6-3 「私に手間をかけさせるとこの首都ごと、私のペットの隣に打ち上げて、第二の衛星にしてあげますよ?」
前線部隊が美味しい食事テロによって胃袋から懐柔されたという報告は、アークトゥルス神聖帝国の首脳陣を大混乱に陥れた。
彼らは「妖術だ!」「集団幻覚だ!」と現実を受け入れられず、帝都での徹底抗戦を決定。
秘蔵の最終兵器である『古代召喚獣』を復活させる儀式を開始した。
「まだやる気なの? いい加減、空気を読んでほしいわね…」
私は、この面倒な茶番を終わらせるため、最も手っ取り早い方法を選ぶことにした。
「ウルちゃん、帝都まで直接お話しに行くわよ」
《了解。高高度ステルス転移を実行します》
次の瞬間、私とウルちゃんは、アークトゥルス神聖帝国の帝都、その上空一万メートルに出現していた。私は帝都全体を覆う巨大なホログラムスクリーンを展開し、そこに満面の笑みを浮かべた自分の顔を大写しにする。
「アークトゥルス神聖帝国のみなさーん、こんにちはー! アルカディア王国から、降伏勧告にやってまいりました、王宮特別顧問のアキでーす!」
帝都の広場で召喚の儀式を行っていた皇帝テオドシウス I世や神官たちが、空に浮かぶ私の巨大な顔を見上げ、腰を抜かした。
「な、なぜここに…!? 帝都には絶対防衛結界が!」
「あ、それ? さっき消去しておきました。それより、これ以上私に手間をかけさせると…」
私はにっこりと、悪魔のように微笑んだ。
「この首都ごと、私のペットの隣に打ち上げて、第二の衛星にしてあげますよ?」
その言葉を証明するかのように、私は夜空に輝く『竜の星』の軌道を、重力魔法でぐにゃりと歪ませた。地上から見ると、まるで巨大な竜が空から帝都を捕食せんと睨み下ろしているかのようだ。その神々しくも終末的な光景に、帝都の誰もが言葉を失った。
「き、貴様ぁ! 恐れるな! いでよ、我らが守護神、古代召喚獣バハムート!」
皇帝テオドシウス I世が最後の力を振り絞って叫ぶと、儀式場から凄まじい魔力が立ち上り、伝説の竜王がその姿を現した。
「うわ、でっか! でもウルちゃん、あのエネルギー反応、どこかで…?」
《はい。衛星エンシェント・ロードの遺伝子情報と99.9%一致。…端的に申し上げますと、衛星軌道上にいるのは、この召喚獣の『お母様』です》
「つまり?」
《つまり、ただいま絶賛家出中、ということかと》
私がその事実を『竜の星』に思念伝達で伝えると、衛星軌道上のエンシェント・ロード(母)が感情を昂らせ、「フーシュルュルルルルゴォォォォッ!!(訳:あなた、こんな所で何をしているのですか!)」という、星を揺るがすほどの叱責の咆哮を放った。
その魔力振動は地上に降り注ぎ、召喚されたばかりのバハムートは、空に浮かぶ母親の巨大な気配にビクッと体を縮こませる。そして、「きゅ、キゅうぅん…(ご、ごめーん…)」と悲しそうな鳴き声を上げると、帝国の最後の切り札は、召喚される前の次元へと自主的に戻ってしまった。
皇帝テオドシウス I世(はその場にへたり込み、天を仰いで呟いた。
「…我々は、神の喧嘩に、国を賭けてしまったのか…」
《いいえ。その認識には、致命的な誤りが三つあります》
静まり返った帝都に、私の隣に立つウルちゃんの静かな声が、最後の釘を打つように冷徹に響き渡った。皇テオドシウス I世帝は虚ろな目でウルちゃんを見上げる。
《一つ。これは『神々の喧嘩』ではありません。王宮特別顧問の晶にとっては『ご近所のペットのしつけ』程度の出来事です》
《二つ。『国を賭ける』という言葉の定義を誤解されています。為政者が民の命と未来を自身の虚栄心と引き換えにする行為は、単に『国家の私物化』と呼びます。恥じるべきは、その知性の低さです。》
ウルちゃんは一拍置き、そして、心を凍らせる最後の一言を告げた。
《そして三つ目。そもそもあなた方は、この事象の『当事者』ですらありません。ただの『背景ノイズ』でした。…無能な為政者が引き起こしたこの悲喜劇、人類の愚かさを象徴するサンプルとして、永劫記録させていただきます。》




