十一月一日、『う号』作戦
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
※ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
* * * * *
『現実時間』十一月、一日。二十一時。
石川県金沢市。
「さっむ!!」
北風が吹いて、中条は、悴む指を息で温めた。今年は冬の訪れが早いようで周りを見渡してみれば、
重々しいコートを着た人々が行き交っている。
まして今日は朝から雨が降っている。街には、色とりどりの傘が咲いていた。
そんな中、黒スーツは実に目立つ。
本来目だたないことを目的とした装いであるはずなのに、これでは仇になってしまっている。
しかも今日の『任務』に関して言えば、目立つことは致命的なのだ。
……あと、今さっむ! とか大きい声を出してしまった。
追跡している人間に、自分の声を聞かれてやしないだろうか。
五メートルほど間隔をあけて、前を歩いている茶色いコートでマフラーをつけた成人女性を、中条はつけている。
酔っ払い、外国人、同じ復路のサラリーマン、学生。そういった人間を、傘を差しながら歩き慣れた足取りで追い抜いて歩いている。
その足取り、一歩一歩には確信めいたものを感じるというか、迷いのない向こうみずな印象を受けた。
自分の娘も、今あれくらいの年齢だろうか?
そう考えれば女性は、迷いながら誰かに頼って歩くという感覚を幼少期に使い果たし、
自立する頃には海辺に立つ一本の椰子の木みたいに力強く大地に立つんだなあ。などと中条は、突然感傷めいた気持ちになってしまった。
やれやれ。と、視線を落として歩いていると無線がかかってきた。
『シーマルニーからマルイチ』
三田村の声だ。あったかい本部で仕事してる奴はいいなあ、と中条は心の中で三田村を羨んだ。
襟のマイクに向けて、小声で返事をする。
「マルイチどうぞ」
『目の前に、コンビニエンスストアが見えてきてますか?』
「ああ? ……ああ。あれだな」
『上田美代子は、仕事帰りにそのコンビニに寄ることがルーティーンです。
彼女の差しているビニール傘を、よく目に焼き付けておいてください』
「朝から死ぬほど見てるよ」
『今回の任務は、プロジェクトタナトスにおいて核心に触れるレベルの任務になります。
慎重に行ってください』
「核心ねえ……今の所、おっさんのストーキング行為だけどなあ。
おっと。やっこさん、コンビニに入ったぜ」
『マルニー了解。彼女の所持していた傘は、特定可能ですか?』
「わかるよ。目の前にある」
『じゃあ、お願いします』
無線が切れて、中条は特大のため息をついた。
「丸一日後をつけて……持ち物に細工して……これじゃあ本当にストーカーだぜ全く……」
* * * * *
なるほど自分の体が自分の体ではないみたいだ。……いや、それは当然なのだが……
『シーマルニーからマルゴ』
「は、はい」
『……対象、間も無く現着。任務に備えよ』
「マルゴ了解……」
藤田は、六十歳の中年男性の体に苦戦していた。
コンビニ店員という仕事自体は、プロの領域である自信がある。
しかし、片腕を動かすのに、体感1.5倍の労力が必要に感じた。
おかげで動きがギクシャクする。こんなに難しいと思っていなかった。
結論、他人の体なんて、借りるもんじゃない。
なんて考えているうちに、目の前に茶色いコートで赤いマフラーの成人女性が現れた。
「イラシャイマセー」
発声もこんなに勝手が違うのか! おかげで外国人みたいな喋り方になってしまった!
……
500mlの水。それからハイボール。……意外と買うものがおっさんと変わらないんだな……
「オシャライハー」
「?」
「すいません……『お支払い』はー」
「ああ。ペイ・アプリでお願いします」
「タッチお願いしまーす」
茶色いコートの女性が、端末にスマホを近づける。
…… ……が何も反応がない。
「あれ……」
決済できず女性が戸惑っていると、六十歳コンビニ店員の藤田が……
「ああ、ちょっと端末調子悪くてですね。ちょっといいですか?」
そう言って、藤田が女性のスマホを、初老の男性ならでわの無邪気さで自然と手に取った。
女性の方は少し戸惑ったが、スマホをされるがままにした。
藤田は何回か、女性のスマホを端末に近づける。やはり反応しない。
「あれ? おっかしーなー」
今の言い方は流石にわざとらしくなかっただろうか……
しかしわざとらしく言う必要があったのだ。なぜなら、このセリフが合図だから……
ガラガラガラガラ!!
バックヤードの方から、何かが崩れ落ちるような大きな音が響いた。突然のことで誰もがその方向を一瞬見た。
目の前の茶色いコートの女性も、当然音の方向を見た。
藤田は、女性のスマホを一瞬持ち上げ、スマホのタイプC充電口に一瞬、装置を取り付けた。
ピ! ……ペーイ!!
端末から、決済完了の音が響く。
「あ、よかった決済できました。毎度ありがとうございましたー」
藤田は、スマホと商品を女性に、何もなかったかのように返した。
今日の任務はまだまだ先があるようだ。藤田は、さっき端末につけた装置がなんだったのか、
このことが後に、何になると言うのか、何一つ理解ができていなかった。
そもそも……
そもそも、これはどういう任務で、あの茶色いコートの女性はどんな人なんだったっけ?
緊張が解けて考える余裕ができた藤田は、任務開始前のミーティングの記憶を辿ってみた……。
* * * * *
二十四時間前……もちろん、この場所には時間も何もないのだが、体感では一日前という意味だ。
真っ白な会議室。
真っ白な円卓の上に置かれた真っ白な用紙には、茶色いコートを着て赤いマフラーをかけている成人女性の写真が貼ってあった。
今回は、彼女に『あるもの』を届けることが任務なのだという。
それが、大戦の終結につながるのだというのだが、相変わらず新人の藤田には全く要領を得ない内容である。
三田村先輩から説明を受けて、この女性の形式上の情報が分かった。
上田美代子。二十九歳。実家から県内の大学院に通っているらしい。
独身ということだ。藤田から見て、確かに顔に「高嶺の花ですよ!」とラベルが貼ってある。
……綺麗な人だな。幸薄そうで。
藤田は写真の女性を見てそう思った。
彼女のどこを見て、『幸薄そう』と思うのかは本人もわかっていない。ただ、
ほぼ同年代なのに、自分が見たことのないようなことだけを見て、自分の知らない世界の中で生きてきた人なんだろうな。
と感じた。
自分の知らない世界で生きてきた人だろうから、当然自分と住んでいる世界が交わることのない人なのだろう。一生。と。
……一生などという言葉を想像して、藤田は後悔した。
とにかく県内の大学に通っているというが、年齢からして学生でも先生でもおそらくないのだろう。
つまり、何かの研究をしていてソレは、日々誰かの役に立っているのだ。
昔の自分とも、今の自分とも全く違うな。と藤田は思った。
昔の自分は、日がな一日、同じ場所で同じことをしているだけで、代わりはいくらでもいる仕事だった。
今の自分は、もっと意味がわからない。これがやがて何かの結果に結びつくらしいが、
どんなバタフライエフェクトを頭の中で何パターンこねくり回そうが自分の頭では結び付かなかった。正直、やりがいは感じない。
自分の今回の仕事は、前職がコンビニの店長だったということで、
金沢駅のとあるコンビニ店員に乗り移って、上田のスマホ決済を手伝う。バックヤードに忍び込んだ中条主任が棚から大騒音を出した瞬間に、
支給された装置を上田のスマホに一瞬、直結させることらしい。
訳がわからない。これが何になるというのだ……。
もっと……相手が投げてきたボールを、数百メートル彼方の空に打ち返したら英雄扱いされる……みたいな仕事がしたかった。
ところで……
この人と、会うのか。
何にせよ、藤田は少し緊張してきたのを感じた。




