桃花
うららかに花が咲くころ、ある村おさの娘が病んだ
医者によると、桃の実がよいというが
その村に桃の木はなかった
村おさの使用人は、山むこうのあたりに
桃の木があると聞いたことがあった
そこである朝、村おさの許しをえて男は旅立った
山河をいくつも越え、探しつづけた男は
異臭のする竹林の中で、ようやく桃の木を見つけた
かごに桃をつめると、休む間もなく引き返した
うす暗い竹林をかき分けるうち、一羽の鳥が鳴いた
気になって近づくと、赤い服の稚児が倒れていた
息はあるが反応がない
男はその場を立ち去ろうとしたが
稚児に娘の面影が重なり、抱きかかえ歩きだした
だんだんうすれる意識の中、足を滑らせて男は地に伏した
あたりが暗くなったころ、男は立ち上がり
月明かりを頼りに抜け出したが、その手から桃が転がり落ちた
夏の終わりに、村おさの娘はこの世を去った
いつからか墓のまわりには、桃に似た花が咲くようになった
暑さに負けないその花を好み、村おさは娘にそえた
花の命は短くとも、その思い出は咲きつづける