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引力

 白い部屋、白い会議室……どこでも代わり映えのない、ここでは当たり前の凡庸な景色。

 違いがあるとすればそこに居る存在が違うだけで、その存在が着ている服も同じ。

 

 Aチームのハンニバルと、モンキーが白い机を挟んで座っている。

 フェイスがCチームの藤田と個人的に会っていた件で、モンキーが報告書を読み上げたところである。


「疑いをかけて正解だったな。まさか彼女が」


「せや。ココで大人しゅうして、無口だったんは演技だったちゅうことやな。即監獄送りやろう。何年かなあ。」


「十年じゃ済まないだろうねえ。数十年。百年近いかもしれない。その期間、ずっと独りでいないといけないんだ。気が狂うだろうねえ……」



「自業自得やけど物好きな奴やで。『タナトス』を食い止めようなんて……。なんでそんなことするん?」


「さあなんでだろうねえ……『空気』が吸えないのが我慢ならないのかな?」


「ニンゲンの話やろ。それは。ワシらは関係あらへん」


「……そうだね」


「にしても、さすがは『コング』やで。よう利くわ目も耳も」


「あれは通常の五倍、調子がいいと八倍の感覚を持っているんだそうだ。敵じゃあなくて良かったよ」


「せやな。……じゃあ、確かに報告したで」


 モンキーが立ち上がると、報告書がモンキーの手から離れ、宙を舞って白い床に落ちる。

 

「あかん」


「いや、いい。私が拾おう」


 ハンニバルが、立ち上がり、報告書の束を拾い集める。


「なあ、今から私は、ある『可能性』の話をするがね……」


「なんや」


「君は、万有引力を発見したのが、本当にニュートンだと信じているか?」


 ハンニバルが真面目な顔で言うので、モンキーは笑ってしまう。


「違うんかいな。リンゴが落ちたんやろ?」


「じゃあ、そのリンゴを育てたのは誰だ。誰が苗を植えた?

 当日、彼をリンゴの木の前まで連れてきたのは一体誰だ?」


「知らん知らん」


「……こう、考えたことはないか? 発見したんじゃない。『概念と名前』がそろそろ必要だったからだ」


「…… ……さっぱりわからんな」


「おかしい話だろう。引力はその遥か昔から存在していた。それこそ、弓矢ができる前、人間は獲物を何で仕留めた?

 君が知っている通り、石を投げたんだよ。その時投げられた数千、数万の石が落ちる様を人類は見てきているのに、どうして万有引力を発見したのはリンゴを見たニュートンなんだ?」


「……ははーん、ようやく話が見えたで。あんたこう言いたいのけ?

 ……ニュートンが万有引力を閃いたのも、『黒スーツ』のおかげと」


「……だから、私は『可能性』の話をしているんじゃないか」

 





* * * * *





『現実時間』七月二十一日。金沢駅周辺のホテル。早朝。


 ホテルのLEDライトと、カーテンの向こう側から差し込む自然の灯りが混ざり、室内に気持ち悪さが充満している。

 もう朝か……。

 神取篤は最近この、人工的な光と太陽からの自然な灯りが混ざる気持ち悪い感覚を、嫌いでは無かった。

 ようは徹夜明けの室内の様子だが、徹夜をした時というのは、自動的に、寝なかった時のことだ。


 つまり……あの夢を見なくて済む。


 こんなにも、興味のない図鑑を隅から隅まで読んだことは無いような気がする。

 『昆虫図鑑』は面白い。美代子もこれを熟読した痕跡があり、いくつか付箋が貼ってあったり、赤ペンで印がついていたりする。

 彼女は化学者だ。化学者のセンサーに引っかかるものがあったんだろう。


『高山植物図鑑』の方で感じたのは、素朴な疑問だった。

 誤編集なのかなんなのかわからないが、五十三頁目だけ『深海の藻類』が紹介されているのである。


 奇妙なことにこの頁だけ、突然深海の植物が紹介されているのだ。


『高山』と『深海』では計り知れないほど大きな差だ。

 これはどこの会社が編集したのだろう?


 ……考えてもわからないことだらけだ。神取は一度図鑑を閉じて、PCを開いた。

 緊急のメールが届いているかを一応チェックするのだが、ズボラな性格のせいで、『重要な連絡先』と『そうでないもの』を分けるという作業を怠っている。


 よって、それらが全て同じメールボックスに送られてくる。

 毎朝うんざりしているのだが、メールボックスを分ける気にはなれない。

 

 カタログ広告などならまだいい。困るのは、稀にくだらない地球環境に関するアイデアを素人の自称『学者先生』が送ってくることだ。

 送り主が本当に学者なら、自分と面識があるはずだ。


 神取は、それらを送り主も確認せずに『トラッシュボックス』に一括放り込んだ。

 トラッシュボックスも、そろそろ整理しないといけないのだがそれも面倒臭いので、放置したままである。 


『重要でない』送り先のメールをトラッシュボックスに送り、未読のメールがなくなる。

 昨日の晩、藤田から送られてきたDMが目に入る。

 ……もちろん昨日のうちに読んだ。が、どれも俄に信じられないことだった。


 自分がコーカサスに行ったのも、パパーハを持って帰ってきたことも、……フィアンセと知り合ったのも全部、

彼らがやったことだと、このメールは言っている。


 信じられない事ではあるが、自分や上田しか知らないはずの事実を文章にされては、全くないとも言い切れないのがやるせない。

 それで怒りに任せて藤田に問いただそうとしたが、その前にやることがあると思ってやめた。


 しかし、いくら図鑑に目を通しても考えが煮詰まってしまった。

 

 神取は、藤田にコールする。



 * * * * *


 十分後、白い部屋。

『現実時間』が早朝なのにもかかわらず、藤田はすぐ電話に出た。そして、部屋には藤田の他に中条、山田、鮎川がいる。

 神取が何かを発見してくれるのを、全員気にしていたようである。三田村は、不参加を申し出た。


 藤田が、Cチームの四人と、神取という会議をセッティングしたために、神取は元々電話をかけた理由や怒りを忘れてしまった。

 一通り、自己紹介を済ませ、藤田と山田がこれまでの行為を謝罪したところである。


 そして、夢に出てくる『木』の正体は、結局図鑑を読んでもわからなかったことを神取は告げた。


 白い会議室に、いつもの重たい空気が流れる。

 四人の中心、白いテーブルに置かれた端末越しに、神取の言葉が響く。


『あんた達が、何かの目的があって俺や婚約者の人生に介入していたのは理解した。……正直、まだ信じられんがね。

 そして、タナトスとやらをなんとかしないと、木が殺人兵器になることも意見として受け取っておこう』


「ありがとうございます」


 藤田が端末に頭を垂れた。


『今ひとつわからんのは、そんな重要な事案にたったの五人で挑んでることだがね。

 ところで、申し訳ないがこっちは手詰まりだ。昆虫と高山植物じゃあ何もわからん』


「そうですよね……」


『まず、その大戦とやらはなんで起きるんだ?』


 白い部屋で四人が顔を合わせる。

 個々では思うところがあるのだろうが、それをこの場で話し合ったことなど無かった。


 従って、意見が纏まっていない。

 

『わからないのか!? 可笑しな連中だな君たちは』


「俺たちは……上からの任務をこなしていただけなので……」


『なるほど。君らにも上があるんだな? 誰だ、その上ってのは。神か?』


「わかりません……会ったこともありません」


『とにかく、何もわからないんじゃ何も探せない。集まってもらったところ悪いがね』


 すると、今まで黙っていた鮎川が口を開いた。


「……女優は……」


『女優?』


「女優は、脚本家が用意した言葉を口にする仕事です。

 彼女達は、結末が分かっている人間から言葉を与えられます。

 このプロジェクトの配役に神取さんが選ばれたのは、理由があるからではないでしょうか?」


『……つまり、俺が大戦の理由を知ってると、言いたいのか?』


「考えうるという話です」


 すると、神取の声色がだんだんと変わっていく。


『……じゃあ、やっぱり木なんだな』


 藤田は目を丸くした。


「木……ですか?」


『ウッドショックだよ。木とは実は、石油や穀物に匹敵する基幹資源だ。

 ……歴史を辿れば戦争の原因は、常に資源・流通・支配構造だ。

 第一次世界大戦は鉄鋼・石炭・植民地の争奪。

 第二次世界大戦は石油・ゴム・鉄鉱・食料といった具合にな。

 そして未だに人類が依存し続けている資源が木だ。それは石油よりも簡単に手に入り、木がないと家も建てられん。

 木がないと文字も書けん。石油が五十年後枯渇するなんて叫ばれてる昨今、バイオ燃料がないと暖も取れん。

 俺は常々、このままじゃ世界大戦が起きるなんて冗談半分に講演で言ってきたが……

 冗談じゃないかもしれないと言うことだな?』


「可能性がある、と言う話です」


 鮎川が冷静に答えた。


『しかし……それにしても、世界大戦なんて言葉は世の中で何かがあるたびに囁かれる言葉だが、実際に起こったためしがない。

 俺のこの仮説だって、実際に戦争になるのは三十年とか四十年は先の話だ。

 …… ……まさか、大戦が起きるのは、俺の子供の世代ってことか?』


 白い部屋は沈黙した。

 神取の言葉がその堰を切る。


『無理だ! 無理! 未来のことなわけだろう! それも十年じゃない、三十年も後の話だ!

 今とは別の時代の話じゃないか! その時の兵器を想像しろと言われても、俺には無理だ!』


「でも! 兵器を作りあげる条件は『揃った』はずなんです!」


『聞いたよそれも。でも実際、その話に実がなるのに三十年かかるって意味だろう。

 三十年だぞ!? 四半世紀以上先だ! 俺の子供の世代じゃないか―――

 まさか、俺の子供か!? 俺の子供が何か関係してるとかじゃないよな!?』


 声の大きくなった神取に、ヤニの切れ始めた中条が肩をすくめる。


「落ち着きなさいな。でもはっきり言って、そうとしか思えんよ。よかったじゃないか。子供が過ちを犯す前に気がついて。止められるならあんただけだぞ」


『ふざけるな!! どうして俺の子が!!』


「中条さん言い過ぎです!! ……神取さん、しかし……その可能性があることは状況が物語ってます。

 俺たちは預言者じゃありません。未来のことがわかったらこんなに苦労しません。ですから……諦めないで意見をください」


 端末の向こうに、やり切れないため息が響く。


『そんなことを言われてもなあ……こっちはこの図鑑がどこの出版かもわからんのに……

 これ、あんたらが用意したんだろ? なんなんだこの高山植物図鑑は。これも未来の図鑑か?』


 すると、今さっきまでイライラしていた中条の顔色が変わった。


「図鑑……? そうか! 俺たちが用意した図鑑か! 

 藤田が言うように、俺たちは預言者じゃないが……

『図鑑』を用意した奴が、どういうシナリオを考えてるかならわかるかもしれないぞ!?」


「なんでそう言い切れますか……?」


「おかしいと思わないのか? 俺たちの名前は?」


「??……Cチーム?」


「『C』はどっからきた? AがあってBがあるからCか? 世界大戦のシナリオを考えているのが上なら、

 それをどうやってケリつけるのかも考えているのも上だ」


「でもどうやって……」


「上との連絡係という資格を持っているのは、このチームでは三田村だけだ。三田村の端末を調べる。

 ……おそらく図鑑の発送元は、『上』が居る白くて巨大な『アーカイブ』だと思うが……」


「三田村さんは、俺たちに協力してくれませんよ……」


「簡単だよ。……藤田、お前金沢で一度、『ジャック』されたことがあるだろ。

 お前は『有機生命体』ではないのにもかかわらずジャックされた。その理由を聞かれたのに答えてなかったな。ちょうど良かった。

 知っての通り黒スーツは、大所帯だ。大所帯なんて言葉が陳腐な程のな。

 だから序列が当然あって、与えられる権限も違う」


「……まさか」


 中条は自分を指差した。


「主任クラスは持ってるんだよ。その権限を。俺が三田村をジャックする」


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