木の怒り
『現実時間』一月二日。
「あああ!!」
薄暗い部屋で、神取篤は目が覚めた。
物が多すぎる上に整理できておらず、ゴミ屋敷は言い過ぎとしても清潔な空間とも言えない。
典型的な独身男の部屋である。
狭い部屋の真ん中に、一年中ひいてある布団からは汗とカビの匂いがし、布団の両側に乱立する本棚の存在が、部屋をより狭めていた。
額の汗を拭う。
全くひどい夢だった。こんなに『具体的』な夢を見るのは久しぶりな気がする。
普段見る夢とは、景色や、そこにあった物体、一緒にいた人間の『印象』しか残らないのだが、今回のは違った。
あれは……中国圏のどこか、それも田舎の景色だ。
そう言った場所には仕事で一度行ったことがある。
別にいい思い出も悪い思い出もないが、どうしてそこが夢に出てきたんだろう?
薄暗い鏡を覗いて、自分の顔をなぞる。
無精髭を生やした男が鏡越しにこちらをみている。
その顔を見て、安堵のため息を漏らしてしまった。
本当にひどい夢だった。突然息ができなくなって、のたうち回って首の辺りを引っ掻き、それが顔の下の部分、顔中の順番で引っ掻いていき、
顔の皮が剥がれるほど引っ掻いた。
夢の中なのにもかかわらず痛みを感じた。
何をしても息ができない。地球上から突然、酸素がなくなってしまったかのようだ。
なすすべもなく、木の下で蹲って死んだ。
あの木は……そこはだけは夢然としていて存在しない木だ。少なくとも中国に生えているものじゃない。
狭い窓からは、青白い光が差し込んでいる。朝になりかけているのだ。
これは、木の怒りだ。森林生態学の権威でもある神取は、自身が最近見るこの夢をそう位置付けた。
木は生物。木は、地球という船の安寧をもたらす装置の一部。
神聖なものだ。それを、人間の勝手な都合で伐採し、腐らせ、道路建設の邪魔という理由で切り倒す。
怒らない方が、おかしいのだ。
神取は、木が、自分に助けを求めているような気がして、窓の外を見た。朝四時。
街はもう、動き始めていた。
* * * * *
白い会議室。
黒スーツの面々の、作戦会議が既に始まっている。
今回は神取篤という大学教授を、五月に行われるコーカサス地方で行われる森林整体調査プログラムに参加させることが、Cチームに下された任務なのだという。
相変わらず、そのことが世界大戦の終結に結びつく理由は、チームの全員がわからなかった。が、
考えることはやめた。とにかく、最善を尽くすのだ。
中条が、神取の資料を見ている。
「……森林生態学の権威?」
「はい。地球環境の再生と、森林との共存を目的とする人物のようですね神取は」
「わからねえな。そういう人物だとしたら、俺らが何かしなくたって勝手に、コーカサスにでも、どこにでもいくと思うけどな」
「それが、神取は現状、このプロジェクトのメンバーに選ばれてないのです」
「それはどうして?」
「第一に、神取は外国語にあまり堪能ではないのと、あとはー……人間的な問題でしょうね」
「なんだその人間的な問題って」
「神取は、酒に弱く一滴でも入ると……少しよろしくない状態になるのだそうです」
「ふうん……大学のセンセーにも色々あるんだな」
「それと問題点はまだあります」
三田村は、端末から視線を逸らして、メンバー全員をみた。
「この間、藤田の体がジャックされた件についてです」
会議室に、重たい沈黙が流れた。
「……誰の仕業か、まだわからねえのか」
「ええ。そして、身元が割れない以上、そいつはまた、我々に対して妨害を仕掛けてくる可能性があります」
「その人たちも、『タナトス計画』を理解しているっていうこと?」
山田が腕を組んで三田村に質問をした。
「可能性はあります。しかし、我々にしたってタナトス計画の全貌なんかわからないわけですから。
まだ判断しかねますが『邪魔者』の目的が、我々の任務の妨害であるなら……
タナトス計画とは関係がない部分で動いている組織が存在するということではないでしょうか?」
「組織かどうかは知らんけどね。単独かもしれないし、もしかしたら百人単位の大組織の可能性だってある。
まあ、何にしたって俺たちは、俺たちのできることをするだけだ。じゃあ、神取をコーカサスに送り込む奇跡を考えようじゃないか」




