3話
「こんのぉ~!」
レムルスの怒りは頂点を超え、ザキを黙らせるために殴りかかる。喧嘩慣れをしていないザキは咄嗟に避けられず、やってくる痛みに耐えるために、目をつぶった。
だが、何か頬に触れた感触はあったが、痛みが全然なかったので恐る恐る目を開けた。
「ッ~~~」
そこには、手を赤く腫れ上がらせて涙目で痛みを堪えるレムルスの姿があった。
「痛ったぁーい!頑丈に造りすぎたぁ!」
「大丈夫ですか?冷やした方が…」
「貴方のせいよ!」
ザキは彼女の腫れた痛々しい手に心配して声をかけたが、怒鳴られてしまった。
レムルスはその後も、文句をブツブツと言いながらザキを睨みつけていた。
「…なんで、その神様を殺そうと思ったんですか。」
ザキは話を振って、今の空気を変えようとした。
「それは私たちがこの世界の管理権限をかけて争っているからよ」
「管理権限?」
また聞き慣れない単語が現れ、ザキはつい聞き返してしまった。
「主神。私たちの父にあたる神が私と妹たちのどちらか優れた方に世界する役割をくださるの。」
「負けた方は?」
レムルス神は、少し言い淀みながら答えた。
「管理する世界を持たない貧の者。働いてないから、プー太郎になるわ。神になりたくても、管理権限の強い神が上になるから、扱き使われる下っ端になるわ!きっと世界の老廃物を取り除く仕事をやらされるんだわ!!ゴミ処理よゴミ処理!!!!」
「大変なんですね。」
レムルスは口に出していて口調が荒くなっていった。
ザキは、負けたら一番しんどくて、辞めたくなる仕事を押しつけられることに少し寒気がした。
「母上が直接行って、どうにかできないんですか?」
「信仰が無いから駄目。」
「どうしてですか?」
よくわかっていないザキに、レムルスは信仰の高さが重要なことを説明する。
「信仰されることで神は存在も位も強くなるわ。妹は信仰を手にしてあの世界である程度自由に動けている。反対に、私は信仰が無いから、力が弱くて世界に直接干渉できない。このままだと手がつけられなくなる。だから、貴方を送り込み早く片をつけなければならないの!」
「はぁ。」
ザキは、早口でまくしたてるレムルスに気の抜けた返事をするしかなかった。
「と、いうことなので、馬鹿正直に勝負してられない。妹には死んでもらうわ!」
「殺さない方がいいんじゃ…。」
ザキはレムルスの考えに乗ったら絶対に碌な目に遭わないと思い、止めようとした。
「うるさい!!決定事項よ!いつの時代も姉が上!妹が下!姉に勝る妹はいないのよ!!」
(その発言はどうなのか…。勝負投げ捨てちゃって、暗殺しようとしてるし。)
レムルスの古い考え方にザキは困惑しながらも、どんな勝負で権利を取り合っていたのか気になった。
「どうやって勝負していたんですか。殴り合い?」
「違うわよ…。信仰の多さで勝負するの。世界をより良い方向へ導いて、多くの人間から信仰をもらった方が勝つわ。」
「でっかい選挙ってことですねぇ。」
「まぁ、そういうことになるけど…。」
世界規模の選挙である。ザキは気が遠くなった。
「私は最初、強さこそ秩序を作り、生物を進化させる方法だと考え、神器を造り出しました。だけど…。」
「秩序?」
神器を造っただけで秩序をつくれるのかとザキは思ったが、そんなことは意にも介さず、
レムルスは握りこぶしを震わせながら叫んだ。
「あんのにっくき妹が、魔獣を創り出して世に放ち、人々を混乱に陥れたのです。あろうことか、私の造り出した神器を魔獣に抵抗する手段だと神々しく舞い降りながら人類に売り込みやがったのよ!!」
「良い所を全部とられちゃったんですね。どうして売り込まなかったんですか?もっと早めに動いたらよかったのでは?」
ザキは率直な意見を出した。
それに対して、レムルスは悔しそうに話す。
「神が人に与えるという儀式は、もっとありがたさが必要だと思ったからから出遅れたのよ!!こんなの
知らないわ!」
(妹の方がフットワークが軽く、マッチポンプ戦法に利用されてしまったのか。今はシルト神の方が信仰が高いようだ。)
神らしい振る舞いに固執するから負けてしまったのかと思いながら、ザキは状況を分析する。
「人気のある神様を殺してしまったら、人々は混乱の嵐になるのでは?」
「大丈夫よ。神がいなくなれば、人は困って、新しい救世主を求める。正直誰でもいいのよ。そこで私の登場!後はうまくやって私がこの世界を治めるわ。最悪…成り代わってもいいし。顔のパーツ一緒だし。」
(大丈夫なんだろうか。)
ザキはこの先が不安で仕方なかった。
「話すこと話したし、そろそろもう貴方を送り出したいんだけど…の前に、貴方に“目”をつけるわ。」
「“目”?」
レムルスは、ザキを送る準備をし始めたが、思い出したかのように“目”について話題を出し、説明した。
「貴方の監視。仕事ができているかとか、裏切らないか見ておくためのものよ。」
「嫌です。」
ザキは速攻で拒否した。そして、右腕を前に出して構えた。
「は?断るっていうの???」
「いやだって、仕事ならともかくプライベートも覗かれるだなんて、これは人のプライバシーを侵害していますよ!」
「私はお願いしてるんじゃないの。命令しているの。あと、ここには法なんてないわ。私が全てだもの。」
レムルスは断られると思っていなかったのか驚きながらも、威圧しながら凄む。
だが、ザキは負けなかった。
「母上は自分の部屋や趣味をすべて常時、他者に見せることはできますか!?」
「えっ」
「自分の秘めていることを他者にすべて曝け出すことはできますか!?」
「うっ!」
「自分の秘蔵のポエムノートや自作の衣装などを見せられますか!?」
「ぐぎぎっ!!」
ザキは全力で抵抗する姿勢を見せた。
レムルスは勢いと、自分の大事なことなんて、相手に話すことなんてできず、言い返すことができない。
「できるなら僕に見せてください!そしたら、“目”でもなんでもつけましょう!!でも、自分はできないのに、僕に押しつけるのはやめてください。あと、強引に押し進めるのなら抵抗します。チャカで!!」
「ぐうッ………………………できないッ!」
レムルスは、すべて曝け出すことはできなかった。絶対に見せられないものがあるからである。
強引に進めてしまいたいとも思ったが、レムルス神は先ほどの“ザキ乱射事件”を思い出す。もう二度とあんな
目には遭いたくない。そう思った。
「あ~もういいや。なんか疲れた。貴方には行ってもらうわ。」
「え、最初に何をすればいいのか聞かせてもらってないですけど。」
レムルス神はやつれてげんなりした顔になった。もう顔も見たくないとばかりにザキを追い出す準備を始めた。
「まぁなるようになるでしょ。これ以上貴方と話してても私が疲れるからね。はい、いってらっしゃ~い。」
「は?ちょっとふざけ」
ザキは光に包まれ姿を消した。彼が言葉を言い終える前に、レムルス神が強制的に追い出したのだ。
場にいるはレムルスだけとなり、辺りに静寂が広がった。
「あ゛~疲れだぁ~」
レムルス神は先ほどの透き通る声ではなく、実家にいる時のような低い声を出しながら高級そうなソファを召喚して深く座った。背もたれに両腕を乗せて、顔を上にあげてうめき声をあげた。
彼女にとって、今日は生きていて一番死ぬほど疲れる日だった。
「おばさんになってるわよ。」
「誰がおばさんじゃい!」
レムルスはたった一言でキレてしまった。
彼女は銀髪を白髪と間違えられたことで老けたように見られたことを気にして、その類の単語には敏感になってしまっていたからだ。
レムルス顔を向けた方向に声の主。白い人型が現れた。
彼女は最悪だと思った。やっと迎えた静かな時間がもう終わってしまったからだ。
「あははっ!あんたは叩くといつも良い音が鳴るわね。」
白い人型はケラケラと笑う。
「はぁ~。なんでお前がいるのよ。」
「そりゃあ、弟ができたんだもの。あたしも関係者だし、様子は見に来るわ。とぉーっても面白い子ができたわね。あたし、満足!!!」
「見に来たんなら、なんで顔を見せないのよ。」
この態度を見ればわかる。ずっと遠巻きに眺めていたんだろう。ニヤニヤしながら。
助けてほしかったが、レムルスはこの人型が自分を助けてくれるような存在では無いことは理解していた。
「眺めてるだけでも結構面白くてね~、それで十分。あんたの慌てふためく姿も見れたことだし♥」
(本ッ当に性格が悪い。)
レムルスは白い人型の性格の悪さに殺意が芽生えた。彼女は抑えろ、神器はこんな奴らなんだと自分に言い聞かせながら、怒りを抑えることしかできなかった。
「グギギギギ…あいつといい、兄であるお前といい…喋ってて疲れるの絶ッッッ対お前のせいでしょ!!!!」
「かもね~★」
こめかみに青筋を立てて血管が千切れそうになっている女神と、ケラケラと笑い続ける白い人型は、ボロボロになった空間に怒声と笑い声を響かせた。