恋の終わりと、友情の始まり
『現実時間』七月十三日。横浜みなとみらい、国道沿い。
藤田と上田が、息を切らせて蹲っている。
上田の手がしっかりと藤田の腕を掴んでいる。
「佐藤さん……」
「ご、ごめんなさい。逃げたわけじゃないんです……」
「ううん、いいの。……本当は良くないけど、それはいいの。私……
私、どうしてももう一度、佐藤さんに会いたかったから」
藤田は唇を噛み締めた。
上田は、藤田の腕にしがみつく。
「最近、色々なことがあって、今日も色々なことがあって……
それで、佐藤さんを見つけて……私、私ものすごく嬉しかったんです。佐藤さんに会えて……」
藤田は、そっと上田の肩を掴んだ。
「俺は……上田さんに謝らなければならなくて。
……俺、『佐藤』じゃないんです。そして、上田さんに帽子を渡したことも、……金沢で何度か会ったことも……今日も、全部偶然じゃないんです」
「どういう、ことですか?」
「……言えません。ごめんなさい」
「佐藤さんは……何者なんですか?」
「……言えません。『言えない』のは、隠してるんじゃなくって本当に何者でもないからです。『守護霊だった』とか、想ってもらえたら嬉しいです」
「……佐藤さんが、佐藤さんじゃなくたって、私には『佐藤さん』です。映画が大好きで、優しい佐藤さんです」
「上田さん……」
「もう、勝手にどっか行っちゃ嫌です。
今日まで色々あったけど、私判ったんです。
私は佐藤さんじゃなきゃ……やっぱり佐藤さんが……」
こちらをまっすぐ見つめる上田の目が潤んできているのが、街灯の灯りでわかる。
「佐藤さんが……」
今にも抱きついてきそうな上田の肩を、しっかりと掴んでその場に留まらせる。
「大丈夫。いつでも側にいます。もう会えなくなるけど、俺は側にいますから」
「そんなこと言わないでください!」
「約束します! 俺! ずっと上田さんの側にいますから!!
ずっと側にいて、絶対悲しい想いをさせませんから! 死んでもさせませんから!
……ほら、あっち。貴方を想う人が、貴方の事を探してますよ」
「え?」
上田が、走ってきた道を振り返る。誰もいない。
「誰もいないじゃ――」
上田が再び藤田の方に視線を戻すと、そこにはすでに誰もいなかった。
「佐藤さん……」
人目を憚らず上田の目から大粒の涙がこぼれる。もうじき声も溢れて、本格的に泣き出してしまうのが本人にもわかる。
『上田さん』
声が聞こえる。しかしどこから聞こえてくるのかは、わからなかった。
『泣かないで』
上田は、不思議そうに、ネオンで眩しい空を仰いだ。
* * * * *
トイレから戻ってきた神取は、待ち合わせ場所で上田を探したがどこにもいない。
……本人もトイレに行ったのだろうか?
先ほど、あんなことがあった手前、心配で仕方がなかった。ふと、臨海公園の方から誰かが歩いてくるのが見える。
先ほど助けてくれた外国人だ。
神取は駆け寄って、挨拶をした。
「さっきはありがとう。助かりました……」
「イイエ。無事?」
「はい。おかげさまで……さっきの彼は……」
「今は落ち着いてベンチにイマス。
だからアッチには行かない方がいい。
……ソレヨリ、運が、ヨカタですヨ。
私ホントは、モット早く帰る予定だったからネ」
「そうなんですか?……釣りが上手く行かなくて?」
神取が言うと、外国人はハハハと笑った。まだ若いが、フレンドリーな人物のようだ。
「Yesハイ。そうともイウ。デモ、なんだかボーっとしちゃテ……。なかなか帰れなかった。
ワタシがあそこにまだいたの、奇跡デスよ」
「ああ。……ところで……
それ、川釣り用の装備じゃない?」
「what!?」
「渓流釣りっぽい格好してるから……」
「問題アリますか!?」
「だってここは……海だよ?」
そういうと、外国人の方は恥ずかしそうにして、そして笑った。
「フダン、山ばかり行ってるカラ、オーマイガ」
「そうなんですか。山、好きですか」
「ダイスキよ。いつか、山に囲まれて生活したいデス」
確かにこの外国人に、海は似合ってないように感じた。
この人も『山の男』なんだなあ。
山の男に悪い人間はいない。神取はみょうに、この外国人に親近感が湧いた。
「神取です。神取篤。さっきは本当にありがとう。
貴方は命の恩人だ」
神取は握手を求めた。
「oh ……I`m Alfred. Alfred Marcusデス。mark呼んでクダサイ」
「わかった。マーク。今度お礼に、海釣りのロッドをプレゼントさせてくれ」
「ハハ。ワタシは……もう海はイイヨー」
「そう言うなよ。君はー……日本に住んでいるのか?」
「アー、YES、ハイ。横田base にイマス」
「横田……。軍人さんなのか。というか東京に住んでいるのか! じゃあご近所さんみたいなものだな! よろしく、マーク」
こうして二人は友人同士になった。
その姿を、少し離れた場所から黒スーツ達が見つめていた。
「これでミッション完了や。お疲れはん」
Aチームのモンキーが、隣にいる中条に声をかける。
「疲れたなんてもんじゃねえよ。殴られかけたんだぞ」
「ドンマイじゃ。任務じゃからしゃーなし」
「……なあ。これは、神取とマークを、引き合わせるための任務だった……ってことか?」
「知らん」
「なんのためだ? 軍人と、大学教授を知り合わせて何になる?」
「知らん言うとるじゃろが」
「……Aチームはうちらより、このプロジェクトの事知ってるんじゃねえのかよ」
「少なくとも、おたくらよりか勘はさえちょる」
「言ってくれるなあ」
「さて、今回は仲良しこよしじゃったがの……次からはそうは限らへんで」
「わかってるよ……。お手柔らかにな」
* * * * *
臨海公園のベンチに、柳楽国昭が情けなく佇む。
さっき、外国人に極められた手首がまだ痛い。
警察を呼ばれなかっただけ、感謝するべきなのだろうか。
暗がりの中でうねる水面が虚しい。
それにしても、さっき隣に座っていた男……妙な帽子を被っていた時はわからなかったが、やっぱり顔に見覚えがある。
関内には、あんな妙な格好のカップルはいないように思えるが……。
気がつけば隣の席に、先ほどの男が被っていた帽子が、持ち主に置いてかれてそこに残っていた。
本当に変な帽子だ。
国昭は思わず、帽子に触った。
「…… ……」
帽子に触った国昭の、時間が固まった。しかし、この瞬間国昭の脳内では、様々な計算が行われていた……。
「…… ……おお、おおお」
国昭の、独り言が大きくなっていく。そして……
「わかったぞ!!」
と突然大声を出して立ち上がる。
周囲の視線が再び、国昭に注がれる。
それすら気にせず、国昭は大声を出しながら走り去った。




