五月十五日「あ3号」作戦
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『核戦争』の不合理を植え付けました。
・ 柳楽国昭に、悲惨な別れを経験させました。
・ 神取篤に、『パパーハ』を入手させました。
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『現実時間』五月十五日。西東京横田Base。
軍人、アルフレッド・マーカスは、パソコンのモニターの前で凍りついていた。
片手に崎陽軒のシューマイ。もう片手には、横浜名物醤油豚骨ラーメンのインスタント。
テーブルの上には、中華街で使えるクーポン券が数枚。
そして冷蔵庫の中には、栗餡を薄いカステラ生地で包んだ御菓子『横濱ハーバー・ダブルマロン』が入っている。
全部今日、別々の知人からいただいたものだ。
それは、同僚だったり、上官だったり、PXに勤務している職員だったりした。
今日は、朝の日課である日本語のレッスンから『横浜』が始まっていた。
教材動画を再生中、画面の中の日本人がこう、喋ったのだ。
「ヘイマーク! 休日横浜に行かないかい!?」
ヨコハマ? 有名な場所だから流石に知っているが、遊びに行こうなどと思ったことは無かった。
そして、YouTubeのオススメ動画には、『日本のナイト・スポット、ヨコハマ!』『海釣りは今、横浜がアツい!』『横浜美人に会いに行け!』
……などと突然横浜一色になり、マークの中で今ジャパンではヨコハマがブームになってるんだな。と勝手に感じていた。
すると、基地の外周をランニング中に『YOKOHAMA BROTHER!』とデザインされたTシャツを、同僚たちが着ているのを見かけ、ランニングから基地に帰ってくると同僚の一人が、ゴミ袋いっぱいの洗濯物を抱えて外のコインランドリーに向かっていった。
……非常に見覚えのある景色だ。
こんな日は、経験上『横浜』が続くのかもしれない。と思っていたら想像以上に『横浜』が攻めてきて、
マークの今日一日が嫌になる程『横浜』づいていた。
そしてそんな一日の極め付きは、今見ているこの動画である。
マークが贔屓にしている歌手、「アイザック・リッパー」のライブ配信で、アイザックが突然日本の名曲「ブルーライト・ヨコハマ」をカバーしたのだ。
これでマークは休日、渓釣りは休んで横浜に行ってみる気が起きてしまった。
いつか、現地で崎陽軒のシューマイを食べに行くことにした。
もちろんこれは、Cチームが裏で暗躍した一日だった。
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等のCチーム達は各々、ロシアから帰ってきてからというもの心の中は霧が晴れなかった。
プロジェクト・タナトスを開始した時から、目的も行き先も解らなければ成果の見えない日々。
そして、Aチームの存在……。
アゼルバイジャンでの任務はチーム全員が敗北したと認めるところであった。
最後に絶好のタイミングで羊の群れを連れてきた「モンキー」を名乗る男は、どこからあれだけの数の羊を用意したのか……
どうやって、山の麓まで運んだのかさえも解らなかった。
Aチームの規模も何も解らないが、大胆な作戦を鮮やかにこなす技術を持っていることを、Cチームの全員が痛感した。
プロジェクト・タナトスもAチームに任せてしまい、自分達は下請け的に補助に入る方が合理的かもしれない。
しかしそれを良しとしないのは、結局のところCチームの面々の意地としか言いようが無かった。
任務を自分達の手でこなすことに、意地になっている。プロジェクト・タナトスの全貌ですら、彼らはわかっていないのだ。
ただ、目の前にタスクがあるのでそれをこなす。実に黒スーツ然とした行為である。
彼らはタスク処理的に、『アルフレッド・マーカスに横浜を植え付ける』ことに成功した。
* * * * *
白い部屋。白い椅子の上で、藤田は膝を抱えて座っている。
不自然な座り方だが、何かを抱えていないと精神を保っていられなかったのだ。
それは、上田からの着信である。
ロシアから帰ってきてから、上田からの着信に応えていない。
次声を聞いたら、なんというか……今度こそ引き返せなくなると思ったからである。
引き返せなくなった先にある物さえも理解できないのに、理性と本能の両面で上田の声をこれ以上聞くなと、脳神経が命令してくる。
理性と本能の両面が揃っているのに、なぜだか良心が痛む。
理性と本能の両面が揃っているのに、受話器の向こうの上田の顔が浮かんでくる。それは悲しそうな顔だった。
「許してくれよ……」
誰に謝るでもない。きっと、藤田は受話器に謝ったのだ。
旅人の恋人への最後の手紙は、郵便ポストに宛てた手紙だった。そんな物語を思い出した。
今ならその気持ちがわかる気がする。
早くこんな嘘つきのことなんて忘れてほしい。
この黒服の大嘘つきは、君を傷つけることしかできない。
藤田は心で強く念じた。
なのに電話は毎晩鳴る。
長く、長く、なり続ける。
赤ん坊が離れた場所にいる両親に気づいて欲しくて泣くように、着信音が部屋中に響いている。
藤田は膝を抱えて、そっと目を閉じた。




