十二月二十四日 「う2号」作戦 3
プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。
・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。
・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。
・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。
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『現実時間』十二月二十三日、深夜。
笹井教授の寝室。教授が寝息を立てている。
ここのところ風邪気味で喉が痛いが、明日は研究員とのミーティングがあり、大事をとってぐっすりと寝ている。
寝室の扉がゆっくりと開く。廊下の明かりも消えているので、侵入者もその影も映らない。
入ってきたのは、教授の妻である。
存在がまるで、暗闇と同化しており気配というものが微塵にも感じられない。
もちろん……教授の妻は、ごく一般的な主婦だ。
暗闇の中、気配もなく夫の笹井教授に近づき、寝息を立てる彼の側に立ち……
綿棒を取り出した。先に何かついてあるのか、微かに薬品の匂いがする。
その綿棒で、慎重に笹井教授の鼻腔を擦る。
「ん……んんん……」
教授が鼻の違和感に寝返りを打つ前に綿棒を引っこ抜く。
これで明日、教授は無事発熱するはずだ。
心の中で、「ごめんね」と呟くがもちろんこれは、妻の心ではない。
おとも立てずに、侵入者は部屋を後にした。
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二十四日、決行日当日。
黒スーツたちの仕事は、まずは上田の周りにあるものを、『演出』するところから始まる。
彼女が覗くスマホのニュースに、町中のチラシポスターに、
とにかく今日がクリスマス であることを強く意識させるのだ。
それも、恋人や、家族と過ごす行事であることを暗に思わせるような演出達を、とにかくそこら中に施し、
上田が今、独り身で予定がないことをひたすら自覚させた。
『現実時間』十二月二十四日、十一時。金沢駅近郊のコンビニエンスストアー。
店員に『扮して』いるのは、中条と三田村である。
あと三十分したら、ターゲットの上田がやってきて資料をコピーするらしいので、それの妨害をすることが彼の任務だ。
中条は、コピー機を開ける。
『任務』の性質上、地上の人間の体を『借りる』ことが何回もあるのだが、そのほとんどがコンビニ店員だったり、運送会社の人間だったりする。
おかげでコンビニの仕事も慣れてしまった。
三田村にレジを任せて、中条はコピー機の中の用紙が詰まりやすいように何枚か折り目をつけていると、
運送業者の男性が入ってきた。
無言でレジにいる三田村まで近づいて、目の前で「マルヨンです」と言って、茶封筒を渡す。
三田村は頷くと、運送業者の人間は去っていった。
マルヨンは、鮎川のコールサインだ。茶封筒の中には、『う、二号作戦』の心臓部となる『矢井田総士、民族展』のチラシが入っている。
三田村は、それをレジの目立つところに置いた。
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中条と三田村がいるコンビニが、視認できる距離に、小さなアトリエがある。
黒スーツたちの雇い主が丸一日おさえたスペースだ。
スペース内には、レギンス人の持つ短剣や、色とりどりのチョハが並んでいる。
もちろん、黒服たちが『現地調達』してきたものだが、これは一人のアーティストがこさえたという名目になっている。
そのアーティストが……彼女、いや、彼だ。
先ほど『借りていた』運送業者の体はとうに返し、今は落ち着いた風貌で無精髭を生やした民族アーティスト、矢井田総士だ。
もちろん、経歴等は皆フィクションであり、今日ここにやってくる『上田美代子』と、『白いパパーハ』というコーカサス地方の帽子とを運命的な出会いをさせるための人物である。
……それだけのための人物なのである。
そして、店内をあちこち、右往左往してi
るのが、彼のアシスタントという名目の男性だ。彼も、何者でもない。
ただ、上田とパパーハを引き合わせるためのお手伝い係、藤田だ。
店内の装飾は、鮎川扮する矢井田によって細かくプロデュースされた。
アトリエ中に、鮮やかなカラバフ絨毯が床に壁に敷かれており、葡萄やザクロが描かれた石造彫刻など、演出が細部に行き渡っている。
ここで、上田がパパーハを気に入ったら、任務成功だ。
そのために彼女の体調を万全に保っていた藤田の努力が報われるというものである。
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中条と三田村の無線機が同時に鳴る。
『こちらマルサン。キーマンAが発熱。風邪と思しき症状を発症。対象に連絡をとっている様子あり』
「……キーマンA発症了解。尚、間も無く大将が現着」
十一時半、金沢駅近くのコンビニに、上田がやってきて、水とパンを購入。レジに並んでいるチラシの山には一瞬目が行ったものの、手には取らなかった。
やはり、もう一押必要だ。
上田が今日使う資料をコピーするために機械に近づいた。
思わず、中条と三田村の視線がそっちに言ってしまう。
上田の動きが、機械の前で止まった。
「すみませんコピー機……」
上田が言う。どうやら無事、紙詰まりを起こしたようだ。
中条が対応する。
コピー機を開けると、盛大に詰まっていた。これは……正常に戻すのが面倒そうだ。
手持ち無沙汰になった上田が、ようやく三田村の前に並んでいるチラシに興味を持ってくれた。
手にとって、じっと、読んでいる。
やがて雨が降り始めて、ようやくコピー機が復旧した。
「お待たせしました」
中条が声をかける。そして、上田がチラシの内容に興味を持っていることを確信すると……
「それ、今日開催してますよ」
と、満面の笑みで言った。
「……どこでやってるんですか?」
上田は個展に食らいついた。ここまでの演出達が『効いて』いる。
中条は心の中でガッツポーズをしながら、答えた。
「すぐそこです」
* * * * *
「マルヒトから、マルヨン、並びにマルゴ。対象の誘導を完了。すぐそっちに行くぞ」
「至急至急! マルゴから全体!」
「至急至急、マルゴどうぞ」
「パパーハが……消えました!」
「? 何が消えたって?」
「対象に渡すパパーハが……所定の位置から無くなってます!!」




