルフレッド・マーカスを引き合わせました。


・ 神取篤に、『奥多摩』を植え付けました。


 * * * * *



「いいか、今から話すのは、あくまでも君等からもらったヒントを元に、俺が考えた『ストーリー』だ。……ある少年がいる。彼の名前は……そうだな。『神取林太郎』」


「りんたろう?」


「……『まだ』産まれてないから、あくまで予定だけどな。

 とにかく林太郎には、植物学と環境生命科学を齧っている父親と、微生物応用学の権威の母親がいる。……家族三人、東京の『奥多摩』と言う場所に住んでいる」


「はい」



「林太郎は、常々、世界の林業を憂う親父から木のことを……

 そして林太郎が生まれてくる頃には、悪化して大問題となっているのであろうウッドショックによる世界経済のことを嫌と言うほど聞かされていた。

 林太郎には、幼くして愛読書がある。母親の宝物である二冊の図鑑だ。

 彼は絵本の代わりに、母親から図鑑を読み聞かされていた。それくらい、身近にあった図鑑だ。

 ある日彼は思う。『この図鑑に書いてあることを元に、お父さんの悩みを解決できないだろうか』

 ……二冊の図鑑に書かれている中で、彼に響いたポイントは三つ。

 それは、極限環境でCO₂を効率よく取り込む特殊タンパク質を持つ『深海藻』

 吸収したエネルギーを分解し、体内に効率よく送り込む『シロアリの腸内真菌』

 そして、過酷な環境でも生存できる『高山植物』の生態だ。

 林太郎は、効率よくCO2を体内でエネルギーに変えて、通常よりも早く成長する『木』を創れないか考えた。

 それが、まだ幼い彼が思いついた構想『カーボンファージ』だ。

 ……もちろん、林太郎が成長する過程で得た知識も加味して、ある日彼は自分の夢を実現させようとした。

 遺伝子組み換えで『カーボンファージ』を産み出そうとしたんだ。

 林太郎の母親は化学者。それも応用微生物の化学者だ。幼い頃から、その手の実験や研究は身近にあったんだろう……。

 しかし、初めての彼の実験には問題があった。自分が集めた細胞達は、どうしても『共存』できなかった。

 当たり前だよな。元々、全く別の世界の住民が交流するようなものだ。集めた細胞達は反発し合い、誤接続を繰り返し……

 林太郎が元々望んでいなかった形として微生物が生まれてしまう。

 それが……ひたすら目の前の二酸化炭素を喰う、『カーボンファージ』と言う小さい悪魔だ」


 

「……はい」


 

「科学に失敗はつきものだ。科学の歴史はトライアンドエラーの歴史とも言える。この小さな失敗も、長い目で見れば未来の化学者林太郎の大きな成功の礎になる……はずだった。

 それを、『失敗と見做してくれなかった存在』が身近に居なければな」


「……誰の事ですか?」

 

「俺の他に、奥多摩に住まわせようとしている人間がいるだろう」


「……アルフレッド・マークスか!」


「彼は……横浜で俺を襲った暴漢を撃退してから俺とは友人関係だ。そんな二人が将来、偶然引っ越し先でご近所様になったとする。そうなればどうだ? 多分……家族ぐるみの付き合いになる。

 順調に出世を重ねてきた彼は、軍の中でも上層部に意見が通る立場になっていたとする。

 出世の背景は……おそらく林太郎が成長する頃には世界中で木を巡った小競り合いが起きはじめているんだろう。これが君らのいう『大戦』の入り口かもしれないな。

 収拾のつく見込みのない戦争。全ての戦争がそうであるように……遅かれ早かれ事態は消耗戦へと向かっていくことに焦りを感じるアルフレッド。彼は何より核兵器を嫌っている。どこかの国が核のスイッチに手を伸ばす前に、戦争を早期終戦させる決め手がアルフレッドには必要だった。

 ……彼はこう思った。 

 ミスター・カンドリの息子が生み出した『カーボンファージ』ならば核に変わる兵器にならないだろうか?」


「……」


「枯渇していく資源。対戦国が、必死になって木を植える。

 とんでもない成長力をもつと言う、日本産の木だ。

 木にとって『開花』は、繁殖につながる意味を持つ。アレロモンやカイロモンと言う、虫や鳥に、開花を知らせるサインを出すんだ。

 自身の実や花の蜜を虫や鳥に運んでもらえるようにな。

 木の体内にあるカーボンファージが、体外に放出されるのはおそらく、木のエネルギーが外に向けて放出されるこの『開花』のタイミング。

 開花した木が、カーボンファージを撒き散らす……後は……君も知っての通りだ」


「……それが、『タナトス』の全貌……」


「あくまで、状況証拠に基づく仮説……仮説ですらないな。俺の創作だよ」


「神取さん。以前申し上げましたが、タナトスは進行していると見せかける必要があります」


「君の同業者を出し抜くためだろう?」


「そうです。今の神取さんの話で行くと……マークに林太郎くんの実験が悟られなければいいと言うことでしょうか?」


「それだと戦争が終わらんだろう。もっといい手があったらどうだ?」


「もっといい手……?」

 

「林太郎の夢が実現する」


 藤田は思わず息を呑んだ。


「可能なんですか……?」


「不可能だよ。ただし、現時点ではな。

 ヒントならある。ようは、『ウール』が解決してくれるんじゃないか? と言う事なんだ」


「『ウール』が?」


「カーボンファージが悲しい生物兵器になってしまった原因は、先ほど言った通り、息子が集めた細胞達を、『安定させる足場』がなかったからだ。雛床が必要だったんだよ。

 纏まらない細胞達を、自らに寄生させて物理的に同居させるミクロ以下の『ウール』

 そんなものは、現在の科学には存在しない概念だ。

 だがこれを……俺たちが今から、数十年必死に考えたら、本来叶わない息子の夢が叶うような気がしないか?」


「よく、そんなことを思いつきましたね……!!」


「……これがまた、不思議な話なんだがな。

 草案を思いついたのは、柳楽国昭だ。

 彼はこれを、『横浜で偶然ひろった、ウールでできた帽子に触って思いついた』と言うんだ。……これは偶然かな?」


「……」


「『君ら』が、思い付かせたんじゃないのか?」


「自覚は全くありません。でも……偶然じゃないんだと思います。

 俺や、神取さんの行動は、幾千、幾万の意志と決断がもたらした結果ですから」


「なんだそりゃ」


「こっちの話です。……ではこれからは、林太郎くんと一緒に、完成したカーボンファージを考えるのが神取さんの仕事ですね……!」


「そのためにはまず、林太郎を産まにゃならんよ。……全く、なんて責任を押し付けてくれたんだ君は……」


「神取さん、怖がらないでください。一人じゃありませんから」


「……さっきから、一体なんなんだ。……まあいい。それでな、なんで『奥多摩』なのかも俺なりに考えた」


「人が少ないからですか?」


「それもあるが……俺の言ったストーリーには欠かせない前提がある。それが……新種の木の細胞や苗を作り出す環境。『地下』だ」


「『地下』?」


「ああ。息子が実験をして、生み出す細胞が安定して繁殖するのに適した場所は、それなりの面積と、安定した温度。ついでに……

 君が言う通り人が少なくて、外の人間の目が向かないことが望ましい。つまり地下だ。都内にアクセスが良くて、地下に敷地を作り出しやすい空間。なおかつ人の少ない場所。そこで俺と美代子と息子は、新種の植物を産み出すんだろうさ。 見つからないように、こっそり、『祈りながら』な」


 神取が言った言葉で、藤田は別の人間の言葉を思い出した……


「……Pray fucking underground」


「ああ? なんだそりゃ?」


「いいえ、なんでもありません」


 もしかしたら、自分達が見逃しているだけでずっと、ヒントは与えられてきていたのかもしれない。藤田は思った。


「ところで、殺人兵器としての『カーボンファージ』と、完成した息子の夢の名前が一緒だと、ややこしくなるよな」


「あ、そうですね……」


「一応名前を考えたんだが……ん? …… ……あーすまん。時間だ。もうここを出ないといけない。

 後で、DMを送るよ……じゃあな」


「あ、はい。……神取さん」


「……なんだ。もう電話を切りたいんだが」


「……『また』会いましょう」


「……? まだそんな機会があるか? まあいい。じゃあな」



 * * * * *


 白い会議室。

 ここが、以前と同じ会議室か、違う白い会議室なのか、集められた人間にはわからなかった。

 

 とにかくここが、再編されたCチームの新たな『足場』になる。


 メンバーは、相変わらず五人らしい。

 今この部屋にいるのは……短い勾留時間を終えて釈放された、中条、三田村、山田。

 そして、『お上』からのお目付役鮎川の四人である。

 

 四人の中心には黒い端末が置かれ……今は別の部屋にいる藤田が四人に向けて、新生Cチームの任務を伝えたところだ。


 新しく与えられた彼らの任務は、『プロジェクトタナトス』が滞りなく進行する事……と見せかけて、

 戦争が激化する直前で終戦させる事である。もちろん、『カーボンファージ』を使用せずに。


『きん』から伝えられた事も話した。

 先ほどの神取との電話の内容も伝えた。

 その上で、あくまで実働が『五人だけ』であると言うことも告げた。


 その事実に、四人ともそれぞれ思うところはあったが、とりあえず一旦腹に収めたところだ。


「じゃあ結局……」


 話を聞き終えた山田が口を開いた。


「神取篤の子供にジャックするんだね? 藤田くんは。……本当に大丈夫なの?」


『そのことなんですが……鮎川さんと、三田村さんにお願いがあります。もちろん上は色々と助けてくれると思いますが……それでも俺一人では確かに、ジャックが強制解除された時等のアクシデントに対応しきれません。だから……

 神取さんの子供を数人で、見守ることにしました』


「え? どう言うこと?」


『もし俺のジャックが解除されたら、その瞬間代わりに入ってもらえるように……

 鮎川さん、それと俺と同じく監禁されている程の、元Aチームのフェイスという女性。二人に見守っていてもらいたいんです』



「できるの!? そんな事! とても長い時間なのよ!?」


『承知の上です。……新生Cチームの任務は、我々が今までやってきた任務よりも数段ハードな物になります。

 ですから皆さんも覚悟を決めてください。

 そして俺なら大丈夫です。……前職の経験から、少ない人員の中、無休でシフトを回すのには慣れてますから』


「人体とコンビニでは違うのよ!?」


『三田村さん。そんなわけでして、この任務にはバックアップが必要です。俺たちをサポートしてください。

 二十四時間、三百六十五日、数十年に及ぶ厳しい任務です。三田村さんにしか出来ない事です。……任されてくれますか……?』

 

 三田村は大仰にため息を吐いた。


「荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい作戦だな。しかし上からの任務なのだろう。……任務なら引き受ける。任されて務めると書いて任務だ」 

 

『……ありがとうございます』


 ヤニの切れ始めた中条が、貧乏ゆすりを始めた。


「前途多難だな。まあ、やれるだけやってみようや。上が良きように計らってくれるんだろう。

 ……ところでチーム名は『Cチーム』のままでいいのか?

『カーボンファージ』は採用しない方針なんだろう?」


『はい。それが……カーボンファージに代わる新たな微生物の名前を、神取さんが考えてくれまして。……その名も、コア・ファイバー』


「『コア・ファイバー』だぁ?」


「多様な細胞を、『核に留める繊維』なるほどな」


「……『C』ね」


『ですから、Cチームのままで、ダブルミーニングでいいと思います』


 中条の貧乏ゆすりが強まっていく。


「なぁにがダブルミーニングだ。

 ……言いたいことは色々あるが…… まず結局人数は何人なんだ? お前とAチームのナントカを入れたら、六人になっちまうじゃねえか」


『実働は五人です。俺とフェイスは監禁されてる程なので、数に入ってません』


「(ため息)じゃあ四人だろうが」


『その事なのですが……中条さんと山田さんには、俺たちよりも過酷な任務をお任せすることになります……』


「はあ。だと思ってたぜ。なんだよ。早く言えよ」


『……実は……』

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