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Cチーム

中条の黒い革靴が音を立てる床のタイルは白。

 それも、一つ一つが、照明を反射しているので、たった今新調されたのではないかという輝きを放っている。

 壁も白。シミも汚れも装飾もない。

 これはもちろん例え話だが、どこが道なのかわからなくなりそうである。

 もしここに、昼間の太陽を持ってきたら照り返しがすごいことになりそうだ。


 ここに似た場所に以前、来たことがある気がする。

 それも元妻と二人で旅行中に。あれはどこだったっけ……?


 扉も白なら取手も白なので、会議室の入り口が認識できる方が不思議に思う。

 それをなんとか遅刻の言い訳に使えないだろうかと、幼稚な考えを思わず頭でこねくり回してしまった。

 やれやれ。

 扉を開けようとして、真っ白い扉に反射する自分の姿が、ぼやけて映る。

 ……始まる前から疲れた顔だ。そして、ひどい寝癖に気がついた。


 今の自分の姿を見て、人類救済に直結するようなプロジェクトを任されている人間のイメージからはかけ離れているように思える。

 扉を開けることを躊躇うが、人を待たせている。

 中条はノックもせずに、会議室に入っていった。


 * * * * *


 会議室も、全くもって模様も装飾もない真っ白な空間なのでいい加減目が疲れてくる。

 しかし、その分黒スーツの人間達が映えて見える。

 白い空間が広がっているだけなので部屋の広さがいまいちわからないが、少なくとも壁に囲まれている感覚がない。

 最も……そう見えるだけなのかもしれないが。

 とにかく狭くはないスペースに、黒スーツが既に四人着席していた。

 

 中条が席に着くと、自分に代わって会議を進めてくれていたのであろう黒スーツの男性、三田村が口を開いた。



「では、今決まった流れを主任に説明する前に……」


 若干低い声には自信がこもっており、滑舌もはっきりしている。 

 三田村のメガネが新しくなっている。フレームがない。

 無個性の黒スーツが洒落っ気なんて出すんじゃないよと、中条は三田村を見るたびに思うのだが、どうしてもメガネに対する拘りだけは捨てられないようである。

 

 三田村が、隣の若い黒スーツに目配せをすると、若いのが元気よく立ち上がった。


「今回のプロジェクトから参加させていただきます。新人の……ええと……藤田です! よろしくお願いします!」


 若いな。中条は藤田を見てまず、そう思った。

 最近妙に増えたな。この手の若者が。

 子供と老人ばっかりだった一時に比べれば、体力がありそうなこの手の若手が増えるのは、こちらとしてはありがたい話だが、

全く地上はどうなってるんだと思ってしまう。


「……まあ、新プロジェクトで俺らも新人みたいなもんだけどな。よろしく」


 中条が握手に応じた。


「はい! ええと……今まで関わったことない職種ですから、勝手がわからずご迷惑おかけするかもしれませんが、

 よろしくお願いします!!」


「職種……。まあ、大したことはしないよ。

 迷子の女の子を見つけてあげたり、誰かの失くしものを探してあげたりする仕事だ」


 ……などと言って、中条は自分の今の発言に対して周りの黒スーツがどういう反応をしたか見たくなった。

 三田村は、目を合わせてくれなかった。

 残りの二人は女性で、黒いおかっぱ頭の、藤田と同い年くらいの女性、鮎川は表情が代わっていなかった。

 もう一人の女性山田は、口に手を当てて笑いを堪えていた。


「まあ、よろしく」


 中条が言うと、三田村から中条の前に数枚の資料が配られた。


「じゃあ、ここまで決まったことから」


 * * * * *


 一枚目の資料には、中年男性の写真が貼ってあった。

 彼の名前は和知 輝樹。水質学を大学で学び、主に海外で使用される下水濾過装置の研究家発に携わっている。それが一言でまとめた彼の情報のようだった。

 

「……下水屋ってことか?」


「まあ広い意味では」


「下水屋ねえ……。何だか、直接的な関係はなさそうだけれども。

 彼も重要人物になるのか?」


 中条が聞くと、三田村は端末の前で表情を変えずに答えた。


「上からは相変わらず何も」


「あ、そ。で? 彼をどうしたらいいんだ?」


「現在、和知輝樹氏は沖縄に来ています」


 沖縄か……。

 ちょうどついさっき、沖縄のことを考えていたのは何か、運命だったのかもしれない。

 中条が以前、妻……いや元妻と沖縄に行った時に訪れた『瀬長島』という場所のことだ。

 日本のアマルフィと呼ばれた場所で、建物から道から階段からとにかく真っ白で、観光客もなぜかそれに合わせて真っ白な服を着てくる。

 そこに沖縄の太陽が強烈に照りつけるので、日光が乱反射するのだ。

 おかげで自分の目の弱さを自覚するに至り、島に入ってものの三分でダウンしてしまった。

 南に行くときはサングラスが欠かせないという事を、身をもって学習したのである。

 

「話、聞いてます? 主任」


 三田村の、太陽より冷たい言葉が突き刺さる。


「あ? ああ。すまん。で?」


「和知は、『現実時間』の九月二日、朝九時に滞在中のホテルを起床予定。同十時にホテルをチェックアウトし、ホテルのバスで那覇空港に移動。

 そのまま十三時丁度の便で羽田空港に飛ぶ予定です」


「うん。で?」


「和知の、十三時那覇発、羽田空港行きへの搭乗を、阻止することが我々の初仕事とのことです」


 中条はため息をついた。

 しかし、上からの任務は往々にしてこのような、わかりづらいものばかりなのでいい加減慣れなくては、と思っている自分もいた。

 ……試しに藤田の顔を覗いてみると、彼も戸惑っている。


「……それだけか?」


「そこまでできて、四十点ってところですかね」


「満点を出すには?」


「帰れなくなった和知を、与那国島に誘導できて、ミッションコンプリートです」


「ふう……む? つまり、和知の行き先を、自分の家から与那国島にすり替えること、と。それが我々としては初の任務になるわけだ」


「そうですね」


「わけがわからんな」


 中条は和知の写真を拾い上げた。それは、和知の免許証の写真だった。


「いい顔してるなあ。疲れている。疲れた人間の顔だ。……こいつ沖縄に何をしに来たんだ?」


「それが、上もてっきり水質学の研究できたものと思っていたようなのですが、

 実際、和知が沖縄に来てもホテルから出ようとしなかったみたいなので……」


「ふうん……。

 まあ、上にも考えがあるんだろう。じゃあ具体的な行動を計画するぞ。

 ……なんであれ、これが大戦の終結に関わる仕事だ。心してやろう」


「たいせん?」


 藤田が甲高い声を上げた。


「大戦って……なんのことですか?」


 すると隣に座る山田が藤田に、


「第三次世界大戦」


 と静かに言った。

 えっ……と、藤田が声を漏らす。

 藤田の顔に、さすがに違和感を覚えた中条が、彼の目をまっすぐに見て告げた。


「……聞いてなかったのか? 少し先に起こることが確定している大戦。それの被害を最小限にまで抑えて終結させることが、このプロジェクトの主な任務だ」


「ええと……聞きたいことが沢山ありますが……このおじさんを、与那国島に連れて行くことが、それに繋がるんですか?」


 藤田の質問で、会議室が重々しい沈黙に包まれた。

 中条は質問に対して、今はこう答えるしかなかった。


「多分な」


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