表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/66

シロアリと窒息の夢


「じゃあ三田村には悪いが、協力してもらう。

 ただ共通認識として覚えておいてほしい。神取さん、あんたも聞いてくれ」


 白い部屋。中条が中央に置いてある黒い端末に話しかけている。


「ジャックは、ジャックされた人間の自我に干渉する。まあ考えればわかるよな。

 ジャックされた人間にしたら、自分が思ってもいない行動をするわけだから。

 よって長時間はジャックできない。……自我の強さにも個人差はあるが、俺の経験上、普通の人間で最長二日。

 まあ、三田村という人間性に鑑みるに……やつの場合一日でジャックを解かないと自我が崩壊しかねん」


『ま、待ってくれ! なんだジャックって!』


 端末の向こうから、神取の混乱が伝わってくる。


「それに関しては後で聞いてくれ。あんたはこう思っていてくれればいい。

 今からきっちり二十四時間……まあ、一度夢を見て起きて、それまでに情報が何も手に入らなかったら……

 俺たちのこの、悪あがきは頓挫する」


『二十四時間!? 三十年あるんじゃないのか!?』


「それは人間の都合だ。……神取さんが思っているよりも、俺たちの渡っているロープは細い。

 何せ、下手なことをしたら上に嗅ぎ付けられて更迭されるんだ。

 かといって何もしないでいると、俺たちを疑っている厄介なチームがそろそろ何かアクションを起こしてくる頃だ」


 藤田の脳裏に、去っていくAチームのフェイスの顔が浮かんだ。

 彼女は……どうなったんだろう?


「このチームが機能を停止したら、神取さん。誰もあんたに連絡なんか取ってくれないぞ。そしたらまあ……一人で頑張るんだな」


 端末の向こう側が黙る。絶望感を感じる沈黙である。


『わかった。全然判りたくないけどな。じゃあ……明日、連絡を待ってる』


 端末が停止する。


「……明日か。じゃあ、行ってくる。

 ……あと、以前藤田がジャックされた経験から、俺たちもされる可能性は十分考えられる。

 まあ、……そうなったらもうおしまいだが、俺が三田村を乗っ取って『上』の居る巨大な『アーカイブ』を彷徨っている間に、

 そのテのアクシデントは勘弁被りたい。山田、悪いが俺の意識をモニタリングしていてくれ」


「……わかった。『アーカイブ』で気を付けて」


「待ってください!」


 藤田が中条の背中を呼び止める。


「そもそも、中条さんがいくのではダメなんですか? その、『アーカイブ』でしたっけ」


「……さっき言ったろ。この中で『お上』とのパイプ役ができるのは三田村だけだ。

 他のやつは近寄ることすらできん。俺も、行ったことも見たこともない。正直、一日で手がかりなんか見つけられるのか自分でもわからん」


「なんでそんな融通が利かないんだ……」


「まあ巨大すぎる組織なんてのは往々にしてそうだ。『お上』にも考えがあるってことだろう。

 ……あと、この中で気がついてないのは藤田だけだと思うが……」


「なんですか」


「うん。さっき神取が言った言葉だよ。

 こんな大事な任務に、どうして俺たち五人なのか。

 ……それはこのチームの中に、『お上』のうち一人がいるんだと思う」


 藤田は、疑いの目で中条を見つめる。


「残念俺じゃないよ。まあ……三田村なんだろうよ」


 中条が言うと、山田も頷いた。


「その三田村も、どのくらい『上』の存在なのか、もはやわからんがね。

 上司の体を乗っ取るなんて許されんことだが……。まあ仕方がない。

 気が変わらないうちに行ってくるよ。一服してからな」


「ええ。……中条チーフ、くれぐれも気を付けて」


 山田が小さく言うと、鮎川も頭を下げた。

 中条は、手で挨拶を返すと、タバコを咥えたまま部屋から出ていった。


 

* * * * *


 数分後。白い部屋。


『こちらシーマルニー……』


 無線から、三田村の声が響く。

 中条がジャックした三田村だ。

 

「シーマルニー、どうぞ」


『アーカイブに到着した……。予想以上のデカさだ……。

 図鑑の発送元を頼りに中を探してみる。

 それともう一つ……悪いニュースだ。

 三田村の体がうまくいう事をきかん。

 ジャックしているのに……こいつに馬鹿にされてる気分だ。

 体を乗っ取られてまで相手を馬鹿にするとは……相当性格が悪い奴だ。

 ……まあやるだけやってみる。どうぞ』


「マルサン了解。……マルニー、お気を付けて」 

 

 

* * * * *


 

 気がつくと、神取は『あの木』に囲まれている。

 それぞれに黒い花をつけて不気味に聳え立っている。

 

 そして神取は、子供を抱えた女性が一人、うずくまっているのを見つける。

 中年女性で、目を見開き、顎が外れるほど口を開いて、喉元を押さえている。


 息ができないのだ。


 神取には解った。これは……美代子だ。

 

 美代子が目の前で窒息している!

 子供の方は、すでに泡を吹いて意識がない。

 思わず、美代子の肩を抱えて名前を叫び、背中をさするが、美代子の目は助けを求めるばかりで声も出ない。

 そして……美代子が喉を引っ掻いた。強い力だ。

 人間の本能がこうさせるのだ。


 神取は、名前を叫ぶ。

 美代子の喉の、皮がめくれて血が噴き出る。

 神取は、ただ名前を叫ぶ。

 美代子の爪が、彼女の顔中を引っ掻く。

 それ以上はだめだ! 神取は訴えるが美代子には届かない。

 神取は、ただ名前を叫ぶ。

 彼女の顔が赤く、認識できなくなっていく……




『現実時間』七月二十二日。金沢のホテル、早朝。


「やめろおおお!!」


 大量の汗と共に、神取は目を覚ます。

 目には涙が溜まっている。

 最悪な目覚めだ。


 実際、生きている心地がしないので大学は、同僚に代行を頼んで休んでいる。

 図鑑は、まだ返せていない。

 あれからずっと、メールボックスに溜まっている必要ない連絡を、トラッシュボックスに放り込みながら、図鑑と睨めっこをしているが、何もわからない。


 高山植物図鑑にある、たったの一頁、五十三頁目の深海植物の欄が頭から離れないのが邪魔をしている。

 自分がこんなに、鈍い人間だとは思わなかった……。


 やはり自分一人では解決できない。

 そろそろ、藤田から連絡が来る頃だろう……



* * * * *



 白い部屋にて、藤田のスマートフォンから神取の怒鳴り声が響く。


『まだわからないってどう言うことだ!!』


「……すいません。中条さんから、連絡が返ってきません。『アーカイブ』で、一生懸命手がかりを探してくれてるんだと思うんですが……」


『今日までじゃなかったのか!? 今日を逃したら、もう後がないって言ったのはそっちじゃないのか!?』


「……でもまだ、中条さんが頑張ってくれてます。ごめんなさい。もう少し待ってください」


『……なあ』


「はい?」


『……もし、美代子が……子供を産まなかったらどうなる?』


「一度説明したと思いますが、そんなことをしたら、上から『タナトス』が頓挫したと思われて『代案』に切り替わってしまいます」


『代案ってなんだ!?』


「判りません。落ち着いてください……」


『一方的にこっちに関わりを持ってきて、わからないことだらけじゃ無責任じゃないか!?』


「……その通りです。申し訳ない。

 ……とにかく、『代案』に切り替わったらもう、僕たちは関係がなくなってしまいます。どうなるかは分かりませんが……

 神取さんが見た夢よりも悲惨なことが起こるんだと思います」


『原爆か……?』


「あまり無責任なことは言えませんが……それに、もし原因が神取さん達から産まれてくる子供じゃなかったら、どうするんですか。

 上田さんの気持ちはどうなるんですか?

 言いにくいけれど……結婚してからも避妊を続けさせる気ですか? それとも、結婚もしないつもりですか!?」


 藤田には責任と約束がある。『上田に悲しい想いは死んでもさせない』と言う約束が。

 


『……そうは言うが、とても怖いよ』


 受話器の向こうの声が震えている。今朝まで、相当怯えていたのだろう。


「判ります。とにかく、もうしばらく待ってください。僕も色々考えます。何かあったら、こちらから連絡しますから」


『……頼む』


 電話が、冷たく切れた。



 * * * * *


『現実時間』七月二十三日。金沢のホテル、早朝。 


 現実が象徴する夢を見ているのか、象徴的な夢が現実を作るのか。

 神取は、昨日と全く同じ夢を見た。


「やめろおおおお!!」


 そして、いい大人が大泣きしながら目を覚ます。


「……びっくりした……」


「あ、ごめん……」


 隣には、美代子の姿がある。

 流石に神取がここのところ、大学を休んでホテルに引きこもっているのが心配で、様子を見にきたようだ。

 

「ごめん……ごめんな……」


 神取は美代子を強く抱きしめた。


「……どう、したの……?」


「……なんでもない。嫌な夢を見ただけだ……」


 昨日も、ホテルに美代子がくるまで図鑑を読み漁ったが何もわからない。

 気にして読んでみれば、気になることはあるにはあるのだ。

 しかし、どうしても深海藻のページばかり見てしまうのだ。


 そして、何もわからない。



 どうしたらいいんだよ。もう全部ヒントは出てるのかよ。


 神取は涙を美代子の肩に落としながら、やがて嗚咽を漏らし始めた。


 わからねえよ……! 誰か、誰か教えてくれよ……!!



「ねえ、そういえば、図鑑は読んでますか?」


 美代子が、神取を勇気付けようとして、声をかけた。


「……ずっと読んでるよ」


「昆虫図鑑のあれ、読みました? シロアリのところ」


「……シロアリ?」


「シロアリの腸内真菌について書かれている頁です。私が好きな話で、そんなことまで図鑑で紹介してくれるなんて思ってなかったから。思わずペンで印をつけちゃったんです」


 美代子は、微生物学の権威だ。なるほどそこに引っかかるのは自然なのだろう。


 確かに、昆虫図鑑にもいくつか付箋が貼ってあったり、

 赤いペンで色々と『印』が付いてあるのは見つけた。その中にシロアリのページも含まれていたのだろう。

 気にしなかったのは、付箋の数が多すぎたからだ。


 神取はベッドから飛び起きて、昆虫図鑑を広げた。

 ……あった! シロアリ……

 

「シロアリの腸内真菌はね、接種したどんな成分も分解して、効率よく体内に循環させる能力を持ってるんです。

 あんな小さな体の中にそんなシステムがあったなんて。これを学校で習った時なんでだか私、感動しちゃって」


 シロアリの腸内真菌……? 


 続いて神取は、もう何度見たかもわからない高山植物図鑑の、五十三頁目を読んだ。もう半ば暗記した文言だが、こう書いてある。


『深海藻:極限環境でCO₂を効率よく取り込む特殊タンパク質(吸光酵素)を持つ』


「篤さん……大丈夫ですか?」


「うん、平気。平気」


「……あ、いけない、私親に連絡しなくちゃ……」


 

 自分と美代子の間に子供が生まれたとする。当然、この図鑑を子供は読む。 

 神取や美代子が気になった部分を、子供も気になったのだとする。


 シロアリ、そして深海藻。俺の息子は一体、未来に何をしようとしたんだ?


 だが、一歩前進した。

 神取は、上田の額にキスをした。そして……くるはずの連絡を待った。


 * * * * *


 白い部屋。


「うああ!!!」


 藤田が目を覚ました。信じられないくらい体が暑い。


「だいじょうぶ?」


 隣に座っている山田が声をかける。


「大丈夫です……ごめんなさい。寝てしまったみたいで……

 最悪な夢を見ました」


「無理もないわ。五十時間もこんな調子じゃあ……」


 五十時間!? ……五十時間も経ったのか……

 いまだに、中条から連絡が返ってこない。

 無事なのだろうか? そして……


「三田村くん……」


 心配そうに、山田がつぶやいた。




 * * * * *


『現実時間』七月三十日。金沢のホテル、早朝。


 同じ夢を見続けている。これで九度目だ。

 この十日間の記憶はほとんどない。

 きっと、同じ景色を見続けているからだろう。

 

 美代子から、病院に行くことを何度か勧められた。

 しかし頭は正気のつもりだし、元気とは言えないが、健常者ではある。

 

 何度も、藤田と連絡をとっているが、繰り返すたびに向こう側から疲弊と、焦りと、絶望の声が増してきている。


 そしてそれは、自分の絶望でもあることを意味している。


 わかっていて、それを認めてしまうのが怖くて、金沢と、この図鑑から離れられなかった。


 思わず咳き込む。

 どうやら、完璧な健常者ではないようだ。

 昨日あたりからこの部屋の空調が効きすぎている気がする。

 ホテルマンに、弱めてもらうよう頼んだ。



* * * * *


 白い部屋。


 おそらく現実時間で、十日が経過してしまった。

 あれから何度となく、中条に呼びかけているが返事がない。


 藤田も山田も鮎川も、しだいに口数が減っていった。

 

 時間がかかりすぎている。まともな人間なら、十日間ジャックされたらもう、廃人になっているだろう。

 藤田は、フェイスが連行されてからも見る、『窒息の夢』の事を考えていた。

 あの夢は、フェイスが見せていたのだという。

 では今は、一体誰が夢を見せているのだろう?


 白い部屋でまんじりともせずじっとしていたら、突然無線が鳴った。

 ひどいノイズだ。



『こちらシー………  ……に見つかってしま ……!! ……今  …… 追われている!!

 …… …… 藤田! …… ……ジだ!! わかったのはそれだけだ!!

 …… ……に伝え…… !  こっちはもう逃げ切れない!!』


 そして無線が切れて、それまでの部屋の空気が、いっぺんに変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ