4-2 神託(カルチャー・インパクト)と通信の女神 ☆
「オーブ・ネットワーク」計画の核心は、王都に建設する巨大な魔力通信中継塔だ。
私は国王から与えられた潤沢な予算と人員(主に私のゴーレム魔法で動く土木作業員)を使い、王城の隣に、天を突く白亜の塔をわずか一日で完成させた。
「ふふふ、いい感じね!デザインは◯◯スカイツリーを参考にしたわ!」
《ツリーを見に来た観光客によるオーバーツーリズム被害と伴うゴミ被害などは550件寄せられています。》
「うっ」
塔の頂点には、巨大な増幅器が設置されている。
それは、私が顧問就任後にその規格外の探査能力で発見した国内最大級の魔力鉱床から採掘された高純度の結晶を、ウルちゃんの支援のもとで精錬・再結晶化させた、人工の巨大魔石だ。天然のドラゴンの魔石にも匹敵する、まさに規格外の代物である。
いよいよ、初の通信テストの日が来た。目標は、王都から100キロ離れたセレスティアの離宮だ。
「じゃあ、いくわよ!ウルちゃん、出力は最小でお願いね!」
《了解。出力を0.01%に設定して実行します》
私が塔の根本にある制御盤に魔力を流し込んだ、その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ…!
塔の頂点にある人工魔石が、太陽のように眩い光を放った。
最小出力に設定したはずの魔力は、この人工魔石の規格外の増幅率と、私の無意識の「早く繋がれ!早くセレスティアと話したい!」という念が混ざり合い、想定の数百万倍にまで膨れ上がった。
凄まじい魔力パルスが、王国全土へと放射される。
その結果、国中の魔道具…街灯から家庭の魔力コンロ、果ては騎士団の魔法剣まで、ありとあらゆるものが一斉に激しく反応し、暴走を始めた。
しかし、やらかしはそれだけでは終わらなかった。 過剰な魔力は上空の魔素と反応し、王国全土を覆うほどの巨大な魔法陣を夜空に描き出したのだ。そして次の瞬間、全ての国民の脳内に、直接、ある映像が流れ込んだ。
――それは、私が転生前にハマっていた、『赤毛のアン』の物語だった。
強大な力を持つ異端賢者ではなく、ただの空想好きで、友情に悩み、恋に戸惑い、未来を夢見る一人の少女として生きたかったのかもしれない。心の奥底にあったそんな渇望が、膨大な魔力パルスに乗り、この物語を選ばせた。
マシューとマリラとの温かい日々、ダイアナとの友情、そしてギルバートとの出会いと成長。失敗を繰り返しながらも、聡明さと想像力で人生を切り開いていくアンの姿が、王国中の人々の心に直接映し出されていく。
約199分の神託(赤毛のアン)が終わると、夜空の魔法陣は消え、魔道具の不具合もピタリと収まり、王国中が、大混乱から深い感動と静寂に包まれた。街のあちこちから、静かなすすり泣きが聞こえてくる。
翌日、王国は激変した。 アンの勉学への情熱に影響され、平民の間で子供に教育を受けさせたいという機運が爆発的に高まり、各地で寺子屋のような私塾が乱立。アンのお下げ髪と素朴なファッションが「知的で清純」とされ、若い女性の間で大流行し、貴族の華美な文化に一石を投じた。 そして何より、「腹心の友」という言葉が国中の流行語となり、友情を誓い合う人々が続出。農業領主たちはアンの愛したジャイモの品種改良に血眼になり、王国騎士団ではライバルを認め合う「ギルバート精神」なる行動規範が検討され始めた。
《…通信テスト、成功です。離宮との音声・映像通信、クリアに接続できています。
副次効果として、王国全土の国民が謎の神託を受信。あなたの存在は『通信と啓蒙を司る女神』として神格化され、信仰の対象となりました。また、魔道具の暴走現象から『魔力の無線供給』という画期的な技術の基礎理論が確立。そして何より、この『赤毛のアン』という物語は、今後数十年、いえ、数世紀にわたり、この国の教育、文化、農業、さらには国民の価値観にまで影響を及ぼす、歴史上最大のカルチャー・インパクトとなるでしょう。
なお原作の赤毛のアン作中には、ブラウニングの詩、シェクスピア劇、ワーズワース、バイロン、ロングフェローの詩、聖書の句、アーサー王伝説からの引用があってソレを探す知識人向けの謎解きもできます。そういった英文学の粋を読み取ることができる点も評価しており私もこの物語を大変好んでいます。》
制御室で呆然とする私の耳に、通信機から物語に感銘を受けたセレスティアの震える声が聞こえてきた。
「ア、アキ…?これが、あなたの故郷の物語なの…?私の脳内で…マシューが…うっ…」
「ご、ごめん。なんかチャンネル間違えちゃった、てへっ♡」
《てへっ♡、ではありません。これは文学を起点とする文化のビックバンです。歴史の教科書の第一章が、今日あなたによって書き換えられました》
こうして、アルカディア王国は世界最先端の情報通信網を手に入れた。そして私は、畏怖される賢者から、畏怖され崇められる国母のような女神へと、よく分からないままクラスチェンジを果たしたのだった。




