第5話「赤髪の騎士見習い」
明け方、ギルドール本通りに荷車の列が伸びていた。春祭りを目前に控え、周辺村から穀物やワイン、羊毛が運び込まれている。レオンとリアナは、初めての護衛依頼で行商隊に加わった。西の丘陵に広がる農村ラッセルへ物資を届け、帰路は薬草と干し肉を積んで戻る――往復二日、危険度Eながら報酬は銀貨八枚。新人の資金稼ぎにはうってつけだ。
護衛はレオンたち以外に二名。ひとりは筋骨たくましい斧使いのロルフ、もうひとりは赤髪をポニーテールに束ねた騎士学院の少女だった。年はレオンと同じくらい、快活な琥珀の瞳が印象的だ。
「エリシア・アルテンよ。見習いだけど剣の腕は任せてちょうだい」
自己紹介は堂々としていたが、彼女の目がレオンのチェインシャツと新しい剣を見た途端、眉がぴくりと動いた。
「見かけ倒しじゃないでしょうね?」
棘を含む口調に、レオンは戸惑って笑う。
「まあ、腕は実戦で見てくれれば」
荷車がきしみを上げて発進。まだぎこちない四人の空気を、御者の陽気な歌が和ませた。リアナはエリシアの脇に座り、控えめに声を掛ける。
「騎士学院って王都のですか? すごい……」 するとエリシアは鼻を鳴らす。
「父がどうしてもって入れただけ。私は飛び級もしてないわ」
そう言ったものの、言葉の端に見栄と悔しさが混じるのをレオンは感じ取った。
◆ ◆ ◆
街道は平穏だった。昼過ぎ、小さな森林地帯へ差し掛かる。鳥の囀りが途切れ、嫌な静けさが落ちた。
「気配が薄い……」
レオンが囁く。ロルフも斧を肩に構えた。荷車が森の影に入り込む瞬間、矢が唸りを上げ御者台に突き立つ。馬がいななき、荷車が跳ねた。
「伏せろッ!」
左右の茂みから黒ずくめの盗賊が現れる。胸元には黒針の刺繍。レオンは即座に盾を構え馬の頭を守り、エリシアが抜刀と同時に前に出た。
「ロルフ、右の弓手を! 私は左!」
少女の指示は的確だった。剣を翻した一歩目で距離を詰め、二歩目で横薙ぎ。刃が弓兵の小手を弾き飛ばす。息を詰めた盗賊が短剣に持ち替えるが、エリシアは躱して柄頭で顎を打ち、即座に峰打ちで失神させた。
レオンも盾突きで一人を弾き飛ばし、剣を逆手に切り下ろす。リアナは荷車横で詠唱、「《アクア・スネア》」で足を絡め取り、ロルフの斧が盗賊を昏倒させた。
だが奥から現れた大柄な男は、瘴気紫の棘付きメイスを振り回している。紫水晶が核に埋め込まれた禍武器――井戸で見た結晶と同質だ。瘴気が漂い、草を黒く枯らす。エリシアが切りかかるが、棘メイスの一撃を盾で受けて弾き飛ばされる。少女の細腕では重すぎた。
「下がれ!」
レオンが割って入り、盾でメイスを受け流す。衝撃が腕を痺れさせるが、紫瘴気が盾表面に染みる前に光魔法〈ルクス・バリア〉で洗い流す。隙を突き剣で肩口を裂くが、瘴気が血を黒く染め男は痛みを感じない様子で笑った。
「ほう、女神の加護か。だが貴様らには過ぎた力だ」
「盗賊が神の名を語るな!」
エリシアが再度前に出る。レオンは彼女の剣筋を読み、呼吸を合わせた。盾でメイスを上段へ誘い、エリシアが踏み込み胴斬り。男が拳で殴りつけようとした瞬間、リアナの氷矢が手首を貫き動きを止める。レオンはすかさず剣を逆袈裟に振り、紫核を割った。男は黒い血を吹き倒れる。
◆ ◆ ◆
盗賊は五名、うち二名重傷で拘束、残りは戦闘不能。荷車と商人に被害はなかった。ロルフがロープで盗賊を縛りながらうなる。
「こいつの武器、毒どころじゃねえぞ。瘴気が骨まで侵す」
リアナが浄化水を振り撒き周囲の汚染を抑えた。
エリシアは折れた小盾を見下ろし唇を噛む。
「私、足手まといだったわね」
レオンは首を横に振る。
「そんなことない。指示も速かったし、初撃で弓兵を止めたのは大きい」
少女は顔を赤くしそっぽを向く。
「お世辞はいらないわ」
それきり口をつぐんだが、再出発の前にエリシアは小さく呟いた。
「ありがとう……助かった」
その背にレオンは笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
ラッセル村は丘陵に寄り添うように木造家屋が並び、白い花畑が初春の風に揺れていた。商人は荷を引き渡し、村長に盗賊団の脅威を伝えると驚きと感謝の言葉が返ってきた。宿の梁には干したハーブが香り、村の子どもたちが英雄を見る目で四人を囲む。エリシアは照れ隠しに子どもたちへ剣の素振りを教え、リアナは簡単な水魔法で噴水を作って拍手を浴びた。
夜、村の炉端で質素な宴が催される。蜂蜜酒と焼きチーズ、葱入りの麦粥。エリシアは杯を傾け、ふいと真顔でレオンを見る。
「あなたの光魔法、王都騎士団の教本にもない技だった。どこで学んだの?」
レオンは少し迷いながら「旅の師匠から」とだけ答える。
前世の知識や天賦再誕のことは語れない。
エリシアは納得しきれない表情のまま杯を干した。
「私、強くなりたいの。学院じゃ机上の理屈ばかり。今日みたいな実戦で通用しない技術は意味がないわ」
琥珀の瞳が炎を映し、真っすぐにレオンを射抜く。
「だったら、一緒に鍛えよう。剣でも魔法でも、学べることは互いにある」
少女は驚き、そして挑むように笑った。
「後悔しないでよね。私は本気で喰らい付くわよ」
リアナがほほえみながら二人の杯へ蜂蜜酒を注ぎ足す。
「強くなるために、乾杯……!」
三つの杯が重なり、火花のように黄金の雫が飛んだ。
◆ ◆ ◆
翌朝。帰路は平穏だった。街門前で解散となり、商人から報酬と干し果物の差し入れを受ける。ロルフは豪快に手を振り鍛冶屋へ消え、エリシアは胸に手を当てレオンへ向き直った。
「ギルドで、また会いましょう。剣の稽古、忘れないで」
レオンは快くうなずく。
「もちろん。リアナも一緒に」
少女は柔らかく微笑み、エリシアへ会釈した。赤髪の騎士見習いは背を向け、跳ねるような足取りで王都行きの馬車広場へ向かった。
「良い人ですね」
リアナが言う。
「強がりだけど、根は素直だと思う」
レオンは笑い、一歩前へ踏み出した。仲間が増える予感――胸の鼓動が旅立ちの太鼓を打つ。
◆ ◆ ◆
陽射しが傾くころ、ギルド本部掲示板に新たな札が貼られた。〈黒針〉残党の潜伏先調査――推奨Cランク。札に添えられた墨字がレオンの目を引く。『瘴気武器の出所に関する情報を急募』。井戸の禍紋が脳裏を過ぎり、剣の柄を握る指に力がこもる。
「まだ早いかもしれない。でも、近づく足がかりにはなる」
リアナが不安げに覗き込む。
「危険度C……でも、調査なら戦闘は回避できるかも」
二人は見つめ合い、こくりと頷いた。闇神教と盗賊団が繋がる前に、真実を掴む。それは小さな決意だったが、後に大きな渦を呼ぶ第一歩となる。
◆ ◆ ◆
夜。レオンは宿の小部屋で新しいショートソードを磨き、その刃に自分の映像を見た。赤髪の少女、翡翠の瞳の魔法使い。仲間の顔が並び、剣の中でひとつの灯火になった。
「諦めない。それが本気だ」
呟いた声を金属が反射し、淡い光となって部屋を照らした。外では祭り支度の太鼓が鳴り、ギルドールの夜が華やかに息づいている。少年は剣を置き、窓を開け放った。春の匂いと共に、遠くから笛の音が届く。――旅はまだ始まったばかりだ。
そして明日も彼らは歩く。自由と仲間と、決して折れない誓いを携えて。