黒服の悪魔と、恋のキューピット
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。
・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。
・ 神取篤に、『パパーハ』を入手させました。
・ アルフレッド・マーカスに『横浜』に興味を持たせました。
* * * * *
『現実時間』五月十六日。神奈川県横浜市。
「ああ!!」
柳楽国昭の自室で、彼の叫び声が響く。
……夢にうなされて、自分の声で目が覚めるという、情けない話だ。
ひどい夢だった。窒息しそうな……いや、いっそ窒息死させてくれたら幾分かマシなのではないだろうかと感ずるほどの悪夢だった。
夢の中の自分は……あそこはどこだろう……?
どこかのクラブで遊んでおり、なのに自分の格好は、本職であるゴミ収集員の作業着で、袖にも襟にも、臭い液体が付着していた。
靴も汚い。足元がベタついているのは床のせいではなくて、履いている靴のせいだ。
案の定自分の周りには誰も寄り付かない。
恥ずかしさのあまり頭を掻いたら、指先にもベタついた感覚が。髪の毛に、ガムがくっついていた。
そして気がついたら、人間が寄り付かない代わりに小蝿が自分の周りを飛び交っていた。
黒服のボーイらしき男が近寄ってきて、出口を指差す。
その姿を見て、クラブにいる全員が自分を指差して笑っていた。
誰も彼も……
そこで目が覚めた。
寒い。なぜか部屋のエアコンが点いている。
どうやら昨日は相当酔っ払って帰ってきたようだ。口の中が甘ったるく、酒臭い。
……歯も磨かないで寝てしまったようだ。代わりにエアコンをつけて、寝た。……自分でも自分の行動が理解できなかった。
とりあえず不快な空調を消そうと、リモコンを手探りで探すと、積んであった缶ビールの山を崩してしまった。
しかも『中身』がしっかり入っているものを倒してしまったようで、床に大量にこぼれる。
「……ふざけんな……!!」
床を思い切り殴る。
今が何時だか解らないが外は暗い。なのに大きな声を出してしまった。
……婚約者と、悲劇的な別れを経験した後、柳楽の生活は荒れていた。
このままではいけないと、一時自分を磨き直そうとはした。身だしなみに気を遣った。穴の空いている下着は全て処分して新しくしてみた。
歯と爪が汚い男は嫌われると何処かから聞いて、歯医者は怖いのでとりあえずネイリストに爪を磨いてもらった。
しかしその結果出来上がったのは、貧相な見た目なのに爪だけが異様に綺麗な中年男性だ。
別れの気持ちを切り替えて、新たな出会いを探すために積極的になり、合コン、街コン、出会い系サイト、全て試してみたが、全てうまくいかない。
本当に自分は一体なんなんだろうと思う。
ゴミの収集係だって、絶対必要な仕事だ。いわばスカベンジャーみたいなものじゃないか。絶対に尊い仕事だ。
なのに、なぜこんなにも疎まれなければならないのだろう?
これでも、これでも学生時代は……
輝かしい思い出を振り返ろうとして、思い直してやめた。
それより今日だ。仕事終わりに、出会い系で知り合った女性と会う約束をしている。
女性に対して失敗、失敗に続く失敗を繰り返し、ようやく掴んだ切実なチャンスだった。
だと言うのに朝から、最悪なスタートを切っている。柳楽は嫌な予感が頭から離れなかった。
……勤務後。
柳楽と、アプリで知り合った女性は、最初は奇跡的にうまくいき、お互い波長が合うように思え、数時間で信じられないくらい距離が縮まった。
そして、ついに『一晩の約束』を……得る直前であった。
ホテルの前で、見知らぬ男が、女性を待っていた。
メガネをかけたこの男性は、女性の夫を名乗り、そこから不条理演劇が始まった。
この女性はどうやら、不倫目的でアプリに登録しており、一晩の楽しみのために柳楽と会っていたことがわかった。
女は女優ばりの涙を流し、メガネの無口な男性に謝った。
柳楽はこの芝居の、観客に過ぎなかった……。
そして、メガネの男性の、柳楽を軽蔑するような顔が脳裏に染み付いた。
トボトボと去っていく柳楽の背中を確認した後に、
『女優』の涙は瞬時に引っ込む。
「……鮎川、ご苦労。任務完了」
メガネの男性の方は、黒スーツの三田村だ。
普段裏方しかしない彼だが、この時Cチームは二つの任務を同時に抱えており人員不足だったのだ。
この数日間、藤田が上田に、中条がマークに会っているように……
柳楽国昭の関わる女性には、定期的に鮎川がジャックしており、とにかく男女の事でトラウマを与え続けていた。
この日の任務内容の一つが、『柳楽国昭の恋路を徹底的に邪魔すること』だった。
……それが近い将来やってくるという、世界大戦を終戦に導く『プロジェクト・タナトス』とどう関わっているのかなど、未だにチームの誰にも解らなかった。
* * * * *
『現実時間』五月十六日。金沢。二十一時半。
上田美代子が、自宅のリビング・テーブルに崎陽軒の焼売と、横浜名物醤油豚骨ラーメンのインスタント。
栗餡を薄いカステラ生地で包んだ御菓子『横濱ハーバー・ダブルマロン』を並べて不思議そうに見ている。
これらは全て、職場にて違う人物から頂いた。
奇妙なことに周りにいる人物のほとんどが、やれ「横浜に出張してきた」「横浜に遊びに行った」だの、ともかく横浜に行っていた事になる。
……そんな暇はないはずなんだけれど。
そして、上田にもなぜか横浜に行くように勧めてくる。
横浜……ブームなのだろうか?
横浜か。……佐藤さんと行ってみようかな。
佐藤さんはロシアから帰ってきたのだろうか。
ここのところ連絡がつかないので心配している。
何か事件や事故にでも巻き込まれてはいないだろうか……
心配で潰れそうな胸を庇うように、椅子の上で膝を抱えて『佐藤』に電話をかける。
今夜も、なかなか電話が繋がらない。
* * * * *
そんな上田の姿を、少し離れたところから観察しているのが、黒スーツの中条と山田であった。
二人の今回の任務は『上田美代子に横浜を植え付ける事』だった。
「三田村さんたちの方は、うまくいったみたいですよ」
アパートの屋上。手すりにもたれながら上田が小型の端末を広げている。
その隣では中条が双眼鏡で上田を監視している。
その格好、どう考えたってストーカーじゃないっすか!!
……ここに藤田がいれば、そう怒られていたところだろうが今回の任務は外して欲しいと、藤田の方から頼んできたのだ。
中条も山田も、その辺りの事情はわかっているので了承した。
「……三田村たち、今横浜だっけ?」
「横浜市関内です。そういえば私さっき横浜にいました。シューマイ買いに……」
「ふうむ」
「横浜で、上田と柳楽を出合わせようとしている……?」
「いや……多分それだけじゃないな。マークにも『横浜』に行かせようとしている」
「あ、そうか」
「横浜……それから上田にマークに柳楽に……やっぱり全然解らんな。この仕事は」
「そのうちわかりますよ。きっと」
「それにしても……」
中条は、双眼鏡を外して目を擦る。
「柳楽だっけ? ちょっとやり過ぎなんじゃないのか。同じ男として胸が痛むよ」
「まあ、柳楽さんに対しては、同じような任務がずっと続いてますからね……」
「何が悲しくてなんの恨みもない人間の幸せを、邪魔せねばならんのだ。悪魔にでもなった気分だよ」
「…… ……そう思うんだったら、藤田くんにも慰めの言葉くらいかけてあげたらどうですか?」
「あいつはいいんだよ。人間じゃねえんだから。勝手に傷ついて勝手に這い上がれ」
「そんなこと言って。上田さんだって十分可哀想ですよ。毎晩藤田くんに電話して。女性からするとこっちの方がずっと胸が痛みます」
「俺らはあくまで黒スーツ。恋のキューピットじゃあないのさ」
双眼鏡越しに上田を見て、確かに最近、綺麗になったな。
などと中条は思うのであった。




