5-3 「これより、対古竜殲滅手順に移行します!」☆
ピクシー・ドローンが奏でる微かな駆動音だけが、この国の平和の証だった。魔物の断末魔さえ響かない、完璧に管理された静寂。人々は脅威が「浄化」される光景を、窓辺の平和な風景画のように眺めるだけだった。
その絵画を引き裂いたのは、巨大な鱗を持つ古竜だった。
縄張りを侵す無機質な光によって灼き尽くされた眷属たちの声なき絶叫。憤怒が、数千年の眠りを揺り起こした。この地の生態系の頂点、古竜『エンシェント・ロード』。
まず、音が来た。地平線の彼方から届いた咆哮は、王都のガラスというガラスを共振させ、人々の鼓膜を内側から強く叩いた。
次に、揺れが来た。全長数百メートル、歩く山脈そのものである巨体が、一歩踏み出すたびに大地を軋ませる。
そして最後に、絶望が来た。天を覆う影から吐き出された灼熱のブレスが一直線に放たれ周囲の空気は瞬時に膨張し強烈な爆風と衝撃波をもたらした。ただ王国という名の絵画を白く塗り潰していった。
「アキ!ドローン部隊が…!エンシェント・ロードの魔力障壁に全く歯が立たないわ!」
セレスティアの悲鳴がオペレーションルームに響く。
スクリーンには、私の可愛いピクシーたちが、古竜の周囲に展開された見えない壁に弾かれ、墜落していく様子が映し出されていた。
「うわー、私のドローンが!あんなの、まともに相手したら王都が更地になっちゃうじゃない!」
《現状の戦力では、王都の壊滅は不可避。推奨されるプランは一つ。対象を戦闘不能にするのではなく、物理的に『戦場から排除』することです》
「排除…そうか!いなきゃいいのよ、いなきゃ!」
私はポンと手を打った。
「ウルちゃん、あのデカブツを、大気圏外まで打ち上げることは可能?」
《・・・・可能です。ゴーレム部隊による質量加速器の即時建設を提案。古竜の捕縛には、指向性重力魔法を最大出力で照射し固定します。》
「よし来た!セレスティア、ゴーレムたちに王都郊外で『超すごい投石器』を作らせるから、許可して!」
「と、投石器ぃ!?」
混乱の極みの中、もはや私の言うことに疑問を挟む気力もないセレスティアの許可を得て、数万体のゴーレム軍団が王都郊外の平原で一斉に稼働を開始した。彼らは大地を削り、金属を錬成し、わずか半日で、全長数キロに及ぶ巨大な電磁射出カタパルトを完成させた。それは巨大なジェットコースターのようだったが発射台端部は天頂方向へ向けられていた。
セレスティアの許可と同時に、私の脳内に管制システム『セレスティア』の合成音声が響き渡る。眼前のモニターには、王都を蹂躙する古竜と、完成した巨大カタパルトの姿が映し出されていた。
「これより、対古竜殲滅手順(エンシェント・ロード・デストロイ・プロトコル)に移行します。総員、射出シーケンスを開始!」
私の頭の中で、冒頭から鳴り響くティンパニの重く規則正しいリズムが鳴り響いた。巨大な機械が起動し、後戻りできない手順に突入したことを告げる音だった。
私の宣言を合図に、無機質なシステム音声がカウントを始めた。
王都の城壁に迫る古竜エンシェント・ロード。その頭上に、巨大な魔法陣が展開される。
「捕まえたわ!フェーズ1成功。魔法リアクター、最大出力!」
私の魔力供給を受け、魔法陣は古竜の巨体を縛り付ける超重力フィールドを発生させた。身動きが取れず、地面に押し付けられる古竜。
《フェーズ2捕縛した目標を、質量加速器の射出ポイントまで移送。》
その巨体が、ゆっくりとマスドライバーのレール上へと運ばれていく。大地が悲鳴を上げるような轟音の中、古竜は屈辱的なまでに無力だった。
《目標、クレードル架台に装填完了。電磁拘束フィールド起動。目標を完全に固定します》
「な、何が起こっているのだ…!?」
城壁の上で固唾を飲んで見守っていた国王や騎士たちは、目の前の光景が信じられなかった。
《フェーズ3。マスドライバーへのエネルギー充填を開始。全ゴーレムの魔力、および王都の全マナ・グリッドを強制徴収。臨界点までチャージします》
《エネルギー充填、90…95…100…120%!リミッター解除!》
《射出ベクトル、最終設定完了。目標、成層圏外。》
《重力魔法、電磁拘束、全システム、グリーン。》
「古竜エンシェント・ロード、射出シーケンス、最終段階!」
「セレスティア、カウント省略OK ?」
「カウント省略OK!」
「古竜エンシェント・ロード、射出!!」
その瞬間、世界から音が消えた。
いや、常人の可聴域を遥かに超えた衝撃波が、全てを塗り潰したのだ。
視界が白く染まり、一拍遅れて、空を引き裂く轟音が鼓膜を打つ。質量加速器のレールを滑る古竜は、もはや生物ではなかった。それは青白い光を纏った一つの巨大な弾丸となり、天頂へ向かって一直線に、凄まじい速度で「撃ち出された」。
空に一条の光が引かれ、やがてそれも小さな星となり、ついには漆黒の空の彼方へと消えていった。
後には、超高温で赤く発光するカタパルトの残骸と、呆然と空を見上げる者たちだけが残されていた。
《対象の地球周回軌道への投入、成功を確認。おめでとうございます、晶。あなたは、世界で初めて人工衛星(生体)を打ち上げた人間となりました。》
「…また、やっちゃったわね」
呆然と空を見上げる私の隣で、セレスティアはついに気を失っていた。




