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Cの真実

中条。


 彼がアルフレッドマーカスと自然に親しくなれたのには、黒スーツになる前の職業に理由がある。


 中条は元小型機のパイロットで、本土から離島へ物資やら郵便やらを送り届ける仕事をしていた。

 マークとは同じパイロット同士、波長があったのだ。


 空が好きで、飛んでいるのが好きだ。

 本当は鳥に産まれたかったが人間になってしまった中条にとっての地上は、重たく、煩わしいものばかりだった。


 だからタバコを吸った。吐き出す煙と共に、一日中空にぶら下がっていたかった。


 そして、人間としての仕事を終えた彼は、同じ羽を持っていても鳥ではなく、黒スーツとして、小型機ではなく人間や同僚を『操縦』している……。

 



 * * * * *



「シーマルニー、応答せよ」


 弱々しく、藤田が無線で呼びかける。


 Cチームが、今まで何をさせられてきたのか。

 それを知る、ほぼ唯一の方法が、Cチームに任務を出していた『アーカイブ』への潜入。


 アーカイブとの連絡が遮断されたら、タナトスの全貌を知る機会が失われる。


「シーマルニー」

 

 藤田が呼びかける。しかし、無線からは虚しいノイズが鳴り響く。


「中条さん……」


 すると……


 ガン! と部屋に通ずる白い扉が乱暴に開く。

 黒スーツを着た壮年男性が、勢いよく部屋に入ってきて、室内で崩れ落ちた。

 ……先ほどまで、三田村にジャックしていた中条である。相当体力を消耗している。


「中条さん!!」


 藤田と山田が中条に駆け寄る。

 中条は、息切れが激しくうまく喋れない。

 

 藤田が中条の背中を支えて、肩を貸す。

 しばらくして、ようやく言葉を発せられるようになった。


「……すまん。Aチームに見つかった……あと一歩で真実に辿り着いたのに……」


 中条は息を整える。

 そしてゆっくり、言葉を紡いだ。


「えらく時間がかかっちまった。すまん。

 アーカイブの中は……言葉では言い表しづらいが……情報と記録の集合体だった。

 アカシックレコードとはあそこの事かもな……そんな中から、Cチームの任務情報を拾い上げるのは……

 砂漠の中に落ちた胡麻粒を拾うみたいな作業だ。

 三田村の端末の履歴を元に探しても、こんなに時間がかかったよ。特に……『アレ』を見つけたのは……本当に単なる偶然だった……」


「『アレ』?」


「タナトスの計画書だ!! 見つけたんだ!」


 それを聞いた藤田の腕に力が入る。


「なんです! そこに何が書いてあったんですか!!」


「……そこで、Aチームに見つかったんだ……

 モンキーと、後一人、見た事ないでかいやつがいて……俺はそいつに見つかった。

 あんなに後を警戒してたのに……『奴』の目も耳も、俺たちとは比べ物にならん……」


「三田村くんは……?」

 

 心配そうに山田が問いかける。


「……それがな、捕まる直前、三田村の体が勝手に動いた。……タナトスの計画書の、一頁目を開いた後だ。

 ……壁に頭をぶつけて、強制的に俺を自分の中から追い出したんだよ。体と意識を乗っ取られている人間のできる事じゃない」


「え、それって……」


「……考えられるとしたら……初めから三田村は俺に、乗っ取られてなかった。もしくは、乗っ取られているのを自覚していた上で……

 自分の意志で『アーカイブ』に行ったんだ……」


「三田村さん……」


 

「……うまく逃げ延びてくれてたらいいが……そこから先は俺にもわからん」 


 藤田は肩を落とした。


「奴も、お前のために何かしてやろうと思ったってことだぞ藤田。そのおかげで計画書の一頁だけ読むことができたよ。

 世界大戦を終わらせるための手段。つまり『タナトス』の本命は……生物兵器だ」


「生物兵器……?」


「泥沼化する大戦。それを終結させるために……人類に生物兵器『カーボンファージ』を開発・使用させることが『タナトス』の本命である……どうにかそこまで読み取れた。

 カーボンファージを、人間たちに作らせるために俺たちCチームが編成されたんだ……」


「『カーボン』……ファージ」


「Cは……炭素の『C』だったんだ……」

  

 


 * * * * *


『現実時間』七月三十一日。金沢のホテル。早朝。


 神取はまた、例の夢で目が覚めた。

 寒い。どんなにホテルのフロントマンに言っても、室温が変わらないように感じる。

 ……そろそろ図鑑を美代子に返して、この部屋から出て行かないといけない。

 

 もう何日ここにいるのだろう。


 ホテルから出ないで、夢にうなされながら目が覚める一日。いたずらに時間だけが溶けていく日々。

 とても、まともな大人のすることではない。


 あの夢の出来事は、どうやら未来に自分と美代子から生まれてくる子供によって引き起こされる出来事なのだという。


 だとしたらどうして、自分の子供はそんなことをするのだろう? 

 自分が、木の怒りを子供に受け継いでしまうのだろうか。


 ……そう考えると、まだ産まれてない子供の事も、自分の事までもが許せなくなってきた。

 

 テーブルに目をやる。ここ数日間、呪いのように自分から離れない図鑑が二つ。

 そして……紙に書いた手書きのメモ。


『シロアリの腸内真菌』『深海藻』


 我が子はどうして、人間を窒息死なんてさせようとしたんだ。おそらくこの二つを使って……。


 毎朝見る夢のせいで、一日のうちに何度も何度も同じことを考えてしまう。

 

 まだ産まれてこない自分の子供を恨む。

 それはやっぱり、人としてまともな精神だとは思えないし、考えることも、来ない連絡を待つことにももう、神取は疲れ果てていた。



 シャワーを浴び、髭を剃って、部屋を片付けて、着替えた。

 そしてこの寒い部屋を出ていく準備を終えたところで、藤田から連絡がきたのである。



 * * * * *


 白い部屋


『カーボンファージ?』


 藤田が神取の声を聞いたのも数日ぶりだ。声色が明らかに変わっている。


 神取も、追い詰められているのだと感じた。


『炭素を食うもの……という意味か?』


「はい。中条さんの話ですと、それは生物兵器であると言う事まではわかりました」


『……ずっと疑問だったんだ。どうして木が人間に窒息死なんかさせるんだって。

 俺は、酸素を二酸化炭素に変換する木だと思ったが納得がいかなかった。しかし……なるほど単純に炭素を食う生物兵器を吐き出す木だったのか』


「炭素を食う……? それがどうやって窒息死を引き起こすのでしょうか……」


『わかるかよ。……いや待てよ? 食う、か』


 神取の声色が変わった。


『……あくまでも想像の話だが、例えば、そのカーボンファージとやらが名前通り炭素を食って急激に増殖する細菌だとしたら?

 人間だって炭素を吐いている。二酸化炭素だ』


「あ……」


『カーボンファージが呼気中の二酸化炭素に結合して肺胞内、血液内で急速に増殖する。

 肺と血液が爆発的に増殖したカーボンファージで占められ、細菌のゲルや細胞膜が肺胞の表面を覆う。

 すると肺に酸素が入る余地が狭くなる。さらに血液中に酸素を送れなくする』


 藤田は聴きながら夢の中でのことを思い出し、思わず自分の喉を触った。


『息苦しさに人間が悶えて、呼吸が荒くなる度に肺胞ではカーボンファージが爆発的に増殖する。

 いや待てよ……体内に、それも肺に細菌が入り込んだら人間は本能で咳をするはずだ。

 しかしその咳ですらカーボンファージにとっての餌だ。

 ……これが窒息死のメカニズムだ。馬鹿に合理的な兵器だな』



「そうでしょうか?」


『三十年後はもう、木が不足している事態だとする。

 敵国が必死に木を植える。その木が、例の木だったとする。

 例えば開花のタイミングで生物兵器を吐き出す。

 まさか原因が木だったとは、植えたやつにしかわからない。

 敵国にしてみれば、理由もわからずに国中の人間が大量に窒息死する。

 戦争が終わったら木を燃やしちまえばいい。そうすれば、全部元どうりだ。

 核兵器みたいな爪痕も残さない。細菌を吐き出す木の処理の仕方次第で街も破壊しなくて済む。

 ……呼吸する動物が死滅するだけだからな。

 全く……どうして俺の息子はそんなことをするんだ……』


「息子?」


『ああ、いや、産まれてくるなら息子って、そんな予感がしたんだ。……それで? そのカーボンファージの詳細は? 送ってくれるんだろう?』


「それが……わかったのが、『カーボンファージ』という名称と、それが生物兵器であることだけです……」


 沈黙。

 沈黙が痛かった。


『それじゃあ、もうどうしようもないじゃないか』


 神取の声から、すでに怒りではなく、『悟った』『諦めた』そんな色が見え始めていた。


『何もわからないんじゃ俺の仮説も立証できない。その細菌兵器を吐き出すのが木だとして……

 どうして見ず知らずの、得体の知れない木を国中に植えようと思うんだ』


「神取さん、でも、ヒントは全部出てるはずなんです。

 諦めないでください……上田さんを、悲しませないでください」


『そのヒントも、俺に宛てて与えられたヒントじゃないわけだろう?……最初から無理だったんだ。三十年後の人間が考えていることなんて……俺にわかるはずがない』


 神取の声が震えている。


『子供が産まれるのが怖い。

 自分達から生まれてくる子供が数十年後、そんな恐ろしい兵器を作るとわかってて、どうしてその子を愛せると思うか……?!

 正直、もう、美代子にもどんな顔して会えばいいのか』


「……恐れないでください」


『ああ?』


「恐れないで。周りを見てください。絶対ヒントがある。

 俺は、神取さんを信じます……また連絡します」


 ……また、主人公みたいなセリフを口走ってしまった。

 嫌になる。藤田はため息をついて、電話を切った。

 


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