第2話 森のざわめき
村の北、森の手前にある小道に、討伐隊が集まりつつあった。装備の整った青年が三人、狩猟経験のある中年の男がひとり、そしてティア。
「本当に、大丈夫かい? ティアちゃん」
不安げに尋ねたのは、隊のまとめ役を任されたラルスだった。彼は村で一番腕が立つ猟師で、ティアが物心ついた頃から知っている顔だ。
「はい……できることを、やります」
ティアは短く答えた。腰には村の鍛冶屋から借りた小さなナイフ。お守りのようなものだと自分に言い聞かせる。
「それに……風が、教えてくれる気がするんです」
ラルスは困ったように笑い、それでも彼女の目を見て頷いた。
「じゃあ……行こうか」
森は静かだった。けれど、どこか肌に刺さるような空気が流れている。
鳥の声がない。
落ち葉を踏む音が、妙に大きく感じられる。
「ラルスさん……こっち、かも」
ティアは立ち止まり、耳を澄ました。すると、風が背を押すように木々の間を抜けていくのを感じる。
その方向には、かすかな獣の臭い。
「……行ってみよう」
進んだ先には、倒れた鹿の死骸があった。まだ温かく、首筋には鋭い爪痕。
「これは……魔物に間違いない」
ラルスが低く唸った。
次の瞬間──木々の奥から飛び出した黒い影が、隊列に襲いかかる。
「来たぞ!」
咄嗟にラルスが矢を放ち、他の青年たちが剣を構える。だが魔物の動きは素早く、地を這うように飛びかかってきた。
ティアはその場に立ち尽くしていた。
恐怖ではない。
魔物が跳躍する。その瞬間、空気が“ひとつの軌道”を描くのを、彼女は見た。
ティアは、咄嗟に足元の石を手に取った。
(……触れて、馴染ませる)
魔力が指先から、ゆっくりと石へ染み込んでいく。まるで、自分の鼓動が土の声をなぞっていくような──。
投げた。
小さな石は、まるで風に乗るように魔物の横腹に命中し、重さのないそれは不可解な加速を生んで、獣の動きを狂わせた。
「今だっ!」
ラルスの矢が魔物の喉を貫いた。
倒れた魔物を見つめながら、ティアは手の中に残った石の欠片を握りしめた。
(……ナイフじゃない。でも、なぜかこっちを選んでた...)
静かに、風が吹いた。