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4-4 幕間狂言『補佐官は見た!神災的賢者の損益計算書』

深夜、王城の一室。

セレスティア・フォン・アルカディアの執務室は、静寂に包まれていた。しかし、その主の心は嵐のまっただ中だった。机の上にはうず高く積まれた羊皮紙の束と、ほとんど空になった胃薬と数本のポーションの小瓶が転がっている。


「アキが王宮に来てから、まだ数週間…なのよね? 体感では建国以来の歴史と同じくらいの疲労感だわ…」


セレスティアは、国王陛下に提出するための報告書——『王宮特別顧問・賢者アキに関する功罪報告書』の作成に、心身を削っていた。ペンを握りしめ、最初の案件から記憶をたどる。


「まず…案件1:『賢者のソルトロード』創生事件」


罪(損害): 広大な王国の森林を消滅させ、地形を永久に改変。原因:空腹による苛立ち。…報告書にこんなこと書けるわけないでしょう! 損害額:算出不能。


功(利益): 国家150年分の岩塩鉱脈を確保。隣国への新たな交易路の基盤を創出。利益額:国家予算の数十年分。


「……利益が、損害を、上回って…いる? いえ、でも生態系が…うぅ、頭が痛い…」


セレスティアはこめかみを押さえ、次の羊皮紙をめくる。


「案件2:帝国ワイバーン部隊殲滅に伴う国土消滅事件」


罪(損害): 国土の一部が数百年にわたり生命を育めない不毛の大地に。天候は激変し、空には宇宙が見える謎の穴。損害額:国土の一部を喪失。プライスレス。


功(利益): 帝国の精鋭部隊を跡形もなく壊滅させ、侵略を未然に阻止。我が国に手を出せばどうなるかという、これ以上ない抑止力に。利益額:国家の存亡を救う。プライスレス。


「国土は消し飛んだけれど、国は救われた…? この矛盾、どう説明すれば…」


ペン先が震える。気を取り直して、次へ。


「案件3:王都インフラ魔改造および王城の要塞化事件」


罪(損害): 歴史的建造物である王城の無許可改築。父上の愛した薔薇園の水没。アカデミーの伝統と教師のプライドの崩壊。近隣諸国との軍事バランスを破壊し、国際問題に発展。損害額:計り知れない外交的損失と、父上の悲しみ。


功(利益): 王都から疫病リスクが消滅。農作物の収穫量増。王城は難攻不落の要塞となり、国防力は世界一に。建国以来の悲願であった龍脈の完全制御を達成。利益額:国民の健康と安全、国家の悲願達成。


「……もう、胃がキリキリするわ…」


そして、記憶に新しい、あの事件。


「案件4:神託『赤毛のアン』全国民強制視聴事件」


罪(損害): 全国規模での魔道具暴走パニック。全臣民に対する大規模な精神的介入(サブリミナル効果?)。損害額:国民のプライバシー権の侵害…?


功(利益): 『オーブ・ネットワーク』による通信革命の達成。『魔力の無線供給』という新技術の発見。国民の教育意識の向上と、新たな文化の創造による国民の一体感の醸成。利益額:文明レベルが数世紀分進歩。


「マシューが亡くなったシーンは、今思い出しても涙が……って、いけない!報告書を仕上げないと!」


最後に、今まさに現在進行形で起きている、あの光景。


「案件5:自律思考型ゴーレム軍団による超高速産業革命」


罪(損害): 職人や料理長など、多くの国民から職と生き甲斐を奪う。人間の尊厳の危機。損害額:急進的すぎる社会構造の変化。


功(利益): わずか数日で国のインフラ整備が完了する勢い。失業者には即座により良い条件の再就職先を斡旋。完璧な社会福祉の実現。利益額:理想郷ユートピアの強制的な実現…?


全ての項目を書き終えたセレスティアは、天を仰いだ。

羊皮紙の「功」の欄には【国家救済】【文明創造】【絶対国防】といった、神話の領域の言葉が並び、「罪」の欄には【国土消滅】【物理法則崩壊】【国際問題】というとんでもない単語が踊っている。


「もう…無理だわ…」


彼女は疲労困憊の頭で、報告書の末尾に震える文字で結論を書き記した。


結論:

賢者アキの功罪は、相殺不能。

功罪という既存の概念で評価すること自体が、間違いである。

彼女は歩く天変地異であり、気まぐれな創造神そのもの。


今後の対策: 美味しいお菓子と十分な睡眠を確保し、機嫌を損ねないこと。 読書を邪魔しないこと。 以上を、国家の最重要機密事項とする。


(・・・でも今日、アキ最後はなにか変だった・・寂しそうな。教育係さんもいつものキレがない感じ・・でアキに掛ける言葉も少なめだった。)

ペンを置いたセレスティアは、残っていた胃薬を水なしで飲み込むと、そのまま机に突っ伏し、深い眠りに落ちた。


……やがて、執務室のドアが音もなく開く。

一人のゴーレムが静かに入室すると、眠っているセレスティアの肩にそっと毛布をかけた。散らかった机の上を綺麗に整頓し、空になった胃薬の瓶の隣に、新しい瓶と一杯の温かいミルクを置く。

そして、マザーの唯一無二の友人(腹心の友)に静かな一礼をすると、音もなく退室していった。


王国の夜は、今日もまた、規格外の優しさと混沌の中で更けていく。



第5章 からは魔物討伐編が始まります。


桜晶がそこに望んでいたものは霧散して急に空しくなった。とあります。

重大な転換点来ていることは否めません。

一緒にその意味を探して行きましょう。

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