二月一日 「う3号作戦」 4
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
・ 上田美代子に、『パパーハ』を入手させました。
・ 神取篤の、コーカサス行きが決まりました。
* * * * *
『現実時間』二月四日十三時十五分。
金沢市、喫茶店。
上田美代子が休日に、男性と二人で喫茶店にいる。
声をかけられたことに違いはないが、ナンパではない。どちらかというと……自分が誘ったのだ。
正直今日は、一日中ぼんやりしていて自分が自分ではないみたいだ。その感覚で言うと……
何やらこの男性に、先ほど勘違いさせるような一言を言ったかもしれない……。
上田は数分前の記憶を遡ろうとして、やめた。
代わりに自分をここまで連れてきてくれて、今は上田のためにアメリカンを注文しに行ってくれている男性のことを見た。
変な服だ。
顔というより、この服でこの男性のことを覚えていた。
なんの仕事をしている人だろう? 上田は、この男性の服装を駅前などで見ることがある。
パチンコとか、キャバクラとかのキャッチとかの仕事をしている印象の服装だ。
不思議と、ストーカーとは思わなかった。
他人が二度も、自分に妙なものを渡してくるものだからストーカーの可能性もあるのだろうけれどこの男性から感じるのは、
下心というよりも違う「心」のように感じたのだ。
男性が、カウンターから、アメリカンと、キャラメルマキアートを運んでやってくる。
黒服が運んでくると、本当に喫茶店のボーイに見えた。
ただボーイほど、「慣れた」感じじゃないのはこの男性も緊張しているからなのだろうか?
「サンドイッチも注文しておきました」
「え、あ、ありがとうございます。お腹空いてるんですか?」
「俺もですけど、上田さんお昼食べてないから……」
「??自己紹介、しましたっけ?」
* * * * *
やっべえええ!!
『上田さん』って言っちゃダメじゃん! あと、昼飯のこととか、本当だったら俺知ってるわけないじゃん!!
藤田は自分のポンコツ具合にあっぷあっぷしていた。
いつも自分はドジだが、今日は本当に絶不調だ。丁寧に地雷を踏んで行っている。
しかも今は黙っているが、この会話はもちろんチームメイト全員が聞いているのだ。
見えない四人分の視線が、藤田を貫いている。なんとかリカバーしなくては……。
「あ、一度講演会でお会いしたことがあるんです」
「講演会……?」
「あの……あの……バイオ燃料のやつです!!」
「……ああ。『極限環境微生物の代謝経路を利用した新規バイオ燃料生産』ですか……?」
「そう! それです! いや素晴らしかった!」
どうだ。こっちは伊達に、年末あなたの私生活を監視……じゃなかった観察してたわけじゃないんだぞ!
「……化学者の方なのですか?」
「あー違います! 会場スタッフです! 警備員とか!」
「なるほど……」
今のは、咄嗟の嘘とは言えなかなかのリカバーじゃなかったか!?
「……え、普段北海道で勤務なさってるんですか?」
「……え?」
「あの講演会の会場は札幌でした。……金沢から……札幌まで通われてたんですか?」
全言撤回。浅はかな自分の脳味噌を呪った。
「あー派遣ですので、いろいろなところに連れていかれるんです! だからほんと偶然だったんですよー!」
馬鹿馬鹿馬鹿ー!! これじゃあ完全に怪しい奴じゃないか!! 三田村さんに殺される……。
全て観念して、うっかり自分はあなたを観察する組織である、とぶちまけてしまいたかった。……それをしたら、本当に殺されるだろうが、
少なくとも自尊心は保たれるような気がした。
「ごめんなさい、あなたを詮索するつもりなんて、ないんです……」
目の前で上田が心底申し訳なさそうにしている。
「もちろん、興味がないことは、ないんです。私……
えっと……お名前伺ってもいいですか?」
頭が真っ白になった。
パンチドランカーになった気分だ。
どうする!?『藤田』って言うか!? それとも偽名を使った方がいいのか!?
偽名……何も思いつかん……目の前にあるもの…… 砂糖とミルク。
砂糖……佐藤にするか!? この偽名、いつまで使うんだ……? ずっと覚えていられるか?
彼女から突然呼びかけられて、自分が咄嗟に反応できなかったらどうなる? 彼女に佐藤は偽名だったことがバレて、嘘をつかれたと思われてしまうだろうか?
…… いいや! 彼女と喫茶店でこうして話していること自体が、イレギュラー中のイレギュラーなのだ!!
金輪際関わりは持たない! だから名乗るのも、これが最初で最後だ!
「佐藤です」
「佐藤……さん。なんだか不思議ですね。何度か会っていて、佐藤さんは私にいろいろなものを届けてくれるのに、私は初めてお名前を聞くなんて」
「そうですね! ハハハ」
「私、佐藤さんに、お礼が言いたかったんです……ずっと」
そう言うと、上田は隣の席に置いたパパーハを膝の上で大事そうに抱えた。
「これを、私に届けてくれたお礼が言いたかったんです。
佐藤さん、これを渡してくれた時、
『それ被って街を歩いてくれたら、喜ぶ人が絶対いる』って言ってくれたんです」
……そんな主人公みたいなことを言ったのか自分。
マズい完全に忘れてる。あの時はそれどころではなくって……
「私、そんなことを言われたの生まれて初めてで。帽子なんて……自分で買ったことなかったけど、
今は宝物なんです。……自分が何が好きなのか、少しわかった気がします。佐藤さんのおかげです」
「とと、とんでもない。お似合いですよ! お役に立ててよかった! ハハ!」
『佐藤』という役を与えられてから、自分の言葉が嫌に不自然だ。
役者の素養なんてないのに、慣れないことをするからだ。
特に笑い方がおかしい。『ハハ』なんて笑うやつはミッキーマウスしか知らん。
だがそれももうしばらくの辛抱だ。もうしばらく耐えれば、佐藤なんて黒スーツの嘘つき人間はこの世からいなくなる。金輪際。……人間ですらない。
「それで、もしご迷惑でなければ……」
本気で、Cチームの任務から降りることが自分の中でチラついた。
なんだって任務のために嘘なんかつかなければならないんだ。そもそも、最初から自分に向いている仕事ではなかった。
Aチームなんかにも行く気はない。もう、身の丈に合わないことなどたくさんだ。何もしたくない。
他のことならなんでもいい。またコンビニ店員でもやれと言われればやってやる。なんでもいいのだ。他のことなら。
「これからも私と会ってくれませんか……?」
「そうですね」
「え! いいんですか!?」
幸せそうな上田の顔を見て、藤田は自分が何か、致命的なミスをしたことに気がついた。
溺れている人間が藁を掴んでもがいて、窒息しているのと同じで、必死になって数秒前の記憶をあつめた。
こう、言われた気がする。
これからも私と会ってくれませんか?
『待て! ちょっと待て!』
「ま、ちょ!?」
背骨に電流が走ったかのように、藤田はその場で飛び跳ねた。
「まちょ?」
「それは!? ええと……今日みたいに忘れ物を届けたりですとか、そういうことですか!?」
「あ……はい。そういうこと……がちょっとわからないですけれど、そういう関係からでもいいです」
上田が、妙に、引っかかることを言う。
「そう言う関係『からでも』?」
「はい……」
上田が、恥ずかしそうに藤田を見た。
「その、友達になってくれませんか? 佐藤さん」
人間ではない藤田に、初めて高嶺の花が靡いた瞬間であった。




