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神取と藤田


『現実時間』七月十九日。都内大学研究室。



 神取篤が、校内にある自身のデスクに積まれた自分宛の封筒やらチラシを、破ってゴミ箱に捨てている。

 最初の二枚ほどには目を通したが、残りは読む価値が無いと判断したのだ。


 おかしなことは、アパートのポストを開けた時から起きていた。


『奥多摩に土地を持ちませんか!?』


『西東京エリア、青梅市、奥多摩町の土地を買うなら今!』


『老後に始めよう。都内のスローライフスポット奥多摩』


 このようなチラシが大量に送りつけられているのである。

 そしてそれは大学に着いてからも続いている。

 

「一体誰のいたずらだ?」


 ゴミ箱が、すっかり奥多摩で埋まってしまった。


 奥多摩か……。

 東京のノルウェー。翠色に澄んだ川。秋は真っ赤な紅葉。

 都心では決して感じられない、美しさと、淋しさ。

 

 確かに老後は、人のいないところで過ごしたかった。

 神取は思わず、山の上で畑でもやりながら、上田と二人静かに暮らす想像をしてしまった。


「神取教授」


 ノックの音とともにやってきた同僚の声で、ようやく現実に帰ってきた。

 

「応接室でお客様がお待ちです」


「客? ……誰です?」


「さあ……? 若い方ですが、落とし物を届けに来られたそうで……」


 落とし物……?

 なんのことだろう?

 神取は奥多摩での仮想現実と未来予想図を研究室に置き、応接室に向かった。



 * * * * *


 同大学、応接室。


「いやあ助かりました。大事な帽子だったんですが、出先で置いてきてしまって。困ってたんです」


 神取が、先日横浜で落としたパパーハ。あの後上田と二人で探したのだが、結局見つからなかった。

 それを……目の前の、青年が届けてくれたのだ。


 変な格好だ。最近の若者は、普段からこういう服装なのだろうか?

 生徒だったら説教しているところだ。


「しかし……よく、僕のだとわかりましたね?」


「……知ってます。全部」


 目の前の青年が、絞り出すように言った。緊張が伝わってくる。

 神取はなんとなく、青年がパパーハを届けにきただけでは無いことが解った。


「それで……僕に何か御用でしょうか?」


 すると、下を向いていた青年は真っ直ぐ神取を見た。怯えているような、何やら切実な目をしている。


「はい……お話があって、来ました」


「お話?」


「俺は……信じてもらえないと思いますが、『ある目的』のために……人間を誘導する仕事をしています」


「……警備員さんってことですか?」


 すると青年は頭を抱えた。


「いやそうじゃないんです。もっと概念的な……その人の運命を、影で操るような仕事です」


 ここまで聞いて、神取は真面目に聞いて損をしたと思った。そして一気に青年から興味が失せた。


「はあ。なんのためにそんな事を?」


「……数年後にやってくる、大戦の終結のためです」


 変なやつに落とし物を拾われちゃったなあ……。神取はさっさと話を切り上げて、研究室に戻りたかった。

 

「まあ、最近物騒ですからね」


 神取は、青年から目を逸らした。


「それで、僕にどうしろと? 大戦の終結のために、こんなオジサンがなんの役に立つって言うんです?」


「俺にもわかりません」


「はあ?」


「ただ、意見を聞かせて欲しいんです。大戦を終わらせるのは、『とある木』である事までは解ってます。

 それ以外は、俺にもわかりません。

 俺は、俺が今まであなたにしてきたことを謝ると共に、神取さんに『木』の事でご意見を伺いにきました」


「……失礼ですが、まだお名前を伺ってませんでしたね」


「……藤田と申します。名刺はないのですが……これ、俺の連絡先です」


 と言って、藤田は番号が書いてある紙を差し出してきた。

 神取は受け取らなかった。


「藤田さん、僕は確かに『木』の事をこれまで研究してきた人間ですよ。

 ですが、どうやって木が人間の争いを止められるんです?

 何やら思い詰めてらっしゃるようですが、あまり気になさらない事ですな」


「その『木』によって、沢山の命が失われます」


 神取はため息をついた。


「あなたが誰か知りませんがね。僕に向かって『木』について適当な事を言わない方がいい。『木』が人の命を奪う?『木』は動物に命を与える存在です。

 何を言ってるんだって話ですよ」


「どうしたら信じてもらえますか……?

 俺は、あなたの事をよく知ってる。神取篤。植物学の権威。

 今年は、環境調査隊に欠員が出たためにロシアのアゼルバイジャンにまで出向。

 その後、和知輝樹と連絡をとって国際環境シンポジウムに参加。

 ……その帽子はアゼルバイジャンで手に入れたものだ。そして……先日横浜でなくした。……違いますか?」


 神取の目つきが変わる。


「……それで?」


「それらを……神取さんに『起こさせた』のは、俺達です」


「信じられるわけがないですよね」


「でも本当です。そして、わからないことがあるんです。

 我々は、神取さんの……その……お知り合いである上田美代子さんに、『ある本』を二冊渡しました。

『昆虫図鑑』と『高山植物図鑑』です。それも、任務の一環でした。そこに、何が書かれていたかを知りたいんです」


「なぜです?」


「その『木』の事がわかるヒントになるかもしれないからです」

 

 藤田と名乗る青年は、ふざけているようでも、精神に疾患があるようにも見えなかった。

 ただ、何かに追い詰められているようにも見えた。



「……よく調べてくれてどうも。帽子を拾っていただいた恩があるが、

 警察をお呼びした方がいいのかな?」


「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです……」


「金輪際私の周りを彷徨かないでいただきたい。出て行ってください」


「……失礼します」

 

 藤田と名乗る青年が立ち上がり、応接室の扉から出て行く瞬間に、自然と言葉が出た。

 それは、ここ数日、神取自身が疑問に思っている事だった。例の夢のせいである。



「どうやって『木』が人を殺すんですか」


 すると藤田なにがしは扉を開けながら、こうつぶやいた。


「窒息死です」


 その瞬間神取は、背中に真水をかけられた感覚になった。

 自分が何かにつけて見る、あの夢、木の怒りの夢。

 そして、藤田が今言ったのは、最も自分が知りたい現実だった。


「藤田さん!?」


 神取が思わず応接室の扉を開けた時には、藤田はどこにも居なかった……。


 応接室に再び戻り、椅子に座って神取は考えた。考えざるを得なかった。

 そこに座っていた藤田が、ただの狂人か、そうではないのか。


 ……妙にソワソワする。落ち着かない。

 こんなことになるとは思っていなかった。そして……


 藤田が届けてくれたパパーハが目に入り、確かめる方法が一つあることに気がついた。




* * * * * *


 白い部屋、会議室。


 藤田を囲むように、黒スーツたちが並んで立っている。

 まるで裁判所だ。

 

 一人だけ端末の前に座っている三田村が口を開く。


「我々が、何を言いたいかわかるな。藤田。

 職務怠慢、上田、神取に対して勝手に関わりを持った事。

 ……ここ数日の、君の身勝手な行動は流石に見逃せない。

 プロジェクトに支障が出る可能性もある。

 言っておくが我々には始末書などない。君の更迭も考えているが、異論はないな」


「……あります」


 今まで、三田村に意見ができなかった藤田が、初めて反抗した一瞬だった。


「確かに、俺はもうこのプロジェクトに関われません。

 Cチームから外してください」


「許可できない。君を自由にしたら、我々の任務の妨害をすることなど火を見るより明らかだ。君を収監施設に更迭する」


「……わかりました。もうそれでもいいです」


「待てよ! 三田村!」


 割り込んで入ったのは中条だった。


「なあ藤田。どうしたってんだよ。上田を寝取られたのがそんなに……」


「上田さんは関係ないです!」


 藤田の声とともに、山田の肘鉄が中条の『みぞおち』に飛んできた。


「このプロジェクトに疑問を持ったから。それが理由です」


「ゲホ……オエ……なんでだ。何が問題なんだ」


「中条さん、反乱分子の意見に耳を貸さないでください」


 三田村がそう言うと、中条は三田村を睨んだ。


「ここの主任は俺だぞ。三田村」


 部屋を、沈黙が支配する。


「続けろ。藤田」


「……このプロジェクトの先にあるものは……多分、俺たちが思ってるようなものじゃないからです」


「思ってるようなものじゃないからって……まずそれ自体がわからないんだぜ?」


「まだわからないんですか!?」


 藤田の語気が、ついに強くなった。


「恋人が応用微生物学者の人間と、軍関係者を知り合わせる!

 これだけでもう、何かの生物兵器を人間に作らせようとしてるって思わないんですか!?」


「兵器……? なんのだ?」


「知りませんよ! 知るわけがありません! だけど、俺達がやってきた任務は、全く意味がないわけではなかった。それだけは流石にわかるでしょ!?

 可能性があるとすればなんだ。『大量の人間を窒息させる生物兵器』とか!」


 怒りに任せて藤田は言った。言ってしまった。

 その瞬間、部屋を支配したのは今までとは明らかに種類の違う『沈黙』だった。

 この部屋にいる全員が、何やら身に覚えがあるように藤田には見えた。


「え……なんですか」


「藤田」


 再び三田村が口を開く。


「大前提として言っておくが、任務は任務だ。

 我々の個人的な意志意見でどうこう言えるものではない」


「大量殺人の片棒を担がせるつもりだったなら、初めから言ってくださいよ! 知ってたら断ってたよ! 俺は!!」


 藤田が怒鳴ると、三田村は恐ろしく低い声のトーンで告げた。


「……歴史上で、大量殺人を起こさせたのも『黒スーツ』だ。彼らも君と同じ意見を持っていたかもしれないが、それでも任務を遂行してきた。それが我々だ。

 例えこのプロジェクトが、数万の窒息死体を産むためのプロジェクトだったとしてもそれが任務だ」


「……あんた気がついていたのか? それとも最初から知ってたのか!? あきる野市で臨界事故が起きた時、あんたは泣いた! あれは嘘だったのか!?」


「だったらなんだというのだ。

 君や……もしくは君らがプロジェクトに反対ならそれもいい。

 黒スーツが何人いると思っているんだ。代わりならいくらでもいる。

 我々は、君のわがままが通るような規模の組織ではないのだ。

 勝手に収監されていればいい」


 三田村が、地の底から搾り出してきたような声でそう告げると、隣にいる中条が割り込んだ。


「その許可を出すのは、俺なんだけどな」


 すると三田村は中条を睨んだ。中条は気にせず……


「確かに『俺ら』の組織はでかい。でかい、なんて言葉が陳腐に思えるほどの規模だ。

 きっと……藤田や俺らがどうこうしたって、他に数百億、数千億……そんな数じゃ利かないか……。

 そのくらいの同業者達が邪魔してきたり、もみ消したり、するんだろうどうせ。

 ただな、藤田の言うことは正直俺も気になってる。

 それは……ここにいる全員がそうなんじゃないのか?

 気になっていつつも、任務を出している奴の巨大さで考えることをやめてた。

 どうだ。そうじゃないか?」


 中条はCチーム全体に問いかけたが、山田も鮎川も、何も応えなかった。


「任務は引き続き、受けよう。

 だけど俺たちは『元』がついても人間だ。

 考え続けよう。考えた上で、どうするか考えようじゃねえか。

 なあ三田村。お前だって、本当はこんなプロジェクトが回ってきて、思うところがあるんじゃねえのか?」


「……だから、それがなんだって言うんですか。

 黒スーツの歯車の巨大さを考えてから物を言ってくださいよ。我々なんて砂つぶほどの存在でしかありませんよ」


「だけどその砂つぶは、プロジェクトの核心に一番近い場所にいるんだぜ?

 そして任務を受け続けているうちは、核心の近くに居続ける事ができる」


「不合理です。どうするか考える? いくら核心の近くに居たとしてもどうしようもありませんよ」


「わからねえぞ? 例えば、これから俺が常にアルフレッドを『ジャック』したら計画を『おじゃん』にできるかもしれない」


「馬鹿なこと言わないでください。ジャックの継続時間は長くて数時間が限界です。

 それこそ宿主が負担過多で死にますよ」


「死なせたら、それでプロジェクトが頓挫するかもしれんぜ」


「不可能です! そんなことしたら、最悪我々全員更迭ですよ!?」


「例えばだよ。もっとスマートなやり方があるかもしれん。そのために、行儀よく任務は続けようってんだよ。

 ……プロジェクト・タナトス。『タナトス』なんて言葉の時点で碌なもんじゃないって気がつくべきだったのかもな。

 何にせよ、このプロジェクトの肝はなんであるのか。それが分かれば俺らだって手の打ちようがあるかもしれないじゃねえか。

 ……それでいいだろ。藤田」


「え……は、はい……」


「中条さん、この際はっきり言いますがやはりあんたは馬鹿だ。

 なぜ、我々が『人間なんか』のためにそんなリスクを背負うんですか!?

 黒スーツ全員を、出し抜こうなんて本気で言ってるんですか!?」


「あー確かに、針の穴に拳をブッ刺すくらいの確率かもしれん。

 それに三田村の言う通り、今更人間がどうこうなろうが俺は正直……どうだっていい。ただな」


 中条は、ポケットからタバコを取り出した。


「『空気』が吸えなくなるのだけは、俺は嫌なんだ」



* * * * *


『現実時間』七月十九日。金沢。二十二時。



「もしもし」


『あ、もしもし。ごめんねこんな遅くに』


 シャワーから出て、髪を乾かしている上田に、神取が電話をよこした。

 彼はマメな性格なので、珍しいことではないしそれに合わせてシャワーを済ませてしまっている自分がいた。

 それにしても、今日は早い気がするが……


『あのー……次の休みなんだけど、さ。君の家で会わないか……なんて』


「突然ですね」


『そうかな』


 別に神取との結婚に、違和感があるわけでもないし、遅かれ早かれそういう話になるだろうと上田は思っていた。

 問題は、その上田の休日が明日なことである。


「流石に……今から両親を起こして、明日神取さんに会わせると言うのは……ちょっと……」


『だよなー……ごめん』


「どうしたんですか? 突然」


 すると、次の神取の言葉までに間があった。


『……あ、うん。もちろん、君のご両親に挨拶したいのはそうなんだけれど。

 ……知り合いから聞いたんだ。君が……もらった本のこと』

 

「本? なんの本のことですか?」


『いや……高山植物の図鑑とかさ』


 それを言われて、上田は数ヶ月前の記憶が戻ってきた。

 ……具体的にもらったのが、帽子だけじゃなかったことを思い出した。


「……神取さん、佐藤さんと知り合いなんですか?」


『佐藤? ……どの佐藤?』


 そうだ。下の名前を知らない。それに『自分は佐藤じゃない』と言っていた。

 

「……いつも黒い服を着ている、佐藤さんです」


 すると、再び沈黙が訪れた。

 なんというか受話器の向こう側が凍りついたように感じた。


『君こそ、あの男と知り合いなのか?』


「はい、そうです知り合いです。そして、『高山植物図鑑』は佐藤さんからもらいました。……それが何なのですか?」


『……ああ、ごめん。彼がどうかは今は問題ではなくて……

 ところで読んだかい? 図鑑』


「読みましたけど、別に普通の図鑑でしたよ?」


『何か変わった文章が書いてあったとか、不自然な印がついていたとか、そう言うのもない?』


「ない……と思います」


『二冊とも?』


「え、なんですか? あの本がなんなんですか?」


『ああ、ごめん。うーんそうか……とりあえず明日、その二冊を読ませてくれないか?』


「神取さん」


『ん?』


「佐藤さんは……何者なんですか?」


『……わからんよ。いい人間か悪い人間か……人間なのかもわからん。

 俺が知りたいくらいだ。その二冊を読めばはっきりするかもしれない。とにかく明日、持ってきてくれ。いいね』


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