4話
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ザキは目を開けた。彼はまた知らない場所に飛ばされ、彼にとって、知らない景色が広がっていた。
「ここはどこなんだろうか。」
周囲を見渡せば、同じような形をした家が並んでいた。今はどこかの住宅街にいることがわかった。ザキは、自分は元の世界に帰されたのだと思った。しかし、それは一瞬で否定された。自分の姿が、人に戻っていなかったからだ。彼はあの時のことは夢ではなく、本当のことであり、得体の知れない女性に神殺しという難題を押しつけられたのだと理解した。
(どこかここがわかるものがあればいいんだけど。)
ザキは辺りを観察しながら歩いた。家の造りも、アスファルトやタイルで整地された地面も、歩道に設置された電柱も、そこから伸びた電線が家に向かっているのも、自分が元々いた世界と酷似し、同じ水準の生活をしていることがわかった。彼は、地域を案内する地図が見つかればいいなと思っていたが、残念ながら、しばらく歩いていても見当たらなかった。
(ふ~。)
ザキは息を吐きながら空を見上げる。雲一つなく快晴であった。太陽は出ているが、風はなんとなく肌寒く感じた。季節は秋か冬のように感じられた。
(明るい時間に送り込まれるとは思わなかったな。人のいない夜かと思ってた。でも、日中でも寒いし、夜じゃなくてよかったな。)
ザキは、こんな体になっても寒いと感じてしまうのは不便だなと思った。だが、そんな暢気は長くは続かなかった。
彼は真っ直ぐ歩いていた。いつかどこかで住宅街の区画が終わり、違う場所に抜けると思っていたからだ。だが、彼の予想は外れることとなる。彼が思っている以上に、この地域は広かった。
(あ、あれ?)
歩いているうちに、ザキは不安になってきた。この住宅街は等間隔に区画がわけられ、似たような建物が多く、感覚を狂わせてくる。ザキは今自分がどこにいるのか理解できていない。
つまり。
(迷った…。)
レムルス。彼女の機嫌を損ねたのが悪かったのだろう。ザキは機嫌がまだマシな時にどこに送るのか聞いておけばよかったと後悔した。今更考えても仕方ないので、彼は身の回りにあるものから情報を集めることにした。
ザキは時間を確認するために近くに見えた公園に寄った。時刻は午前9時過ぎを指していた。
(通学、通勤時間は過ぎて、今は外出する人も少ないな。誰か話せそうな人いるといいのだけれど。)
ザキは周囲を見渡す。
(…いた。)
重そうな荷物を運ぶ高年の女性がいるではないか。情報をもらえればありがたいと、ザキは期待を胸に膨らませ、彼女に話しかけた。
「おはようございます。」
「おはよう。おや、こんな時間に話しかけられるのは珍しいねぇ。最近は物騒になって外に出る人は少なくなぁあ゛ッ」
(……あっ、そっかぁ。)
女性が驚くのは当然だった。挨拶されて振り返れば、黒い塊の化け物がいるからだ。これほどの恐怖体験、腰を抜かすどころではないだろう。
(ここで女性が倒れてしまって、第三者に見られて通報などされれば……すべてが台無しだ!)
女性はその場に座り込み、すべてを諦めたのか祈るような姿勢で何か呟き始めた。
(まずい。まずいね。どうにか切り抜ける方法を考えないと。)
ザキは考える。この状況を打開する方法を探す。身の回りには、自分と、女性と、重そうな荷物と、電柱と、回覧板と…
(待てよ?重そうな荷物…これだ!)
閃いたザキは早速、考えた作戦に行動を移すのであった。
「あの~。」
「風香、月紬…最期はあんたたちの顔を見て逝きたかったなぁ…ぅえ?」
「荷物、重そうですね。」
(通じろ!通じて!)
「?」
ザキは怖気ずに話しかける。女性に少し反応があった。
「良ければ、持つの手伝いましょうか?」
(うぉぉぉ!)
「え?」
内心とても焦りながら、荷物を指さしながら、真剣に話かけるザキ。いきなり話しかけられて何もできず、ザキと荷物を交互に見る高年の女性。
「荷物。」
(伝われぇ!)
「へ?」
お互い動けない状態が、しばらく続いた。
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それから数分後…。
「いや~、見た目で判断するもんじゃないね!」
「こんな見た目してたら、驚くのも無理ないですよ。」
「「あっはっは!」」
ザキは女性と一緒に道を歩いていた。花は最初は驚いていたが、ザキが色々話していると、段々と慣れたらしく、花の方からもこの世界について簡単に教えてくれた。今は、迷子になったザキを商店街まで案内してくれていた。
女性の名は花〔ハナ〕。お菓子作りが趣味であり、生きがいであるということが、話していてわかったことだ。
ザキは荷物を運ぶ手伝いをしていた。両手には、風呂敷で包まれた荷物が抱えられている。荷物はずっしりと重く、女性一人で持つには少しきつい重さだった。
「これって全部、お菓子なんですか?」
「そうだよ。商店街で店やっててね。」
「いつもこんなに重いものを運んでいるんですか?一人でこんなに…。」
ザキはお菓子が入っているにしては重すぎる荷物が気になった。
「ん?ああ、いつも店で用意しているんだがね。家で新作を思いついたんだ。忘れたら困るから、勢いで作ったらたくさんできちゃってね。近所の店におすそ分けしたり、店に来てくれた人に食べてもらって、出来が良かったら店で出していこうと思っているんだ。」
「へぇ。茶菓子、美味しそうですね。…それにしても、新しいものかぁ。」
「新しいことに挑戦することは大事だよ。既存のものは誰でも出来ちまうから埋もれてしまうし、最近は皆、新しいものに飢えていて、飽きっぽいときた。時代においていかれないように誰も考えたことの無いものを考えるようにしているんだ。」
花はザキに新しいことに挑戦することの大切さを伝えた。
だが、ザキにとって新しいことをするという考えに良い反応ができなかった。
「難しいんだろうなぁ。何もない所からつくりだすのは自信がないから不安だし、僕なら続かないかもしれません。」
「実力や自信なんて後からついてくるものさ。結果ばかり追い求めると疲れるし、失敗することに怖くなる。自信をつけるために何かできることを探すんじゃなくて、楽しかったり、喜べたりする“良いもの”を探すんだ。自分にとっても、他の人にとってもね。」
「“良いもの”…ですか。」
「うん。それが見つかれば、自分のやりたいことが見えてきて、おのずと楽しく続けられるようになるさ。」
「…。」
「できるかできないかで考えて動けなくなるなんて、なんてもったいないじゃないか。自分が興味を持つものがあればそこに飛び込んでみればいい。良いものは待っててもあちらからはやってこないんだ。どんなに不安で怖くても、一歩前に踏み出さなきゃ何も始まらないよ。」
「一歩…前に…。」
ザキは難しい顔をすることしかできなかった。話は理解できる。だが、行動するまでがとても難しく感じるからだ。
「まぁ、うまくいってそうなこと言っているけど、実際は失敗することの方が多いよ。でも、失敗したからって終わりじゃないんだ。次は、次こそできるように何度も繰り返して、工夫していくのが大切なんだよ。」
花の話したことは、ザキの心のどこかに刺さった。何故だかわからないが、今話したことに彼は、自身が意識していることなのではないのかと思った。だが、何なのか思い出すことはできなかった。
「ちょっと休憩しようか。」
歩いている間に広場に着いた。商店街はまだ先らしい。花は近くのベンチに座り、ザキから荷物を受け取る。
「あたしもまだ道の途中でね、ついでにこれも手伝ってもらおうかな。」
「え?」
「茶菓子、試食していってくれるかい?」
「いいの?」
「いいとも。荷物を運んでくれたお礼だよ。」
ザキはとても嬉しいと思った。ここに来てまだ何も食べていなかったからだ。
「やったぁ!いただきます!」
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神器食事中…。
「どうだい。味は?」
「おいひいでふ。」
ザキは花の隣に座り、菓子を食べていた。
ザキは子どものように大福や羊羹を頬張って食べている。
「ゆっくり食べな…。」
花は困った顔で笑いながら水筒を取り出し、ザキにお茶を入れた。
「ありがとうございます。すっごいおいしいです!」
「そりゃあ、良かった。」
ザキは花からお茶を受け取りながら、菓子を食べた感想を伝えた。
「今食べたチョコレートを使ったお菓子は口の中でほろほろ溶けて食感が良く、溶けたチョコと中のキャラメルがココアパウダーと重なって、丁度良い甘苦さが広がってきます。お茶にもあうし、コーヒーにも合うと思います。こっちの果実大福は旬の葡萄を使った贅沢な素材と、果物の味を邪魔しない甘さ控えめな白あんが果物本来の味を引き立てていて…それにチョコレートが」
ザキはもう素晴らしいとしか言えなかった。口に入れた瞬間から、美味しいが溢れてくるからだ。しかも、味だけではない。見た目も良い。素人から見ても手間暇かけて作ってあることが伝わってくる。
例えば、寒天を使った菓子は、砂糖で月や星、気泡で雲を表現していて、見ていても楽しく、食べるのがもったいないと思わせた。
ザキは自身が見て、食べて感じたことを最大限に言語化して、感想を花に伝えた。
「食レポしてる…。まぁ、喜んでもらえてよかったよ。試食を頼んだ身だが、神器が物食べるなんて不思議なもんだね。評価してもらうのも初めてだ。」
「味の宝石ば…え?食べないんですか?」
「そりゃあ、食べないよ。口が無いだろう。」
神器は食べないらしい。ザキは比較対象がいないのでわからなかったが、食べられないのはこの美味しさを楽しめないのはもったいなくてかわいそうだと思った。
「ふーん。もったいないですね。おいしいのに。」
「嬉しいことを言ってくれるね。おかわりもあるよ。」
「いただきます!」
ザキは菓子のおかわりをもらい、菓子を見つめて、気づいた
(そうか。)
花という女性は、自分のために何かできるように生きているわけじゃない。自身が満足できるような
良いものがつくれるように、自分のつくりだしたものが皆に喜んでもらえるように日々調べ、実践して努力している。つまり、彼女はできるかではなく、やりたいと自分から望んで菓子作り行っているのだ。
ザキは手に持ったお菓子を見つめた。食べていた時のことを思い出す。見ていてもきれいだったし、食べてもおいしかった。とても楽しめた。これが花の努力だった。
他者にとって、良いものとは何かを研究し、そして、自身の作ったもので人々がが楽しみ、喜んでくれる。その気持ちを力にして、花は菓子を作ることができる。それが彼女にとっての“良いもの”なのだろう。
(僕が進むためには、何が必要なんだろうか。)
ザキは大きく口を開けて菓子を食べようとしたときだった。
複数の車の走行音が聞こえてきた。車が通る音なんて事はないが、人気の無い広場には車の走行音がよく響き、2人の意識は車に向いた。
「おや。こんな時間から、何かあったのかねぇ?」
「ん?」
ザキは羊羹を食べながら、音のする方向を見る。向かいの道路から、装甲車3台とトレーラー1台が走ってきていた。
「いかついですねぇ。」
「あれは、機動隊の車だね。いつもあたしたちを守ってくれるんだ。」
「へぇ~。」
花が説明してくれる。ちなみに対魔獣討滅機動隊というらしい。
車両はザキたちの前を、通り過ぎ…ずに緊急停車した。
「「え?」」
車内からぞろぞろと同じ格好をした集団が降りてくる。重そうな装甲服には、対魔獣討滅機動隊と書かれている。花の説明の通り、この集団は機動隊の隊員たちだ。隊員たちはあっという間にザキたちを取り囲み、武器を向けた。
「救出対象者1名と魔獣1体を確認!倒すことに拘るな!救出が最優先だ!!」
「「あれぇ?」」