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白い花と黒服

『現実時間』五月一日。二十一時の金沢駅。


 金沢が都会と言っても、夜の闇に黒スーツは溶け込みやすい。

 逆に黒スーツを着ているのに夜に溶け込めないというのは、よほど落ち着きがないからなのか、本当は人間ではないからなのか、もしくはその両方かのどれかである。


 上田美代子に会うようになって三ヶ月。

 普段の藤田ならば平凡な男女交際に慣れて、むしろ飽きはじめている頃だ。

そうでないのは、ここのところ上田が本当に綺麗だからである。


 週に一回、多い時で二回、彼女の仕事終わりと、休日に映画を見に行く。

 


 

「佐藤さん、お待たせ」


 

 落ち着きのない藤田が振り返ると、そこには上田が居た。

 春着に衣替えした上田は、新しい白のチョーカーに灰色のストレートシルエットのワイドパンツを合わせている。


 春になってもパパーハは身につけてくれているのが、もうなんというか……藤田は嬉しいやら切ないやら複雑な心境だった。


 それはそうと、格好が垢抜けて見える。上田が白衣以外で白い服を身につけている姿を藤田は見た事がない。

 足元が眩しいと思ったら、履いているヒールも真っ白だった。


 ものすごく言い方が悪いのは承知で、それまでの上田は、藤田には茶色と赤に見えており、服装は牛丼みたいだ。などと思っていたのだ。

 それが今は本当に、なんと言うか、可憐だ。


 

「ま、待ってません!」


 信じられないことに、三ヶ月経っていると言うのにこれである。

 まるで神か何かを目の前にしているかのようだ。

 映画が始まってしまえば落ち着くし、映画を一本見終えれば、多少打ち解けるのだ。

 それで少しはまともな会話ができるのに……

 毎日、別れた後次こそは堂々としてようと思うのに、会うたびに上田がそれまでの藤田のイメージを超えてくるので困る。

 

 上田のご両親が、一人娘に厳しい人なのが逆によかったのかもしれない。

 かなり遅くでも、『二十四時までには家に帰る』と言うルールが彼女の家に存在しているので、

今のところは『週一で映画を一緒に見る友達』に収まっている。


 それでも、三ヶ月も会っていれば向こうから距離を詰めてこようとしているのを感じるし、こっちがオドオドしているのを上田はどうも楽しんでいる節があった。

 第一、週一回の約束なのに、「休日」まで時間を割くようになったのは向こうの提案だ!


 観た映画が恋愛ものだった時は、非常に困る。

 こちらも多少、積極的になりかけてしまうのを理性と使命感で抑える必要があるからだ。

 こんな日の観劇の後は、喫茶店で藤田が饒舌になる。

 

 映画は好きだった。人間の頃から。

 だから、映画制作の専門学校に通っていた。

 藤田が、監督の画の撮り方や、照明の当て方を熱弁する姿を、上田は楽しそうに眺めていた。

 そして、この場はなんとか、存在しない人間……人間ですらない。佐藤を無難に演じ切ったと思ったのに……

思ったのに、彼女を送る別れ際、上田がこんなことを言うのだ。


「また、会ってくださいね。佐藤さん」


「うん。また」


「……たまには、食事にでも行きませんか?」


「え?」


「あ、もし佐藤さんがよければなんです……けど……」


 上田が、恥ずかしそうに、している。

 ……可憐だ。


「あー、あー全然! はい!」


「そうですか! よかった! 楽しみにしてます!!」


 笑顔で手をふり、上田が去っていく。

 まるで無垢な少女のようだ……。


 佐藤から、黒スーツの藤田に戻った後で思わず真っ黒な空を睨んだ。


 なんで、彼女と出会ったのが黒スーツになってからなんだろう。

 こんなものは男女交際じゃない。任務だ。


 そうこれは、上田に危機が訪れないための任務だ。そのために、自分はここにいるんだ。

 

 決して、恋じゃない。


 藤田は、唇を噛み締めた。


「楽しそうですね」


 いきなり話しかけられて、またビクッとなる藤田。

 女性の声だ。

 振り返ると、Aチームのフェイスが立っていた。

 藤田は思わず身構える。


「なんですか……。上田さんに何かするつもりなら」


「そんなことしませんよ。彼女は私たちにとっても重要な人物です。

 ……何もしませんから、藤田さんもそんなに頑張って会わなくてもいいんですよ?」


「ちょっと信じられません」


「どうしておっかない顔するんですか? 同じ服着てる者同士、もっと仲良くしましょうよ」


 フェイスが藤田の腕を掴んできた。……この女、こんなんだったっけ?


「こう言うのはどうです? 上田さんに会った後は、私に会うと言うのは」


「……いやです。……この会話仲間に聞かれてるかもですよ?」


「いいですよ別に。私は、チーム関係なく藤田さんと仲良くしたいだけですから」


「(ため息)うちのチームは……こないだの『あきる野市』の件で、Aチームの事を嫌ってますよ」


「それは……うーんなんと言うか……私からはごめんなさいと言うしか。だから、誤解を解きたいんです。藤田さんへの誤解を」


「誤解」


「Aチームが、ああいうことばかりしている組織と思われたくないんですよ。ねえ、ちょっと今から……あ……」


 藤田がフェイスとは反対方向に走り出し、夜の闇に消えた。


「……逃げられちゃいました」

 

 フェイスが、走り去る藤田を見つめながらつぶやく。


「『私たち』は、人間とは関係を持てませんよ? 藤田さん」





 * * * * *



 一方白い部屋では、Cチームの黒スーツたち四人が集まっている。

 いつも通り、黒い四人が集まると白い部屋が空気の重苦しい

 彼らは藤田抜きで、一仕事終えてきたところだ。

 今回は、Aチームはおとなしくしていた。


 それは、「柳楽国昭とかいう人間に、悲惨な別れを経験させる」という任務だった。


 各々、胸が痛かった……。特に中条と山田は何か救済案を考えたほどである。

 どうしてなんの恨みもない人間の希望を、完膚なきまでに叩き壊さねばならなかったのか。

 それは任務のためなのだけれども、国昭が危うく婚約者の親から殺される寸前まで行ったのだ。 

 あれはやりすぎだ……。

 

 玄関を追い出され、家の前で何度も頭をこすりつけて謝る国昭の姿が頭から離れない。

 

「中年男性の悲恋よりも、世界の悲劇を避ける方が重要ですよ」


 三田村は表情ひとつかえず、端末を入力しながら言う。


「……お前は、木の根っこから生まれてきたのかよ」


「そうですよ?」


 三田村が言うと、冗談には聞こえなかった。


「……だがよ、三田村。考えてみろ。

 柳楽があの女性と結婚したとする。それで……生まれてくるはずだった子供のことはどうなる? そいつが何か、世の中に良いことをする人物だったら?」


「砂漠に落ちた胡麻粒を見つけるみたいな可能性ですよ。それは。それに相手の女性も高齢出産ということになります。望みは薄いですね」


 流石に普段温厚な山田が三田村に詰め寄った。


「三田村くん……?」

 

「……失言でした。と言っても事実を言ったまでですが。

 それより、次の任務が来てるんですよ?

 皆様目を通してください」


 辺に、重苦しいため息が響く。

 

「今回は『渡す』系のミッションです。得意でしょ? もう何度もやってるんだから」


 そっけなく、三田村が言う。

 場の空気がさらに重たくなる。


「しかし……お前……この任務……藤田に聞かせられねえぞ?」


「どうしてです?」


「『これ』を、『コイツ』に渡すということは……そういうことなんじゃないのか?」


 中条の言葉に山田が便乗する。


「わかる気がします。今後、『二人』を会わせるような気がします」


「二人が何に心配しているのかもわかりませんし、そこになんで藤田が入ってくるのかも全くわかりません。

 藤田はただのボディーガードですから。改めて言います。

 今回の任務は、『現在コーカサス地方にいる神取篤に、パパーハを渡す』と言う任務です。初海外ですね」


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