空と核の青
黒スーツの中条と山田、藤田が、白い会議室に通ずる白い通路を走っている。
三人は本来、横田基地で待機のはずだった。
もちろん、アルフレッド・マーカスに『核戦争』に対する嫌悪感を抱かせるためである。
それを、やる必要がなくなった。
先刻のあきる野市臨界事故のせいである。
Cチームの指針として、大きいものに『不殺』があった。
それは、将来的に数百万人、もしくは数億人の人命を救うことになるのやもしれないこの任務において、
任務の延長で別の死人を出すのは倫理的な矛盾があると、チーム全員が感じていたからだ。
それが破られた。今朝のニュースではこの事故で二名がすでに死亡。三名が被曝による怪我をしていると報じられている。
藤田の脳裏に強烈によぎったのは、Aチームの事だった。
事態の確認のために、三人は会議室を急いだ。
* * * * *
「三田村くん!?」
真っ白な会議室は、当然、掃除をする人間もいない。
なのに、汚れという概念がなく、まるでコンピューターグラフィックで描かれたような白さであり、天井のLEDライトを反射していた。
三田村は、いつもと同じ場所、同じ姿勢で、端末を広げ、
いつもと同じ顔をしてそれを眺めている。
「三田村くん。何があったか報告してく……」
山田は思わず言葉を飲んだ。
三田村の姿勢は、形状記憶のようにいつもの表情で座っているだけだったが、
メガネの奥から、涙がこぼれていた。
よく見れば顎から首、肩にかけて小刻みに震えている。
そのまま、ゆっくりと部屋に入ってきた山田と藤田に顔をむけ、涙も拭かずに答えた。
「やられました」
山田は三田村の震えている肩を見て立ち尽くしたが、中条は表情ひとつ変えず三田村の背後まで歩いていった。
「三田村よ。これが……俺らの『やり方』ではないよな?」
三田村は一切の反応を返さなかった。
「俺たちがやろうとしているのは、『大戦の終結』だ。そのために数人犠牲にしていい事は、ないよな?」
三田村は、悔しそうに一度だけ頷いた。
「よかった。『チームの方針』としてちゃんと聞いておきたかったんだ」
中条は、慰めるように三田村の肩に手を置いた。
* * * * *
『現実時間』四月十日。奥多摩、鳩の巣渓谷。
アルフレッドマーカスと、マスター・ギンこと黒スーツの中条が、静かに釣りをしている。
マークが奥多摩にくるのは一ヶ月ぶりだ。それまで週一で通っていた、マークなりのパワースポットだったのに、身体検査だ事故処理だで基地の外にすら出られなかったのだ。
彼自身にしても、釣りという気分にはとてもなれなかった。
それでも結局『帰ってきた。』ここ奥多摩に。
隣でヤマメを狙っているマスター・ギンこと中条は、知らないふりをするのに精一杯だった。
中条は、マークが先月、緊急出動した事実を知っている。そこで何を見たのかも……。
だがマスター・ギンは、ただの察しのいい壮年男性という役だ。
空気を読んで、口数の少ないマークに合わせて黙っていることしかできなかった。
「マスター・ギン」
黙っていたら、マークから声をかけてきた。いつもより声のトーンが低い気がする。
「どしたら、カクヘイキ、なくなりマスカ?」
「あ? なんだよ。突然」
「ショクバで、やなことアリました」
「ああ。そう……」
中条は空を見つめた。
「なるようにしかならないんじゃないか?」
奥多摩から見上げる空は、広くはない。
四方を山が囲んでおり、なんとなくそれが、どん詰まりの袋小路に中条には見える。
そのどん詰まりの空をぼんやりと見つめながら中条はそのように言葉を吐いた。
黒スーツは、地球人口など比べ物にならないほど存在している。
そんな黒スーツが、どこかの誰かに都合がいいように、地球上の人間を操っているのを、中条は嫌ほど知っている。
こう、言うしかなかった。
マークはマスター・ギンを見向きもせずに竿を水面に垂らす。
返事を最初から期待してなかったのかもしれない。
中条は、自分でやったことではないにしろ、どこかアルフレッドに対して申し訳ない気持ちがあった。
「ギンサン」
「んー?」
「ワタシ、ここにスムヨ。いつか」
……アルフレッドが自分で決めたことなのか、そうなるように中条たちが誘導したのか、今となってはもはやわからない。
「?? ワタシ、顔に何かついてる?」
「あ? いや、そうじゃねえよ。
いいんじゃないか? 寒いけどな」
Cチームに新たな任務が届いたのは、これから少し後だった。




