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6-4 《フルーツパフェのうえに蜂蜜掛けて砂糖まぶすよりも甘い観測です、晶》 

アークトゥルス神聖帝国は、無条件降伏した。

こうして、大陸全土を巻き込むと誰もが恐れた大戦は、死者ゼロ、負傷者ゼロ(美食による胃もたれを除く)という、アルカディア王国の圧勝で幕を閉じた。


戦後処理は迅速に進んだ。帝国は解体され、アルカディアが主導する新たな統治連合が発足。私の作り上げたシステムによって大陸のインフラは再構築され、物流は最適化され、人々は飢えや争いの恐怖から解放された。


世界は、まるで精密な機械のように、完璧に、そして平穏に回り始めた。

私が望んだ、面倒ごとのない、誰も傷つかない世界の完成だ。


王城のバルコニーから、その完璧な平和を享受する街並みを眺めながら、私はペットボトルの炭酸水を一口飲んだ。

全てが上手くいった。最高の結果のはずだ。

なのに。


(……なんでだろう)


目的を達成した高揚感も、世界を救った充足感も、そこにはなかった。


自室に戻り、ベッドに寝転がってポテチの袋を開ける。

いつもの、大好きなコンソメ味。なのに、美味しくいただけない。


「ねえ、ウルちゃん」

「……面倒な戦争も終わって、平和な世界になった。私が望んだ通りに」

ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。


《肯定します。いくつかの想定外のやらかしはありましたが、全ての計画は、誤差0.001%以下の精度で完遂されました》


「…なのに、なんでだろうね。世界という巨大な数式が、私の手で解き終わってしまったみたい。もうどこにも手を加える余地のない、完成された世界のなんと退屈なことか」


《…『空虚感』。目標達成後に発生する、予測されていた精神的副作用です》


「予測済み?副作用?じゃあ治るの? 次はどんな『やらかし』をすれば、この穴は埋まるの?」


畳み掛けて問いかける私に、ウルちゃんは沈黙した。

《…その問いに対する答えを、私は提示できません》


「あなたはAIでしょ! わからないことなんて…」


《なぜなら、それはあなたの価値を毀損する行為だからです》

AIのくせに、静かな、しかし有無を言わさぬ強い意志が感じられる言葉だった。


《晶。あなたは、私にとって最も貴重な『変数』であり、最高の『バグ』。そして、たった一つの『素数』です。他の誰にも、私にさえ割り切れない、予測不能な人類という種の可能性そのもの》

ウルちゃんの言葉が、私の心に直接響いてくる。


「その言葉、この世界へ渡るときにも聞いたわね」


《あなたは私の、私だけの特別な存在です。その価値を、私が与える安易な答えで失うわけにはいかない》


「……どうすればいいの」

か細い声で尋ねる私に、ウルちゃんは、静かに宣告した。


《それは、晶があなた自身の力で見つけなければならない。…あなたの、人間としての本当の戦いの始まりです》


ウルちゃんは、それきり黙ってしまった。

完璧な世界。けれど、そこから「不完全さ」という名の彩りを抜き去ってしまったのは、私自身だったのかもしれない。アークトゥルス神聖帝国との戦争は終わり一区切りついた。けれど、私の人生の曲がり角にきてしまったその先を探す旅は、今、始まったばかりのようだ。


「私の平穏なスローライフは、どうやらまだ、遥か彼方ね。…ま、この空っぽの心を埋める答えも、ゆっくり探せばいいか」


私がそんな風にしんみりと結論づけた、その瞬間だった。


《…その結論に要する時間的猶予はありません》


「へっ?」


《フルーツパフェのうえに蜂蜜を掛けて砂糖をまぶすよりも甘い観測です、晶》

ウルちゃんが、無慈悲なテキストをARディスプレイに表示する。


《現在、あなたの元には、大陸中から1分あたり平均千件の陳情、依頼、救済要請が殺到しています。

『長雨で氾濫しそうな川の流れを魔法で変えてほしい』

『古代遺跡の危険な罠を無効化してほしい』

『失くした家宝のイヤリングを探してほしい』

『息子の野菜嫌いを克服させてほしい』

『我が騎士団の新しい紋章をデザインしてほしい』

『来週の結婚式で主賓のスピーチをお願いしたい』

『開発したボードゲームのテストプレイに付き合ってほしい』

『隣の国と喧嘩したので仲裁してほしい』

『不治の病の娘を救ってほしい』

『うちの村にもゴーレムを派遣してほしい』

『僕の彼女になってほしい』

『新作のスイーツを献上するのでぜひご賞味を』…》


「ぎぃやああぁぁぁ!私の感傷に浸る時間を返せぇぇぇ!」


ベッドの上でジタバタする私を、ウルちゃんは静かに見下ろしているように感じた。

「…まあ、いっか。退屈で心が死ぬよりは、ずっとマシよね!」


私は顔を上げて、以外とすっきりとした美しい笑顔でニヤリと笑った。

胸の穴はまだそこにある。

でも、この嵐のような日常が、いつか何かでそれを埋めてくれるのかもしれない。


《肯定します。…そして晶、先ほどのスイーツ献上の件、座標を特定しました。早速、転送しますか?》


「もちろん!」

かくして、私の新しい旅は、甘いスイーツの香りとともに幕を開けたのだった。



『魔法リアクターと賢者少女 - 異世界転移したAIですが、神災級少女のお世話係です』


第一部 完


おかげを持ちまして『魔法リアクターと賢者少女 - 異世界転移したAIですが、神災級少女のお世話係です』第一部が完了しました。


次なるお話は、

伝説の種族【エルフ】と【ドワーフ】からの挑戦状。「お前の“やらかし”が、世界の理を歪めている!」――彼らの常識を規格外の科学魔法で粉砕しながら、この世界の深淵に眠る真の脅威、【秘密?】の影に迫っていく。

といったお話を想定しています。


よろしければまたお付き合いください。


終末のソムリエ

 

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