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アルフレッド・マーカス『現実時間』十一月七日

『現実時間』十一月七日。朝六時三十分。東京都福生市、横田基地外周。


 ニホンで経験する初めての冬だ。

 朝六時でも薄暗いが、ぴりっと張り詰めた空気は故郷のモンタナと、どこか似ている。

 

 空軍兵アルフレッド・マーカスの朝の日課は、訓練前の基地の外周をランニングすることである。

 数人、コースが重なっている人間がいるのは知っていたがこの日は様子がおかしかった。


 皆、おかしなデザインのTシャツを着ている。


 ……OKUTAMA fishing。

 

 OKUTAMAとは、おそらく地名だ。確か近所だったはずだ。

 とにかく、目の前を走っている二人組の背中には色は違うが二つのOKUTAMA fishing。

 OKUTAMAに行ってきたのだろうか?


 追い抜いた際に挨拶を交わすと、前側のデザインでは雑なクマがバンザイしていた。片手に魚を持っている。

 変なデザインだ……。

 しかしそのTシャツのことが妙に頭に残った。


 七時。基地に戻るとすでに慌ただしかった。

 皆着替えもせず、手にはゴミ袋を持って基地から出ようとしている同僚が数名いた。


「何をしてるんだ?」


 アルフレッドが声をかけると、ゴミ袋を持った同僚がよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに……


「全く災難だぜ。多分基地内のランドリーが不調なんだな」


「どういうことだ?」


 聞くと、同僚はゴミ袋を開封した。凄まじい匂いがする。


「ウワ!? くっせえ!! やめろ近づけるな!」


「強烈だろ? 朝起きたら、部屋中の下着がこうなってたんだ。

 俺はてっきり何かの病気なんじゃねえかって疑ったぜ。

 そしたら、それがどうも俺だけじゃねえ。基地中の人間が、今日着るものもねえって噂だぜ」


「そんなにか!?」


「お前は無事だったのか? マーク」


 聞かれたアルフレッドは、思わず自分の体の匂いを嗅いだ。当然、さっきのランニングで汗の匂いがする。

 

「俺は……心配になってきた。それで、今から外のランドリーか?」


「ルームメイトのも臭えんだ! まとめて行ってくる」


「災難だったな」


 そう言って、同僚はゴミ袋を下げて基地の外に出ていった。



 アルフレッドの毎朝の日課は、日本語の勉強である。

 勤勉な性格ゆえであろう。

 YouTubeで日本語のリスニング動画が毎日投稿されており、その動画を見ることがアルフレッドの朝のルーティンなのだが、

おかしなことはYouTubeの画面を開いた瞬間に起きた。

 

 最近は、AIがユーザーの興味を解析し、興味がありそうなものを『おすすめ動画』として欄の一番上に出すのだが、

アルフレッドのYouTube画面ではこの日の全てが『奥多摩』に関するものだった。


『奥多摩渓流釣り、ヤマメ、ニジマスを一本釣り』『タフな男は、オクタマの渓谷でクマと共にマスを釣る』『奥多摩で見つけた、リアルなジャパン』

『トウキョーのスピリチャル・スポット、オクタマを知っているか?』


 ここまで奥多摩が前面に出てくることなんてあるのだろうか?

 アルフレッドは一瞬、ランニング中の光景を思い出した。それで奥多摩という場所のことを思い出した。

 ……この瞬間は特に興味がなかったので、いつもの教材動画を開いた。

 しかし追い討ちのように、おかしなことは起きるのである。


 動画再生中、画面の中の日本人が教材の中でこう、喋ったのだ。


「ヘイマーク。今度、奥多摩の渓流釣りに行かないかい?」


 WHAT!? 授業でもオクタマが出てきた。

 まあ……こんな日もあるだろう。きっと、奥多摩が流行ってるんだろう……。




 * * * * *



 先ほどゲートの前で、ゴミ袋を抱えた同僚が、『基地中の人間が、今日着る物がない』と言ったのは、さすがに大袈裟だろうとアルフレッドは思っていたが、

十時に基地内のPXが開店するとそこには長蛇の列ができていた。

 皆、Tシャツを買いに来たのだという。じゃないと今日着る物がないのだという。

  

 そんな馬鹿なことがあるのだろうか?


 そして……好都合に売店では、日本の企業からの試供品で、大量に送られてきたというTシャツが格安の値段で売られていた。

 

「ン!?」


 思わずアルフレッドはPX内で声を出した。 

 同僚たちが、ショウワのバーゲンセール中のシュフみたいに群がるTシャツ。そこには……

 アルフレッドが朝見た、OKUTAMA fishingのTシャツだった……。どこだかわからない山をバックに雑なクマがバンザイをしていて、

片手に魚を持っている。

 よく見れば……愛嬌のある顔だ。


「なあ、このTシャツは日本のどの企業が試供してくれたんだ?」


 アルフレッドは、PXの店員に聞いてみると……

 返事が返ってこなかった。


「なあ? ミスター?」


「……は!!? ハイナンデスカー!?」


 返ってきたのはカタコトの英語だ……どうしたのだろう?


「このTシャツのことなんだけど……」


「ホシイ!?」


「い……いや」


「フシギナ事って、アルヨネー!」

 

 PXの店員とは、毎日会話する仲だ。こんな話し方ではない。

 それがどういうことだ、今日はまるで人が変わったようだ……。

 ふと、雑誌コーナーには見慣れない商品が並んでいた。


 これは……どこかの観光地の、ガイドブック……?

 どこかの、ではない。

 非常に見覚えのある三文字だ。


『奥多摩に行こう』


 その隣には、奇妙なキャッチコピーが書いてあった。


『今、避暑地が暑いアツい!』


 ……避暑地とは、涼しげな場所のことだ。アツいとはHOTの事だろう。

 クールな場所がホットとは……何かの暗号だろうか?


「なんで、今日は奥多摩のものを店にたくさん並べるんだ?」


 しかし、PXの店員はニコニコしてこちらをみるだけで、アルフレッドの言葉もわかっていないように感じた。


 待ってても返事が返ってこないことがわかり、再び雑誌に視線を戻す。

 中でも一番上に積み上がっているものに違和感を感じる。


 アルフレッドは再び店員に……


「なあ、これだけ『雑誌の耳』が折れてる。誰かが商品にいたずらしてるぞ?」


 とアルフレッドが言っても店員はニコニコするだけで、それ以上の反応が返ってこなかった。

 結局何も買わず、アルフレッドは店を出て行った。


 不思議なことは、起きるものだ。

 例えば、十年以上連絡を取ってなかった知り合いのことを、何かの拍子にふと思い出したら、

突然街中で再会したりする。

 こういうのをジャパンでは、『引き寄せの法則』などと呼ぶことがあるそうだ。

 ……今日の自分はどうだ。こんなにも奥多摩を引き寄せるなんてことがあるのだろうか?



 しかし、奥多摩まみれのアルフレッドの一日は、まだ始まったばかりなのであった……。


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