二月三十日「あ2号」作戦 2
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 神取篤の、コーカサス行きが決まりました。
・ 上田美代子に、『高山植物図鑑』を持たせました。
* * * * *
『現実時間』二月三十日。横田基地内。十四時。
「アルフレッド・マークス二等兵は至急、司令統制室に出頭せよ」
訓練中、基地内に放送が流れ、マークは上官に呼び出された。
「アルフレッド・マークス二等兵入ります」
司令統制室の扉を開けると、椅子に座っているはずの上官が直立しており……
マークは嫌な予感がした。
「ご苦労。マーカス二等兵。避難誘導マップの件もご苦労だった」
「は」
「実に、よく書けている。情報も過不足無く正確で、何より読みやすい。既に何人かの士官に読んでもらったが概ね好評だ。マーカス二等兵」
「は」
「しかし……ジョークのセンスは君とは相容れないな」
「ジョーク?」
なんのことだろう? マークは理解ができなかった。
冗談はそもそも嫌いだし、任務で冗談を言うほどこの仕事を甘く見てはいない。
ジョークとは、一体なんのことだ?
上官が、マークが作成した避難誘導マップを机に放る。
マークはそれを手に取って読んでみると、思わずひっくり返ってしまうのではないかと思った。
『Procedures for evacuation guidance during earthquakes and fires
(地震・火災の際の避難誘導対応)
Assembly point(集合場所)→Ōme University Affiliated High School(青梅大学付属高校)
Fussa Music Vocational High School(福生音楽専門大学)
Emergency Hospital Nearby(付近の緊急病院)→ Nishi-Tokyo General Hospital(西東京総合病院)』
その下の欄の言葉に、一つも覚えがなかった。
『Nuclear War Response(核戦争時対応)→Pray fucking underground(地下で祈れ)』
……なんだこれは。こんなことを書いた覚えはない。
「じ、自分ではありません!」
「では誰だと言うのかね。私は君に頼んだんだマーカス」
「わかりません!」
「『わからない』では済まないのだよマーカス。どうしてこの仕事を君に頼んだか理解しているかね。
君が、誰よりも『真面目』だから安心してこの任務を任せたのだ。よくもそれを裏切ってくれた。
今日は記憶と記録に残すべき日だな」
散々こき下ろされ、マークは奥歯を食いしばった。
誰がこんなことをするんだ!?
なぜだ?!
すぐ訂正します! とマークは言ったが、その時には既に原稿を多くの士官が読んでおり、噂は基地中に広がっていた。
この事件を機に、マーカスには「Pray fucking underground guy」という不名誉なあだ名がついてしまった。
* * * * *
「少し回りくどすぎないか? 君らの作戦は」
白い部屋にて、ハンニバルと名乗る男性が穏やかな口調で三田村に話しかける。
三田村はハンニバルに対する警戒心を解いていないため、口を一文字にぎゅっと閉じて喋らなかった。
「今君の仲間は、横田baseのアルフレッド・マーカスに、核に対する嫌悪感を植え付けている所だろうな。
おおっと、覗き見をしたわけじゃない。なんで知ってるかというと、我々も同じ任務を与えられたからだ。
どうだ。私だったら共闘を選ぶがね」
ハンニバルの余裕のある口調が、三田村は気に入らなかった。
こいつはまだ、何か言いたい言葉を残している。そう三田村は直感していた。
「どうだろう。この件、我々Aチームに預けちゃもらえないか?
悪いようにはしないし、君だってたまには休みたいだろう。
君たちが今やっていることよりももっとsmartな手段がある。飲んでくれないかい?」
三田村は答えず、相手の目の奥を見た。
「アルフレッドに核に対する嫌悪感を植え付けたいなら、私ならもっと大胆な手に出るね。
横田baseの近くに、あきる野市という場所があってね。そこにここ数年でできた興味深い施設がある。
原発を減らすために効率化を図る、という名目で建てられた臨界実験施設だ」
「何を考えてるかわかりませんが、論外ですね」
ようやく三田村の口が動いた。
ハンニバルは強く目を瞑った。
「そんなに自分のチームが好きかね。君はもっと、合理的な思考をする人間だと思っていたのに」
「チームは関係ありませんが、この仕事は好きですよ。他人に任せるくらいなら死んだほうがマシです」
すると、ハンニバルは突然高笑いを始めた。
「『死んだほうがマシ』ときたか」
ひとしきり三田村の前で笑い転げると、咳払いをひとつして、あらためて三田村に向き直る。
「『死』がそんなに大それた事かな。正直君の口からそんな言葉が出ると思ってなかったよ。
どうやら私は……君を高く見積りすぎていたようだな」
「それはどうも」
「しかし私はどうも『せっかち』な性格らしくてね。仕事はティータイムまでには終わらせたいんだ。
君からの理解を得られなくて『残念だったよ』」
ハンニバルは、懐から懐中時計を取り出しては眺めている。
三田村は嫌な予感がした。
「……何を『した?』」
「君達がやろうとしている事だよ」
目の前の男が無表情に答える。
あきるの市の施設で臨界事故が発生したのは、その数分後だった。




