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アルフレッド・マーカス『現実時間』十一月七日、2

『現実時間』十三時。



 基地内は、もはや『引き寄せの法則』などという言葉では済まされない光景だった。

 というのも、勤務中、訓練中の同僚たちが皆、OKUTAMA fishingのTシャツを着ているからだ。


 そして昼休憩中、基地内のカフェでアルフレッドは、スマホでYouTubeを開いてみた。

 ……相変わらず『おすすめ動画』には、行ったこともない奥多摩の渓谷、ハイキングコース、釣り、鍾乳洞でいっぱいだった。

 

 あまりに奥多摩に縁がありすぎる気がするが、別に日常の危機というわけではない。

 こんなこともあるかなあくらいにアルフレッドは考えていた。

 アルフレッドは、おすすめに出てきた一番上の動画を試しに閲覧してみようと思った。

 

 サムネイルには、黒い帽子に黒いウェーダー、長靴、サングラスをつけた白髪まじりの中年男性が、渓流で釣りをしているところが映っていた。

 早速違和感を覚えた。

 動画のアップロードされた時期が、二日前。

 まだ冬の入り口とはいえ、こんな時期にも釣りなんてできるのだろうか?

 ……

 再生回数が、1。

 なんでこれが『おすすめ動画』にあがった!?


 アルフレッドは逆に気になってしまい、動画を再生した。

 サムネイルに映っていた男が、真っ黒の装備で渓流釣りをしている。

 

 アルフレッドは、中年男性の持っている釣竿に注目した。

 それ自体はただの黒い棒だが、黒い衣装と相まってスタイリッシュに見えた。

『魚勝』というメーカーの本流スペシャル3・P-7.5mロッドという竿であることが、テロップに書いてあった。

 ……撮影の仕方も明らかに釣竿に焦点が当たっているが、アルフレッドは釣竿には興味を持った。

 ……試しに、『魚勝本流スペシャル3・P-7.5mロッド』を検索してみた。

 値段が日本円で二十万だった。

 

 そんなに高価な物なのか! アルフレッドは当然釣竿に明るくはない。

 しかし、思わずこの竿を持って、故郷モンタナの川で釣りをしている自分の姿を想像してしまった。

 ……これが一目惚れというやつか……と、一瞬脳裏をよぎってしまったため、アルフレッドは頭を強く振って邪念を払った。


 動画を閉じて、昼食をいただく事にに専念しようとしたら、隣に仲間のライアンが座った。


「よう」


「おう」


 ライアンがカフェで昼食とは珍しい。

 タフで良い奴だが、吃音症の傾向がある。

 そういった理由で周りに揶揄われることも多いが、アルフレッドはいい友人だと思っている。


 声が大きくて下品で、下ネタが多すぎるが、表情が豊かでどんな時も明るさを忘れない奴だ。

 こいつと一緒にいると、落ち着くわけではないが、軍という組織にいて国を護る立場であるという事実を和らげてくれそうだった。

 わかりやすい表現をすれば、とにかくおバカなムードメーカーだ。一言目には絶対下ネタが入る。

 多分そういう病気なのだ。あるいは、下ネタさえ伝われば世界中で分かり合えるという彼なりの哲学でもあるのだと思う。

 今日はどんな下ネタで挨拶されるのか……。



「マーク、十四日は休みだったよな? 何か予定はあるか?」


「……? おう? 突然だな?」


「何か予定は?」


「ニックが紹介してくれるジムに行ってみようと思ってたけど……一緒に行くか?」


「いや、それよりマーク、釣りをしに『OKUTAMA』に行かないか?」


 OKUTAMA!? 

 それと、今日はなんだか、普通に喋れてるな。あと、いつものどぎつい下ネタはどうした。

 ……本当にライアンか……? 


「……みんなが、OKUTAMA fishingのTシャツを着てるからか……?」


「? いや、それは単なる一過性の偶然だ」


 一過性の偶然、という言葉がまず、あまり聞き馴染みがなかった。まして、ライアンからは。

 普段のライアンなら……「六十過ぎたうちのお袋が、セールスマンとヤっちまうぐらいのミラクルだぜHAHA!」とか、もしくはそれ以上下世話なことを言うはずだ。

 

「奥多摩での渓流釣りの経験は、肉体的または精神的にも必ず、君にとって最良の経験となることを確証するものである」


 ……本当にライアンか!? これは新たなジョークか!? しかし目の前のライアンの顔は真剣そのものだ。

 

「……考えておくよ」


「そうしてくれ。今日中に返事をくれたら助かる」


 全く今日はおかしなことばかり起きる。


 * * * * *


 

 今度は、昼食を食べ終わる前に上官に呼び出された。

 二口も食べていなかったのに、慌てて上官室に行く羽目となった。

 

「マーカス二等兵、入ります!」


「……うん。食事中すまないね」


「いいえ!」


「マーカス、……お腹は空いているか?」


「はい!」


「うん。私もなんだ。今ちょうどー……基地の外に屋台がきているのを見たんだ。

 ラーメン屋の屋台という奴だな」


「…… ……はい!!」


「マーカス、ちょっと今から一緒に行かないか?」


「……上官殿と一緒にでありますか……?」


「うん……何か問題が?」


「いいえ!!」


 そうして、上官と二人で基地の外に屋台を出しているラーメン屋に、昼食の続きを取りに行った。

 ラーメンは好きだが、訓練中に食べる物ではない。が、これも上官からの命令ならば仕方がない。

 ……ここで勧められたのもまたしても奥多摩だ。

 店員の若い男が、『奥多摩の水を使ってるから、スープが他と違うよ』みたいなことを言っていた。

 訓練中に屋台のラーメンを食っているという背徳感も相まって、なかなか美味かったと思う。


 ……強烈におかしなことは、この後起きた。訓練終わりに、またしても上官に呼び出されたのだ。



 * * * * *


「マーカス二等兵、入ります!!」


「……うん。訓練終わりにすまないね」


「いえ!」


 上官は、扉を閉めて、なぜか周りを見回し、誰も聞いてない事を一通り確認すると、ゆっくり話しはじめた。


「二等兵。ご苦労だった。実は、一人で屋台のラーメンに行く勇気がなかったのだ。

 美味かったな。オクタマの水で作ったラーメンは……」


「……はい」


 なんだか、上官が自分に対して言う言葉を理解できない。

 今日は全体的に周りがおかしい。……自分がおかしいのだろうか?



「それで二等兵。これが報酬になる」


「報酬?」


「まあ、私からの気持ちだと思ってくれ」


 と、上官が渡してきたのは……

 

「え!」


 なんの因果か偶然か、いやあり得ない冗談か。

 目の前に、『魚勝』本流スペシャル3・P-7.5mロッドがある。



 上官と個人的に食事をするのも、ましてそれで『報酬』がもらえるのも、現実のことと思えなかった。

 そして……

 さっき一目惚れした、二十万する釣り竿が、自分の方にやってきた。

 使用する目途も……あるにはある。


 しかし、もう今日は疲れた。まだ一日の半分しか終わってないが、もう色々な意味でお腹がいっぱいだ。



 * * * * *

 


 本当に今日一日が疲れた。

 現実を生きてる気がまるでしなかった。

 

 アルフレッドは気分を変えようとして、好きな歌手である『アイザック・リッパー』のライブ配信をユーチューブで見る事にした。

 いつも、この時間帯はすでに、母国アメリカからライブ配信が始まっているのだ。

 毎晩聴いている彼の歌声で、現実の夜に帰ろうとした。




『OKじゃあ、次の曲だ。一日歩き回って、道に迷ってる、そんな全ての友人にこの曲を送るよ』


 アイザックの声がする。

 ああ……ようやく、ようやく現実に帰ることができた。



『…… ……


 オックターマー ♪

 オックターマー ♪

 ウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウ……


 オックターマー ♪

 オックターマー ♪

 ウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウ……』



What the Hell!!?

なんだってんだ!? オクタマって聞こえるぞ!!?

 アイザックにまでオクタマが取り憑いているのか!?

 それも……アメリカから!?


 気が狂うかと思った。しかし、いい曲はいい曲だ。

 なんというか、声にあってる。



 * * * * *



 アルフレッドは、これは流石に運命だと思い、

ライアンに渓谷釣りに同行する旨を伝えたが、ライアンはいつもの下世話な下ネタと共に、

「OKUTAMAの渓流なんて知らん。どうした? ホームシックで六十過ぎのママとヤりたくなったか?」とか言う始末だ。

 

 やはり、カフェにいたアイツは……ライアンに似た誰かだったのだろうか?


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