第7話 暖かなまなざし
焚火の火は、夜の静けさに小さく揺れていた。
ティアは膝を抱え、スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
背には大きな木。もたれかかるように座りながら、ちらちらと舞う火の粉を見つめる。
「……ちゃんと、火も起こせたし」
自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやく。
(……きっと、大丈夫。ちゃんと、できてる)
か細い声が、闇に吸い込まれていく。
思い返せば、どれもが初めてだった。一人での野営も、村を離れることも。
空には満天の星々。
木々の隙間から覗く光の粒は、どこか遠い街を指し示しているようだった。
──その時、遠くで狼の遠吠えがこだました。
ティアはびくりと肩を震わせ、反射的に腰の剣へ手を伸ばす。
抜きはしなかったが、柄をぎゅっと握る手に力がこもる。
ざわり、と風が木々を揺らす。
その音が一瞬、夜の静寂を裂いた。焚火が激しく揺れ、ぱちぱちと火の粉を散らす。
そして、ふっと──光が吸い込まれるように消えた。
「……え?」
音のない闇の中で、息を呑む。
何かが、近づいてくる気配。
──ガサッ。草を踏みしめる音。
剣を握る手が強く震える。その瞬間だった。
「シル、飛ばしすぎなんだよ。火が消えちゃったじゃないか」
軽やかで、どこか怒ったような、けれど子供のような高い声。
次の瞬間、小さな影がふわりと焚火の跡へ舞い降りた。
「よいしょ……っと」
影は、小さな手をかざして息をふうっと吹きかける。
すると、赤く残っていた火種がふたたび灯り、小さな炎がよみがえった。
ティアは目を見開く。
そこにいたのは、手のひらほどの小さな人影──
赤い服を着た、宙に浮かぶ存在。それは……妖精だった。
妖精がにやっと笑ったその時、もうひとつの影が空からふわふわと降りてくる。
緑の服を着た、もうひとりの妖精。名前をシルというらしい。
「うるさいよ、イフ! ちゃんと着けたからいいだろ?」
緑の妖精──シルが、赤い妖精イフの隣に降り立つ。
「……君たち、妖精なの?」
ティアがぽつりと問いかけると、ふたりの妖精はぴたりと動きを止めた。
顔を見合わせ、そして──どちらからともなく、じっとこちらを見る。
小さく尖った耳が、ぴくぴくと動いた。
「……あんた、本当にオレたちが見えるの?」
イフの瞳が、きらきらと輝く。
「オレたちは、あんたを守るために──」
言いかけたその口を、シルが慌てて塞いだ。
「ち、違うよ!? ただ遠くに火が見えたから、火事かと思って飛んできただけ! そしたら“たまたま”ティアがいたってだけだから!」
シルはイフに近づき、耳打ちのつもりで小声をかける──が、全部聞こえている。
「おい、イフ! オレたちの目的は内緒にしろって言われただろっ」
「シルがあんな突風使うから、飛んでったんだよっ!」
「う、うるさいっ、そんなの関係ないだろ!」
焚火を挟んで、ふたりの小さな妖精が言い合いを始めそうになった時──
ティアがそっと声を落とした。
「……ねえ、どうしてわたしの名前を知ってるの?」
胸の奥が、ほんの少しだけ強く脈打つ。
その言葉に、ふたりはぴたりと口を閉ざした。
イフがそっぽを向き、シルは目を泳がせる。
しばしの沈黙のあと──
イフが頭を掻きながらぽつりと言った。
「……話してもいいけどさ、精霊にはぜーったいナイショだからな?」
シルもそれに続くように、ふわりとティアの肩のそばへ浮かびながら言った。
「精霊は怒ると怖いんだよ~……」
ティアは、ふっと笑った。
焚火の炎が、その笑みに呼応するように、やさしく揺れた。
「いいよ、約束する。……話してもらえるかな?」
焚火の炎が、ふたたび温かな光を広げる。
風は穏やかに吹き、ティアの頬をやさしく撫でていた。