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十二月二十一日。「う2号」作戦 2


 プロジェクト・タナトスの進捗状況並びに、Cチームの活動実績。

 

 ・ 和知輝樹を、与那国島へと向かわせました。


 ・ 上田美代子に、『昆虫大全』を持たせました。


 ・ アルフレッド・マーカスに、『奥多摩』を植え付けました。


 * * * * *




『現実時間』十二月二十一日。



 健康でいてほしい人ほど、それを切に願えば願うほど、不健康になっていく不思議がある。

 ここのところ黒スーツの藤田が戦っているものは、そういった不思議に対するものだった。


『任務』の対象である、上田美代子の微熱が下がらない。

 今朝は三十七度をついに計測してしまった。

 恨めしいのは、本当は症状が出ていそうなものなのに自分では全く気にしていないように見えるところである。

 どうして人間というのは、自分の体を壊さないと解らないんだろう。もっと自分を大事にしろよ。


 藤田は念じていた……が……それが、コンビニ店長時代の自分に返ってきてしまい、かえって自分の胸を苦しめる結果になってしまった。


 三田村さんに、上田の体温の事と、ビタミン剤を混入した水を飲んでもらえなかった事を報告しないといけない。

 とんでもない労力を使った。

 美代子の朝食時の事である。


 三田村さんからの指令で、「睡眠不足とストレスによる対象の免疫力の低下が疑われる。美代子が朝食と一緒に飲む水に、ビタミン剤を混入せよとのことで……

 どうしたらいいのか解らないから、作戦を立てることからだった。


 まずは近所の猫の体を『借りて』……ベランダの花瓶をひっくり返した直後に、母親の体を『借りて』……

 慣れない女性の体と、女言葉を使って「ちょっと見てきてよ」と言ったら……


「嫌だ。お母さんが行ってきてよ」と美代子が言うので口論になった。


 ついついヒートアップして、

「お前のためだろ!!」と母親の体で言ってしまいそうになったが、そんな事をしたら怒られるような事態では済まされない。

 結局口論で負けてしまって、この手は使えなくなってしまった。

 

 そして、慣れない体をなんとか動かして、ベランダを片付けているうちに美代子は、何も入ってない真水を飲んでしまった。

 

 一旦諦めて、次の手段を考えていたら、奇跡的に美代子がお湯を沸かした。多分、たまに飲むお白湯だ。

 なんとかして、美代子を部屋から一度出さないといけないので、意識を集中すると、テーブルの上に美代子のスマホがないことに気が付き、

三田村さんに頼んで部屋にある美代子のスマホを鳴らしてもらって、なんとかビタミン剤を混入する隙ができたのだ。


 ……が、美代子は結局おさ湯に手をつけずに出勤してしまった。

「ちょっと、ご飯食べ終わってないじゃない!」と、言おうと思っても言葉が出てこなかった。


 結局、家から出る美代子に、なんとかかけられた言葉が「遅くならないで帰ってくるのよ」の一言だった……。



 * * * * *



「もっと真面目にやれ!」


 三田村からのお叱言が聞こえてきた……


「なぜ美代子を引き止めない!? 彼女をあのまま、ウイルスが蔓延している街中に放り出したらどうなると思う?

 決行日当日、美代子が何かに感染したらプロジェクトが遅延するぞ!?」


「すいません……」



 真面目にやれ、というが、言う相手を間違えてるよと藤田は思った。

 それは美代子に言ってくれ……。『もっと真面目に生きろ』『マスクしないで満員電車に乗るな、簡単に睡眠時間を削る判断をしてくれるな』と、あんたから伝えてくれ……。

 

「藤田の行動には無駄が多すぎる。もっとスマートにやってもらえないと、プロジェクトの遅延につながるぞ」


「はい、すいません……」


「『はい』だと? 本当にわかっているのか。プロジェクトの遅延とは、計画の失敗、つまり最悪のシナリオが待っていると言うことだぞ?」


 最悪のシナリオ。それはおそらく大戦とやらが泥沼化する事を指すのだと思うが、それを阻止するために……

 それを阻止するためにどうして、こんな小さいことを積み上げないといけないのだ。

 藤田には全く理解ができなかった。


 だいたいが、自分にはもう関係のない話だと言い切ってしまうこともできるのだ。

 

 もちろんそれを言うことはないのだが。




 * * * * *



 上田の通勤時間が特に胃に悪い瞬間だ。

 通り過ぎる人間の体温が異常に高かったり、そういう人間の隣に座ったりすると、気が気ではなくなる。


 なんとか、無事に上田が研究室に入っていくのを見届けると、ようやく藤田が休める時間だ。


 常に上田のそばにいて、常に上田の事を把握していないといけない。それも勤務時間イコール上田の活動時間だから、とても一人でできる仕事ではない。

 コンビニ店長よりブラックだ。


 大学を見下ろせる建物の屋上で、ため息をついた。すると……


「元気ないぞ」


 黒スーツの気配がして、振り向くと山田が立っていた。

 山田は別の任務についていたはずだ。確か……笹井とかいう教授の、体調を悪くするとかいうこことは真反対の任務だ。

 藤田が心配で、見に来てくれたのであろう。

 

 

 * * * * *



「え、全然うまくいってるじゃん」


 山田が明るい声で言う。

 

「そうですかね……」


「まあ三田村くんも、責任が重たいから厳しい事を言うけどさ。

 でも、実際に上田さん、最近ものすごく調子がいいじゃない」


「どこがですか。今朝なんて微熱出したんですよ」


「そりゃあ、あっちは生きてるんだもん。微熱ぐらい出すよ」


「睡眠だって昼食だって、全然とらねえし……」


「あのね、藤田くんが思ってるほど、人間って強くないんだと思う」


「え?」


「気合いとか根性とか、みんな言うけどさ、それができるのって、体が健康だからできるんだと思うの。

 そうじゃない?『無理って言えない』って言うけどさ、そんなそんな時ほど人間ってうまくサボるもんじゃない?」


「……はあ。まあ、心当たりあります」


「でしょ? いないんだよ。気合いでどうにかなってる人って。

 上田さんが気合を出せるって言うのはさ、これは、藤田くんのおかげなんじゃない?」


「……」


 山田に言われて、少し考えてしまった。

 確かに、自分のミスばかり気になって、大きな事を見失ってたかもしれない。

 自分が『こうなってから』、一度も味がしなかったコーヒーの、苦味を少しだけ思い出した。



 * * * * *



 今日も上田が眠りについた。自分の今日の業務も終了だ。

 人の苦労も知らないでこの高嶺の花は、気持ちよさそうに寝ている。


 でもこの快眠も、自分が与えたものだと思えば……なんとか明日一日だけでも続けられるかもしれない、と藤田は思った。


 今日は特に寝相が悪かった。

 藤田が先ほど、除菌作業を施した寝巻が、掛け布団からはみ出してしまっている。


 自分は世界を救うような存在なんかになれない。なれないが、

今見えている景色を守ろう。それなら、できるかもしれない。



 藤田は、上田の母親の体を再び『借りて』、上田の部屋に入り……掛け布団をそっと直した。

 作戦決行日まで、あとわずかだ。


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