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モノクロ3

 気がつけば、蒸し暑い部屋にいた。

 部屋全体が湿っている感じがする。

 今は食事中で、目の前のスープ皿からは豆の匂いがする。

 しかし外は、もう陽が落ちかけており、今が遅い昼食なのか早めの夕食なのかはわからなかった。

 窓から、鮮やかな赤い夕日が差し込み、電動スクーターの音が隣接する道路から聞こえてくる。


 部屋の外で、水道の音と、カチャカチャと陶器が触れ合う音が聞こえる。おそらく、誰かが外で食器を洗っているのだろう。

 テーブルクロスがところどころ、油と埃で汚れていて、部屋中埃まみれである。


 なんとなくこの空間に違和感を感じる。


 今さっき、何かを『ジャック』してここに来たような気もするし、

数十年以上ここに座っていた気もするし、不思議な感覚である。


 ……今から何をするんだろう? スープを飲み終えたら自分は何をしたらいいんだろう?

 これが何かの任務だとしたら、何をすれば……何をすれば?

 何をすれば……世界を救えるんだったっけ? 上田美代子を幸せにできるんだっけ?

 小さい疑問は、段々と大きい焦りに成長し、呼吸が浅くなっていった。

 とにかく、何かをしなくては。どうする? どこかもわからないここで、どうしたらいい?

 スプーンで、皿を鳴らす。

 

 冷や汗が、額から流れると、「逃げろ」と、窓の外から聞こえてきた。

 人間の声ではない。正確に、『言われた』のではなくて『伝えられて』いるように感じる。窓の外をみると、道路を挟んだ向こう側に、緑の生い茂る見たことない木が一本立っており、その木から言葉が伝わってくる。


「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」


 逃げる、どこに逃げればいいんだろう? 何から逃げればいいんだろう?

 だいいちここがどこだかもわからないと言うのに。

 だめだ、頭が混乱する。心拍が肋骨を圧迫しているのがわかる。

 不吉で不愉快な状況。それまでカンカンカンとリズム良く打ち続けていたスプーンが、

カカカカカカカカと手の震えに変わっていく。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ……


 ……そして気がつくと、頭をスープ皿に預けていた。

 目の半分がスープに埋まっている。

 もう半分で、窓の外の木が見える。


 息ができない。酸素をくれ。酸素を……



 * * * * *

 

「ああ!!」


 藤田が目を覚ますと、もう見慣れた白い部屋にいた。白いテーブル。白い椅子。窓枠も白。

 またこの夢だ……

 呼吸困難になる夢。お陰で水が怖くなってしまった。まともに風呂になんか入れないんじゃないだろうか……

 ……


 ……まあ、黒スーツになってから、風呂になんて入ってないのだが。


 この夢を見た後はいつも落ち着かない。

 あそこは、妙に現実感のあるあそこは一体どこなんだ?

 日本ではないことは間違いない。もちろん、夢の中の事なのだからそれは存在する街であるとは限らない。

 ……が、存在しないと言い切れない現実味があるのだ。

 太陽の暖かさ、土の匂い、夢の中ではいつもそこで窒息する。

 そして……あの木。


 ここのところ藤田は、夢のせいで植物に興味を持ってしまった。

 あの、いつも自分が死んでいくのを見下ろしているあの木は、あれは一体なんなんだろう?

 それで、暇さえあれば植物図鑑を眺めるのだが、似たものはいくつかあれども、『これだ』と確信を持って言えるものをまだ見つけられていないのだ。



 暇……と言う言葉で連想したのか、新しい任務が来ていることを思い出した。

 ……心のどこかで、また上田美代子が対象になる任務だったらいいのに……と思っていたがそう言うわけでもなく、

知らない男性が対象だった。


 ここのところ頻繁に、脳裏に浮かぶのは真っ白いパパーハを被った上田美代子だ。

 自分が苦労して渡したというのもあるのだろうが、とても似合っていた。

 白い、フサフサしたパパーハから、笑顔の上田の黒髪が風で靡く。

 その細くてサラサラした髪に触れたら、どんな感触なんだろう……


 などと妄想したところで、自分の頬を自分で殴った。

 危ない。

 これは危険な感情だ。何が危険なのか、よくわからないが、とにかくこれ以上上田美代子の事を考えてはいけない。そう思った。


 藤田は、白いテーブルの上に置いてある資料に目を通し、『神取篤』という写真の男と見つめあった。

 

 


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