表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/66

蝶も会議も迷子

「さ、じゃあはじめるぞ。

 ……どうやれば、このアメリカ軍戦士に、東京の最果てなんて場所に興味を持たせられる?」


 会議室の真っ白く、長時間眺めていては目に悪そうな机の上には、『東京観光スポット』『西に行こう! 秩父・奥多摩・高尾』

と言った観光雑誌が並べられている。

 中条もなんとなくそれらを手に取って読んでみる。


 そういえば行ったなあ……奥多摩。確か夏。釣りをしに……。

 

 確かに、東京都と考えればインパクトのある景色だ。

 幅広の川は、水質が良すぎるのか自然のエメラルド色。

 野生動物の宝庫というのも、その通りなんだろう。

 空気が美味しそうだ……。


 しかし、海外の方が興味を持ちそうな歴史的建造物はない。

 グルメも温泉も、ないわけでは決してないが、「これ!」というものはない。

 

 総じて、都会の喧騒に疲れたものが日帰りで行ける山林。と言った印象だ。

 登山、鍾乳洞以外のアクティビティも見当たらなかった。


「なんで奥多摩なんだ」


 一服を終えて、多少気力が回復した中条だが、仕事には乗り気ではない。

 三田村は、端末をじっ……と見ながら、


「お答えしかねます」


 と、冷たい態度をとった。やに臭い人間が嫌いなのだ。

 やれやれ。と中条は雑誌に視線を移す。

 それにしても、雑誌のライターとはすごい職業だな。

 何もない観光地に、さも、何かありそうな書き方をする。

 ある意味、ゼロからイチを生産する商売だ。

 なんて言うと奥多摩に対して失礼すぎるかな……


 思わず中条は、雑誌の表紙を見た。

 緑色の森林。翠色の川。目に良い景色だ。

 ……そして、表紙に書いてある『キャッチコピー』に目が行った。


 ……その文言は、平凡といえば平凡だが、なかなか、おかしな日本語だと思った。

 海外の人々は、こういうおかしな日本語に食らいつくのではないだろうか?

 『この雑誌』が使えるかもな。と中条は、目印に雑誌の端を折った。 

 

「やっぱり食べ物ですかね」


 手詰まりな沈黙を破ったのは、五人の中で最も若手の藤田だった。


「蕎麦とワサビと地酒に、アメリカ人は興味持ってくれるかね」


「でもみんな好きじゃないですか? 海外の変わった食べ物」


 藤田が口を開くと、四人は押し黙る。


「日本人からもあまり好かれてない食材で、うまく釣れるかしら?」


 山田が首をひねると、三田村は端末のキーボードを入力している。


「……海外の方が日本で、練ったワサビを、抹茶ソフトと間違えて、ジャンボスプーン一杯にすくって口に入れて救急搬送されたと言う事件がありますね……」


「本当ですか!? 匂いでわかるだろ普通!」


「ナシだ。ナシ。

 まず、アルフレッドの勤務地を考えろ。横田基地だぞ?

 同じ東京都で、もっと言うと同じ西の方だ。

 近所っちゃ近所なんだよこれが。そんな人間が、わざわざワサビを求めて奥多摩なんかにくるか?」


「……まあ、そうですよね」


「あと、大前提を見失ってるよな。

 アルフレッドに、奥多摩をどのレベルまで植え付けらればいいんだ?

 ただ単に、単語を覚えさせればいいのか? 

 それとも、奥多摩に来させないといけないのか? どうなんだ三田村」


「それは……確かにその通りでした。今確認してみます」


「それとー……」


 五人のうち、上から2番目の年長者の山本が割って入ってきた。


「アルフレッドさんは、普段何に関心を持ってる人なのかしら?

 普段、何をしてる人なの? 訓練だけ? 」


「あーそれもそうだな。奥多摩のアピールポイントばかりぶつけるんじゃなくて、

 アルフレッドの趣味に寄り添うことが必要かもしれん。たとえば……」


「たとえば、登山とか、釣りとかはどうかしら?」


「……釣りか! 確かにその趣味があれば奥多摩に興味を持つ必然性が出てくるな!

 ナイスアイデアだ姉さん。おい三田村、奥多摩の情報だけじゃなくて、アルフレッドの情報をよこせよ」


「あーすいません……えっと、今、上から返信がありまして……

 ……

 ……

 ああ……」


「なんだよ」


「……将来的に、アルフレッドが奥多摩に、別荘を持つことが目標のようです……」


 あたりが、重々しい空気に包まれる。


「おい……俺はよく知らんが……アルフレッドはいつまで日本にいるんだ?」


「軍の任期はだいたい、二から三年ですね……」


「二、三年で別荘までか……なるほど。そりゃあ、時間がねえわけだ……」


「それと、アルフレッドの個人情報も調べてみましたが、彼に釣りの趣味はないそうです」


 会議室の白いテーブルが、天井のライトを反射するのみで、その白い空間の圧迫感が沈黙を重くさせる。


「……日本に、仕事をしに来ている外国人。元々日本に興味がないやつ。

 使命感に燃える軍人……が、どうやって、近所の山に興味を持つか……?」


「ええ。そして、彼が日本にいる間にこのチャンスを逃したら……のちに訪れる世界大戦を止める術がなくなる……らしいです」 

 

 三田村が端末を見つめながら言う言葉には、疲れが見え始めていた。

 中条は、大きく息を吐き出した。


「まあ、つまりは、だ。一朝一夕ではできないって意味だろう。

 少し時間がかかるがやりがいのある仕事と思えばいい。

 やってやろう。アルフレッドを奥多摩に住まわせればいいんだ。

 ……そのことに何の意味があるのかわからんが、俺たちはやれることをやるだけだ。

 ……その代わり……」


 中条は、自分のポケットを弄るジェスチャーを取った。


「一足お先に、おいしい空気を吸わせてくれねえか?」


 精一杯格好つけたつもりだが、周りは禁煙家しかいないので視線が冷たかった。

 中条はその視線から、全員分の非難めいたメッセージを汲み取り、頭を掻いた。


「冗談だよ。……まず、三田村。基地内部の情報と、アルフレッドのいる宿舎の図面をくれ。

 それからー……鮎川」


 この会議で、一言も発しなかった鮎川が、視線だけで応答した。

 

「……英語、喋れるか?」


「……はい。ブロードウェイのミュージカル・ワークショップを、現地で受けてました」


「よし。じゃあ、まずは、アルフレッドを基地から『出す』ところからだな……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ