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柳楽国昭『現実時間』四月二十日

『現実時間』四月二十日。横浜関内。


 一般的な人間であるならば、四月二十日という日はそれだけで陽気になりそうな日だ。

 まず横浜であるならば八重桜が見ごろの時期になり、やってくる人が増える。

 もっと言えばプロ野球も始まり、それで人も集まってくる。

 ようは人が外に出るのに丁度いい気温になる頃だ。


 四月二十日。国民的な行事は特にない。

 ありふれた四月のある日には違いない。天気は快晴。

 思わず外に出たくなってしまうような、四月のとある一日。

 

 ……そんな、なんでもないとある一日が、自分の将来を変えてしまうほどの悲惨な一日になってしまった男性がいる。

 柳楽国昭。年齢は四十三歳。

 厄年は数え年で計るらしいので、後厄を乗り切ったばかりである。


 そんな彼はこの春、人生の転期に立っている。

 

 近頃は頭に白いものも生え始め、確実な「老い」を感じている。

 それで普段は気にもしていなかったが、この年齢になると異性との関わりの場が若い頃と比べて圧倒的に狭まっているのだ。

 柳楽はゴミ処理場勤務。つまり、異動も、外部との関わりも少ない職種だ。

 

 最後に恋人がいたのは十年以上も前の事。相手は結婚を考えていたが、柳楽にはそれが考えられなかった。

 はっきりと言うと、もっと「遊び」たかったのだ。

 結局柳楽の遊び癖は治らず、後悔した頃に恋人は去っていた。

 そして、自分で思っていたほど遊ぶこともできないまま、この年齢にまでなってしまっていた。

 

 何が言いたいかというと、真剣に恋愛結婚を考えているのであれば、残されたチャンスは少ないのである。

 

 それで言うと柳楽は運がいい方と言える。それも、とても運がいいと言える。

 先月婚約したのである。高校の同窓会で再会したクラスメイトと。


 相手は、元夫の浮気が原因で独り身になった、いわゆるバツイチ女性。

 子供はおらず、作ることは年齢的にも諦めてはいるのだが、それでも孤独に耐えきれず柳楽と交際を始めたのだ。

 これでも恋愛というのであれば、お互い最後のチャンスかもしれない。

 


 * * * * *


 四月二十日。午後十八時半。横浜関内。


 恋人の両親への顔合わせを後日に控えているが、国昭にはその前に大きなイベントがあった。

 婚約者の誕生日である。

 プロポーズは済ませたものの、男にとっては大切なイベントには違いなかった。

 

 幸い関内には、カップルが入るにはおあつらえ向きなレストランは沢山ある。

 ネットでレビューを一つ一つ確認し、ネットで予約をした。



 さて、婚約者の誕生日に何を渡すか……国昭には分かりっこなかった。相手からの「なんでもいいけど期待してるよ」という言葉が、難解な哲学問題のように聞こえていた。

 

 しかし国昭も大人だ。こういうものは、見栄を張るより気持ちがこもっている物が一番だと知っている。

 これも時間がある時にインターネットと睨めっこを繰り返した。

 そして、直感で『ハンカチ』なんかいいんじゃなかろうかと思った。「四十代女性、プレゼント」で検索したら、なぜかトップに出てきたというのもあるが、

『身につけるもの』が一番なのではないかと彼なりに思考したのである。


 ネット通販で購入したものが今朝、国昭の部屋の前まで届き、国昭はそれをちゃんと梱包した。


 そして……ネット予約したプランで、ネット予約したレストランに入店し、今、ネット予約したシャンパンで乾杯をし……


 サプライズのハッピーバースデーソングがかかり、バースデーケーキが運ばれてきたところだ。


 相手の女性は、ひとまずは喜んでくれた。

 まあこの年齢になると、あまり大したことではびっくりもしなくなるし、過度に喜べなくもなるのだ。

 女性にしたってその辺りの勝手は理解してくれているので、国昭のために喜んであげたようなものである。

 しかし、ひとまず婚約者を祝うバースデーディナーとしては、合格点であった。……現時点では。


「じゃあこれ。大したものじゃなくてごめんね。ハッピーバースデー」


 本日のメイン行事。プレゼント贈呈の儀が行われる。

 丁寧に梱包された、青い小包。

 

 婚約者の顔に、本物の喜びが見えはじめた。それは物欲まみれなわけではなく、相手が自分のために何かをしてくれるというのは、誰にしたって悪い気はしないものである。


 ……問題は、いや、全ての元凶はこの小包の中身だった。


 婚約者が青い小包の梱包を解き、中身を取り出す……と……ここで国昭が予想だにしていなかったアクシデントが発生したのである。

 自分がいれたはずの『ハンカチ』が……違うものと入れ替わっている……。


 非常に良くないことに、国昭は今、婚約者の手元にある明らかに使用済みのハンカチを知っている。それは……


「なあにこれ?」


 婚約者が不思議そうな声を出す。そりゃあ、そのはずである。想定してたものの範疇に、「使用済みのハンカチ」は入っていない。


「あー!! 違う違う!! 間違えた!! ごめんそれ! 間違い!!」


 国昭の声が、2トーンばかし高くなる。そして声量も増して、店内の注目を浴びてしまった。

 そして、国昭がそのハンカチを婚約者から奪うより先に、彼女は『それ』に気がついてしまった。


「『アッキー(国昭)へ♡ 望美より』……望美?」


 なぜだ、地球上のどんな力を使えば、婚約者のための誕生日プレゼントと、はるか昔に処分したはずの元カノからのプレゼントが、『入れ替わる』ことが起きる!?

 これは何かのホラー映画か!? 悪辣なドッキリか!? シンプルな悪夢か!?


 国昭は頭が真っ白になった……。なぜなら、なぜなら……

 元恋人の望美も、高校のクラスメイトであり、この婚約者も彼女のことを知っており……自分と恋人同士だった過去の事実を「よく」知っているからである。


「どういうこと?」


 婚約者がこちらを見る目から、一切の希望が削られる。

 二つの黒い瞳は怒りと絶望に通ずる漆黒なる入り口へと変わり、「愛の反対は無関心です」を体現したような、つまり……

 愛の反対側の熱量で持って国昭を見つめていた……


 しかし、これは惨劇の、あくまで「始まり」でしかなく、後厄を乗り切ったばかりの国昭にとっての『地獄』の始まりだったのだ……。


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