5話
ザキは花と頭を傾けている間に20人程の隊員たちに囲まれてしまった。
隊員は剣や槌などの様々な武器を持っており、すべてザキに向けられていた。
(…まずは、花さんをなんとかしないと。)
一番平和的な解決法は、花を隊員に渡すことだ。だが、ザキからは動くことはできなかった。状況が彼を好きにさせてくれなかった。
動くと、今にも攻撃されてしまいそうな空気が張り詰めた雰囲気だったからだ。隊員たちの様子も、ザキが声をかけても聞いてくれることはなさそうだった。
ザキに今できることを考え、まず花の安全を優先した。
「花さん。危ないから僕の後ろに隠れて。」
「ああ。」
ザキは花を武器から遠ざけた。
「救助対象が自ら後ろに!?これでは神器が使えません!隊長、あれは魔獣なのでしょうか。報告された写真では、確かに女性は襲われていましたが…」
「落ち着け。深く考えるな。私たちは、あの女性を助けることを考えればいい。」
「ですがッ!」
「気になるのはわかる。だが、もう一度言う。救出対象を優先しろ。今も無事なのが奇跡だ。…逆に、意図的に生かされているのだとしたら、やはりあれには知性があるということだ。今までの魔獣と違う。慎重にいくぞ。」
花を後ろに遠ざけたことで隊員たちは迂闊に近づくことも攻撃することもできなくなった。
隊員たちが何かこそこそと話し合っている。ザキは耳をすませると、“魔獣”や“人質”といった物騒な単語を聞き取った。
(人質だかなんだか言っていたな。しかも僕を見て魔獣だと…すごい誤解をされているんじゃないか!?)
ザキは単語から、今の状況がとんでもなく悪い状況であることに気づく。そして、この張り詰めた緊張状態が更に状況を悪化させた!
「隊長、攻撃させてください!救出対象が危ない!!」
「やめろ!対象も巻き込まれるぞ。」
「やって見せます!」
「は!?なにをッ!」
緊張状態に耐えられなくなった隊員は隊長の制止を待たず、洋弓銃を構え矢を発射した。
「ッ!」
ザキは焦った。まさか撃つとは思わなかったからだ。
「なんてことをッ!!!」
隊長が叫ぶがもう遅い。発射された矢は二度と元には戻らない。
(ハーッ!ハーッ!!)
矢がザキに向かって飛んでくる。ザキの呼吸は荒くなる。これでは当たってしまう。自分はどうなる。花はどうなる。何かできることはもうないのか。彼はもう目を閉じたかった。
“また、諦めるのか?物事を諦めても替えが効くが、諦めた命はかえってこないぞ?”
だが、彼の精神が、心が、諦めさせてくれなかった。
「させるかァァアァア!!!!!」
花を守るために覚悟を決めた。その時、不思議なことが起こった。
時が、時が遅くなったのだ。矢がゆっくり、向かってくる。
タキサイキア現象。
人間は感情によって、時間の進み方に変動が生じる現象とされている。ザキの極度の緊張による不安が、彼の見る景色をスローモーションにさせた。彼は追い込まれたことにより、矢が驚くほど掴み取りやすくなる状況を作り出したのだ。
(これなら、止められるッ!!)
ザキは矢を掴み取ろうとした瞬間、矢に纏わりついた得体の知れない何かに気づいた。とてつもない悪寒が彼の体を走った。“それ”を掴んではならないとザキの勘が警鐘を鳴らしたのだ。
(ならば!)
ザキは咄嗟に右手の甲で矢を弾き飛ばした。矢は無人の広場の方向に飛んでいき、地面に刺さった。それはザキたちを驚愕させる結果を残した。
【ザシッ!! ドォオオオォォォオオオオン!!!!!】
矢は地面に刺さった瞬間、爆風を伴いながら爆発したからだ。隊員は緊張のあまり、全力を出してしまったのだろう。爆風は土の破片を巻き込んでザキと隊員たちの方へ襲いかかってきた。
咄嗟にザキは花に覆い被さって、壁となった。
隊員たちは、盾をもった者が前に立ち他の隊員を守った。
「マジかよ!花さん大丈夫?」
「ありがとう。あんたが庇ってくれたから大丈夫だよ。」
ザキは思わず叫んでしまった。花は無事なようでよかったが、彼の自身の心臓にあたる部分が激しく稼働していた。掴み取る選択をしなくてよかったと思った。あのまま掴んでいたら、後ろにいた花まで、爆発に巻き込まれていたからだ。
そして、広場に人がいなかったことにほっとした。あれは確実に人が死ぬ威力だった。矢の着弾点は大地に亀裂を刻み、溶かしていた。爆発以外にも何かが起こったのだろう。あれが、ザキが悪寒を感じさせた得体の知れないなにかの仕業だ。
「まだ撃つ気だぞ!?」
「取り押さえろ!」
「これだから新人は!」
緊張に耐えられなかった隊員はすぐさま仲間の隊員たちに取り押さえられた。
だが、状況は変わらない。もういつ誰が耐えられなくなって、攻撃してくるのかわからないからだ。
(攻撃をやめさせて、早く誤解を解かないと!)
ザキは隊員たちに話しかけた。
「おい、いきなり撃ってくるのは乱暴過ぎるんじゃないか!?ここには人がいるんだ。当たって怪我をしてしまうといけない。今すぐ、攻撃をやめてくれ!」
だが、ザキは言葉を選ぼうとしたが、慌てていたのに加え、何もしていないのに人数と力で押さえ込もうとするどころか、攻撃までするこの集団に対して怒りを覚え、口調を荒げてしまった。
「喋った…。」
「さっきは人を庇ったように見えた。通報では魔獣がでたんじゃ…?」
「魔獣が話せるのか…?」
「話せる知能がある。庇ったのも作戦かもしれない。」
「危険な奴かも。」
ざわざわと隊員たちが顔を合わせて話し合っている。やはり、魔獣と間違われているらしい。
ザキが話せるのも珍しいようだった。
「人質のつもりか!?」
「んなわけないでしょ!今の状況は僕の後ろにいる花さんが一番危ないんだ!武器を向けたり、戦うのはやめてほしいんだ!」
(どうしたらいい。敵対するのは絶対良くない。逃げたいが、迂闊な行動で花さんを危険に晒す訳にはいかない!)
ザキは、疑う隊員に説得する。だが、効果は薄い。
「隊長、どうしますか?」
「攻撃はするな。民間人に当たる。だが、対象が何をするかわからない。神器は下ろすな。」
「だけど、いつまでたっても状況が変わりませんよ!」
隊長と呼ばれる人間は部下を止めるが、先ほどの攻撃もあって部下は抑えられない者もいた。武器をこちらに向け、今にも攻撃してきそうな様子だった。隊長が手に持っている武器も部下の言葉に呼応したのか、赤い光を激しく点滅させている。
「グぅッ!」
(クソッ!隊長が持っているのは神器か。外見からでもすごい力を感じる。隊員たちも神器をもっている。あの洋弓銃も。よくわからないが、神器と同じ匂いの武器もある。早くどうにかしないと戦闘が起こったら、僕たちもここら一帯も無事じゃ済まないぞ。)
ザキは余計なことができず、動くことができなかった。
「待ちな。この子は悪い奴じゃない。」
「花さん!」
花が前に出て、隊員たちを説得しようとした。ザキは危険だと思い、花を止めようとするが。
「ザキ、あたしは大丈夫だよ。あんたは良い子だ。それをこの人たちに伝えないとね。」
「どういうことですか?獣を擁護するなんてありえない。重罪になりますよ。」
花はザキへの誤解を解くために前に出る。
隊長が花に強く言葉を投げかけた。
「この子は獣じゃない。神器だよ。」
「「「「「!?」」」」」
場に衝撃が走った。聞かされた隊員全員が信じられない様子だった。
「何故、神器だとわかるんですか?新種の魔獣かもしれません。」
「魔獣が荷物を運ぶのを手伝ってくれるかい?」
「…神器も手伝いませんよ。」
花は気にせず話を続ける。
「でも、この子は手伝ってくれた。」
「手伝った?」
「ああ。第一、魔獣だったとしたら、あたしはもう死んでいるよ。」
「…。」
隊長はそれ以上、追求できなかった。
「それにね。」
「そ、それに?」
花はにっこりと嬉しそうに笑った。
「この子はあたしが作ったお菓子をおいしそうに食べてくれたんだ。」
「何ですって!?本当にそんなことが……。」
「ん?なんか僕の顔についてる?」
「あ。」
花の言葉を聞いて驚き、ザキの顔を観察した隊長は気づいた。ザキの口の周りにはあんこと大福のもち粉がベッタリとついていることに。隊長はそれを見てしばらく放心した。数分経過し、部下の隊員に肩をつつかれることでやっと気を取り戻し、急いで携帯端末を取り出して本部に連絡をし始めた。
「本部!どういうことですか!」
『もう一度、計測し直します!…結果が出ました!あ、あれ、本当に神器だ…さっきは魔獣って…。しかも等級:黒です!』
「黒!?」
『申し訳ございません!魔獣の出現は誤情報だったようです。』
「くろ?」
話の内容的に、誤解は解けたようだった。
ザキは隊長が黒い色に驚いていたことが気になった。
「黒は一番上の等級だ。あんた、とっても強いらしいよ。」
「はぇ~。」
花のおかげでザキはなんとか助かり、場を切り抜けることができた。
それから、武装を解除した機動隊と話し合い、ザキは自分は魔獣ではなく神器であること、花を襲っているのは誤解であることを証明することができた。
だが、まだ自分は隊員たちにとって警戒されている存在であることは視線や様子から感じていた。ザキは自分は危険ではないことを証明しようと考えた。そのために彼は、機動隊側の提案である神器技術管理研究所に保護されることを了承した。
だが、問題があった。ザキの体が大きすぎてトレーラーが狭くなってしまうことだった。報告では、未確認で上位の魔獣が出たと確認されたため、重装備で来たらしい。隊員たちは慌てて、トレーラーにあった沢山の大小様々な機材を装甲車に移し、ザキの収容スペースを確保するために走り回っていた。誤解が解けたからといっても、隊員たちにとって彼は脅威と認定されている。狭すぎるといざとなった時、隊員が動けなくなるのは危険となる。だから、全力で自分たちのできることをやっているのだろう。あと、広場の跡の件もある。大忙しのようだ。
花とザキは機動隊が彼を収容するための準備と後片付けをするに忙しなく走りまわる姿を眺めながら話していた。
「花さん。さっきはありがとうございます。」
「私の方こそ。守ってくれたからね。でも、いいのかい?正直、今回のことであたしの機動隊への信用下がっちまったよ。だから、あたしがあんたを引き取ろうと思っていたんだけど…あんたがよければね?」
(今日あったばかりなのに、良い人だなぁ。)
花はザキのことを心配してくれていた。彼はその気持ちがとても嬉しく感じて、涙を流してしまう。
「ぅうう」
「もう、泣くんじゃないよ。」
「嬉し涙ですから…。」
数分後、泣き止んだザキは花と向き合う。
「僕、大丈夫です。今僕に必要なのはこの人たちに信用してもらうことですから。どうにか、話し合ってみます。ここで逃げたら、せっかく花さんが体を張ってくれたことが無駄になってしまいますから。でも、嫌なことされたり、殺されるのなら全力で逃げます。まだ死ねません。花さんの店でお菓子をたくさん食べるんですから。」
「……不安だけど、そうするしかないのだろうね。わかった、気をつけるんだよ。」
こうして、ザキは機動隊の指示に従い、研究所へと連れて行かれるのであった。
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トレーラーに収容されて20分以上が経過した。
「ふむ。」
ザキはトレーラーに乗せられて運ばれていた。拘束されたらとても窮屈なんだろうなと考えていたが、意外にも拘束は一切されなかった。左右に機動隊員が複数人ついて、常に武器を向けられて監視されるだけだった。
運ばれている間、気を晴らすものが無く、とても退屈な時間であった。退屈なのに、常に刃をこちらに向けられて気分は落ち着かず、隊員に話しかけても無視されてしまう。これは逆にこっちを刺激しにきてるのではないかと思いながらも、それでもザキは諦めず、自分のことやお菓子が美味しかったこと、この世界に来て聞きたいこと、わからないことを話し続けた。
「あの~。」
「なんだ。」
「よかった。返事してくれた。」
「お前がしつこく話しかけるからだろ。1つ答えたら黙ってくれるか?」
何度も声をかけていたら、ザキからみて右隣にいた大柄な体格の隊員がようやく返事をしてくれた。
「はい。じゃあ1つ。あなたの身に着けているその装備のこと教えていただけませんか。後、見せてくれると嬉しいです。」
「は?」
「装備です。その装備。重そうですね。そんな頑丈ものを装備されているのなら、相当危ない場で活動されてますよね?」
「近づくんじゃない!装備は機密情報だ。神器にだって教えられるか!!」
「つれないなぁ。答えてくれるって言ってくれたのに。」
ザキは隊員に近づき、装備を観察した。隊員が答えてくれないのなら、装備自体に教えてもらうことにしたのだ。
重そうな装甲服。並の武器ではこの隊員を傷つけることはできないだろう。しかし、これを着ても彼らの仕事は安全ではない
ことがわかる。それは、彼の着ている装備の傷から見て取れた。さらに、ザキが興味を加速させたのはこちらに向けている
武器。神器だった。
(なんだこれ。神器?なのに意思があるようにはみられない。)
「ひっ、ひぃい。」
槌型の神器?を見るためにザキが顔を近づけ、大柄な隊員は悲鳴をあげる。
何故、体格の良い彼が悲鳴をあげたのかというと、ザキの方が隊員より2回りほど大きいからである。自分よりも大きく、
悪魔のような見た目の怪物が至近距離にいる恐怖に大柄な隊員は悲鳴をあげながら耐えるしかなかった。
「おい!こっちだ!」
「ん?」
視線を左下に向ける。そこにいたのは隊長だった。
「部下に手を出すな!部下を犠牲になんてさせるか!まず、私の体を好きにしろ!」
隊長は部下の身代わりになるためにザキの前に出る。
「隊長!!」
「そんな!」
「やめてください!」
部下が全力で止めに入ろうとする。この隊長は部下にとても慕われているんだなとザキは思った。
「止めるな!私がやらなくちゃあならんのだ!!」
「「「「「隊長!!!!!」」」」」
(なんだ、これは。)
なんだかやりづらくなってきたなとザキは思った。
隊長は自ら装甲服を脱ぎ、インナーをはだけさせながら叫んだ。
「くっ、殺せ!」
「!?」
ザキは驚いた。装備を見たかったのに、なぜこの女性は、装備を捨てて、自分の体を押し出してくるのだろうと思った。彼は理解ができず、周囲の視線も強まり、やりづらさを加速させた。
「…。」
「な、なんだ?はやく来い!!来ないのか?」
隊長は顔を赤らめさせながら、ザキを挑発する。対するザキは、自分の心が何故だかがスーッと落ち着いていくことを自覚し、装備に対する興味を失ってしまった。
「いや、いいです。」
「私に興味が無いって言うのかぁ!!」
ザキはやめたのにキレられてしまった。どうしたら正解だったのだろうかとザキは悩んだ。
「神器にもふられたぁ~!うわぁあぁん!!」
隊長は涙目になって目をうるうるとさせている。
「隊長!大丈夫ですよ!」
「まだイケますって!」
「こいつー!もったいないんだぞー!」
「負けちゃだめです突撃あるのみ!!」
「七転び八起きですよ!」
部下の隊員たちが、すかさずフォローを入れる。
「まだイケるって言ったやつ誰だぁ!!??あと私は7回も負けてないぃ!!!!」
隊長はフォローになってないことを言った犯人を見つけ出すために、部下たちを追いかけていった。
「仲良しだな…。」
「くふふっ!まぁ程々にしてやってくれよ。君もね。」
「誰?」
声の主は向かい側に座る隊員だった。隊員の様子がおかしいことに気づいた。肩が何かをこらえるように震えている。フルフェイスのヘルメットで表情はわからないが、声も震えていた。
「ふふっ!」
やはり。笑いを堪えていた。
(そんなにおかしかったのか?あと、行動を慎むように言っているが、言った側が笑ってたらいけないんじゃないか?)
よくわからない人もいるものだと思いながら、顔の見えない隊員をザキはなんともいえない気持ちで見つめていた。
「ごめんね。馬鹿にしたわけじゃないんだ。その見た目と話し方でこどものような雰囲気と好奇心を持っている。それを見ていると、たまらなくおかしくてね。」
ザキはいきなりこども扱いされた。内心ザキ自身もこどもっぽいところはあると自覚していたので反論は無かった。
「こどもという表現は間違っていないですよ。生まれたばかりですし。」
「あははっ!君は面白い奴だな。神器にそんな返しされたことがないよ。普通は怒ると思うんだけど。」
「そうなの?じゃあ僕は普通じゃないわけですな。今日はよくそんな反応をされます。」
隊員が無骨なヘルメットを外す。そこからは、よく手入れされた金髪を三つ編みにした青眼の女性の顔が現れる。
「初めまして。僕はザキ。」
「初めまして!私はマリア。マリーって呼んでもいいよ。」
二人は握手をする。これが、神器技術管理研究所:所長兼、対魔獣討滅機動隊:総司令マリア・ウェイブと神器ザキの出会いの始まりであった。
書き溜めしているのに、良い表現が浮かんで加筆したり、その逆が出て消したりを繰り返して結局、一から書いているのと変わらなくなってしまう。
明日の自分は別人の感性をしているので、投稿した文章も書き直そうとしてしまう。
そんな現象、ありませんか?