表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/64

第8話 妖精との夜



焚火の炎は、夜の闇に細く揺れていた。


そのあたたかな光は、足元に小さな輪を描き、ティアの影が背後の木へと、静かに滲んでいく。

静かな夜。遠くの梢では虫が鳴き、風の音も、いまはおだやかだった。


ティアは膝を抱えたまま、ゆっくりと足元に視線を落とす。

スカートの裾を指先でなぞると、微かな生地の感触だけが、いまの自分にとって確かなもののように思えた。


火の粉がひとつ、ふっと空に舞い上がる。

そのとき、焚火の向こうから、小さなため息がこぼれた。


「……やっぱり、火っていいな」


イフがぽつりと、独り言のように言う。

赤い服の妖精は宙に浮かびながら、ほんのりと火に頬を寄せていた。


「さっき、ちょっとはしゃぎすぎたから……」



その言葉にあわせて、イフの羽がふるりと揺れる。


すぐ隣で、シルも焚火の光に透けるようにきらめいている。

緑の服の小さな妖精が、そっとティアの顔をのぞき込んだ。


「……あの、ね。それで、どうしてわたしの名前を知ってたの?」


ティアの声は、焚火のなかに落ちて、静かに消えていった。


イフとシルは目を見合わせる。

少しの沈黙のあと、イフがぽそりと呟いた。


「火が見えたから、来ただけなんだ。でも――」


ちらりと、イフがシルに目をやる。


「でもね、本当は、精霊さまから“お願い”されたんだ」

シルが小さく打ち明ける。


「ティアを守ってあげて、って」

「……内緒にしとけって言われてたのに」


ふたりの視線を受けながら、ティアはほんの少し首を振った。

そして、焚火の揺れる光に目を落とす。


「……ありがとう」


その言葉は、心の奥にそっと火を灯すようだった。


「そんなふうに言ってもらえて、嬉しい」


その声に、イフとシルはほっとしたように肩の力を抜いた。

焚火の明かりが、ふたりの影をふわりと揺らす。


しばらく、誰も言葉を発さないまま、夜の空気がゆっくりと流れた。

やがて、シルが思い出したようにティアを見上げる。


「……たぶんね、ティアは精霊さまに好かれてるんだと思う」

シルは、やわらかく笑った。


「そばにいると、なんだか落ち着くんだ」


そう言って、シルはティアの膝の上にちょこんと身を横たえた。

ティアは驚いたが、胸の奥に懐かしいような温もりが広がる。


「ずるいぞ」

イフがむくれて、シルの隣にやってくる。


ティアがそっとイフの頭を撫でると、イフは不満げな顔をしながらも、膝に身体を預けた。


「……私が起きてるから、ふたりとも安心して寝ていいよ」


ティアが微笑みながらそう言うと、イフは小声でつぶやいた。


「……ほ、ほっといて寝ないでくれよな。なんかあったら、ちゃんと起こせよ」


そう言って、イフもシルの隣で身体を丸める。


ティアの膝の上には、小さなふたりの寝息。

その静かな重みに、心の結び目がほどけていく。

焚火の光が、夜の静けさに溶け、空へと溶け込んでいくようだった。



ティアはふたりを見下ろしながら、胸にあたたかな安堵を抱いていた。


風の止んだ夜空には、澄みきった星々が、どこまでも静かに広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ