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未来の息子の夢

『現実時間』七月三十一日。金沢のホテル。


 一度出ようとした部屋のベッドに、神取は大の字に寝そべった。


 炭素を食い尽くす微生物。

 未来の自分は、どんな教育をしてそんなものを生み出す子供を育ててしまったんだろう。

 

 先ほど、藤田に言われた言葉が頭の中で踊る。


『神取さんを信じます』


 信じられても、俺にはできることとできないことがあるんだよ。神取は布団に顔を埋めた。


 それにしても室内が寒い。

 もう我慢ならないと神取は、室内の電話でフロントに語気強めに訴えた。

 すると、ベテランと思われるフロントマンが応対し……


『かしこまりました。では室内のサーキュレーターをOFFにしますので』

 

 と言われた。


 サーキュレーターが動いてたのか。それはどうりで……室温を上げても寒いままだ。


 ……サーキュレーター?


 神取は、再び高山植物図鑑の五十三頁目を開く。

『深海藻:極限環境でCO₂を効率よく取り込む特殊タンパク質(吸光酵素)を持つ』


 二酸化炭素が……例えるなら空調。

 深海藻とシロアリの腸内真菌がサーキュレーターだとして……?

 

 木が、CO2を取り込む。

 取り込まれたCO2を、サーキュレーターが効率よくエネルギーに変えて、循環させる……。

 



 そうか……息子は、二酸化炭素を『爆発的に食って成長する』植物が作りたかったんだ。



 

 

 ベッドの空の上で大の字になり、神取は、心地の良い空想を描いた。


 その木は、二酸化炭素を大量に食う。そして、通常の木よりも効率良くエネルギーに変換する。 

 木は増殖しないが……通常の木の数倍早く成長する木なら……作れるかも知れない。


 息子は殺人兵器を作ろうとしたのではない。

 それまで頭を蝕んできたものが、解けて真っ白になった。

 しばらく頭の中では心地の良い沈黙が響き、目から流れた熱いものが頬を伝った。




 荒唐無稽なプランかも知れない。しかし……息子は未来でウッドショックを解決しようとしたんだ。




 

 ……


 神取はベッドから飛び上がった。

 それがどうしてカーボンファージとかいう兵器になった? 

 成長速度の速い木を作ろうとした。結果は……細菌兵器を撒き散らす木になってしまった。


 どうしてだ?

 研究が失敗したのか?



『ヒントは全部出ているはずです』


 頭で藤田の声が響く。

 神取は、図鑑、そしてPCを広げて、藤田たちCチームの任務内容を開いた。


 息子は確かに、自分の夢を引き継いだのかも知れない。

 そんな空想が神取を支配し、体を突き動かした。


 叶えてあげたい。息子が何かを間違えたのなら、親として正してあげたい。

 

 神取の目が、蘇った。



* * * * *



 白い部屋では、相変わらず重苦しい雰囲気が広がっている。

 上とのパイプ役である三田村が捕らえられた。

 

 どこを見るでもない目をしながら、上田がつぶやいた。


「藤田くんは、逃げた方がいいかもね」


「……? なんでですか?」


「タナトスの任務工程が完了した今、三田村くんが捕まっても……計画が頓挫する原因にはならない。でも、妨害を企ててることが疑われたらCチームは全員更迭されるかも知れないでしょ」


「俺だけって……。みんなは、どうするんですか?」


「わからないわ。まあ、少しでも時間を稼ぐとか。

 ……藤田くんが更迭されたらそれこそ、もう止められないかも知れないじゃない。タナトスが」


 そこに突然扉が開いて、二人ともビクッとなってしまった。 

 入ってきたのは中条だ。こんな状況でも一服して、部屋に戻ってきたのだ。


「なあ、俺の仮説は外れたことになるな」


 誰も何も応えなかった。


「Cチームに、『お上』ほどの責任者がいないのはやっぱりおかしい。俺はてっきりそれが三田村だと思ってたんだよ。でも……そうじゃなかったってことだよな。

 やつが『お上』の一人だったら……タナトスの計画書を見つけるのに手間がかからなかったはずだ。三田村はただの連絡係だったってことだな……」


 うーん……と中条が額に拳を当てているよこで、藤田が突然立ち上がった。


「わ、なんだよ」


「例えばですよ」


 何かに取り憑かれたように、藤田が言葉を紡ぐ。


「例えば、……僕が上田さんから産まれてくる子供にジャックし続けるというのはどうです?」


 ……シーンとした。総スカンとはこのことで、部屋中の誰もが藤田が何を言っているのかわからなかった。


「産まれてくる子供が、『自我』を持つ前に、僕がその子になるんです」


「いつまでだよ」


「ずっとです。その子として生きます。そして、タナトスが完遂される直前で計画を台無しにするんです。そうすれば『代案』だって間に合わない」


「……そしたらお前、戦争のほうが終わらねえじゃねえか」


「そうです。だから考えます。解決策を三十年考え続けます」


「お前があ? 無理に決まってんだろ」


「じゃあ他にどんな手があるんですか!」

 

「藤田くん」


 比較的落ち着いている山田が、穏やかな口調で藤田を諭す。


「簡単にジャックし続けるなんて言わないほうがいい。

 あなた、ジャックされた上田さんを金沢で正気に戻した時、何をしたか覚えてる?」


「……肩を、強くたたきました」


「その程度のことで、ジャックは解けちゃうんだよ。

 例えば藤田くんが産まれたばかりの子供にジャックし続けたとする。その子は自我を持たない子ということになる。そんな中……軽い衝撃で藤田くんのジャックが解けたらどうなるか……わかるわよね」


 藤田は何も言い返せなかった。


「じゃあ、もう何もできないんですか……」


「私たちは何かを知っては、いけなかったのかも知れないわね」


「そんな……」


 藤田が肩を落とすと、ここ数ヶ月で一度も聞いたことがなかった音が辺りに響いた。

 大量の足音だ。こちらに向かってくる。


「……誰か来ますよ……?」


「まずい……『お上』か!?」


 思わず中条が立ち上がるが……


「動かないで」


 先ほどまでずっと黙っていた鮎川が口を開くと、中条は固まってしまった。

 それだけではない。藤田も、山田も、指一本動かすことができなかった。中条が言葉を絞り出す。


「あ……あゆかわ……おまえが『お上』だったのか……」


 大量の足音が部屋の前で止まり、部屋が開くと数十人の黒スーツが、中条と藤田と山田を一斉に取り囲んだ。


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