閉話3 ジェーン・カラミティの暴走
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私、ジェーン・カラミティはカール君の母君と大聖堂の前で待っていた。
ところがいつまでたっても出てこない。
あまりに遅いので、教会の使用人に尋ねると、「ああ、あの魔力なしの奴でしたら国外追放になりましたよ」とこともなげに言い放った。
どこに行かされたのかと尋ねたが、さあ?と言って、さっさと行ってしまった。
他の奴に聞いてもみな答えは同じだった。
泣き崩れる母君を馬車に乗せて、家に送ってもらってから私は大聖堂に乗り込もうとして、警備の聖騎士に止められた。
「私の夫が国外追放されたと聞いた。どういうことなのか、どこへ追放されたのか教えろ」と暴れた。何人か聖騎士を倒したが、一度に多くの騎士たちに取り囲まれ、地面に抑え込まれてしまった。
「どこへ行ったなぞ知らん。奴は魔力がないことで王家の面汚しとされ、国外永久追放されたと聞いた。もうあきらめろ。しかし夫が追放された悲しみはわからんではない。今回は不問にするが、再び暴れたら処刑するぞ」騎士たちの隊長はそれだけ言うと、私を放り出した。
私は、ふらふらと家に戻った。
家にはセバスチャンがいて、「お帰りなさ……、どうされたのですか、お嬢様!」私の方を見て、一瞬微笑んだ後、鬼の形相で私の側に来た。
「服は泥だらけだし、顔が真っ青です。カール様のお姿もない。いったい何があったのですか」と尋ねるので、「カールが国外追放にされた。魔力がない、王家の面汚しだと言われたらしい」と言うと、「カール様の魔力は大変素晴らしいものです。きっと王家の中で何か陰謀があったのではないでしょうか。下手に手を出すとお嬢様が危険です。ここは様子を見ましょう」と言って、「カール様なら大丈夫です。素晴らしい魔力と剣の能力、とても12歳とは思えない胆力と知識、絶対に戻ってきます」と言って微笑んでくれた。
「爺、わかった。信じて待つ」そう私は言って、涙を拭いた。
一か月ほどした時、私が仕事から帰り路に、一人の冒険者らしき男に声をかけられた。
「カラミティ様ですね」
「そうだが何の用だ。物取りなら相手になるぞ」と言って、護身用の短剣を出そうとしたら、首を振って「お手紙を預かってきました」と言ってから、手紙を渡してきた。
訝し気にその手紙を見ると、なんとカール君からじゃないか、急いで中身を検めるとどうやらダイグランド王国の王都ワペモにいることが分かった。そこにある王立学園に元気に通っているそうだ。
私は嬉しくなった。すぐにでもダイグランドに行こうと考えた。
「すみません。お返事を書かれますか。書かれるようでしたら明日のこの時間にまたこの機場所に参りますが」と言ったので、「いや、直接行くから大丈夫」と答えた。
私は家に戻り、手紙の内容を伝えて、カールに会いにセバスチャンに仕事を辞めてダイグランドへ行くことを伝えた。
セバスチャンは慌てて「お待ちください、お嬢様。お仕事を辞めるのは良いですが、貴族が外国に行く場合、宮内省に旅行申請を出さなくてはなりません。それによっぽどのことがない限り貴族の外国旅行は認められません」と言った。
「それじゃ貴族をやめる」と言ったら、「お嬢様、領地の民のことはお考えですか。母上様、父上様やご先祖様が守ってこられたカラミティ男爵領を捨てるというのですか」と言われた。
私はハッとなった。先祖が守り継いできた領土、母上と父上が守った領土、それを守るのが私の役目だ。
「すまなかった。すっかり浮かれていた」と落ち込むあまり床に座り込んでしまった。
セバスは私を椅子に座らせると、しばらく考えた後、「そう言えば、来年ですが第一皇子がダイグランド王国に訪問すると聞きました。王位継承を認めてもらうためと聞いております。その際の遂行員の中に混ざってはいかがでしょうか」と言った。
ダイグランド王国は、この北大陸南部の国々をまとめる大国で、ハイフィールド王国はその国の服属国のようなような立場であった。そのため、王位継承などの重要な国事行為の際は、挨拶に行き、承認を得る必要があった。今回の訪問は第1皇子が王位継承を認めてもらうための訪問のようだ。
「しかし、私にはその伝手がない」
「それならば父上様の愛人でしたオークレイ様を頼ってはいかがでしょうか」
「アニー小母様を!」
アニー・オークレイは母の親友だった女性だ。母が父と結婚式をした時に、その時呼ばれたアニー小母様は父を一目見て気に入って、「私を愛人にしてほしい」と母に頼んだそうだ。
母は「アニーならいいか」と言って、父を共有することを認めたらしい。
まあ、その時すでにアニー小母様はオークレイ男爵家を継いでいて、一人の男が二つの女男爵の配偶者になるのは王宮の許可が下りず、正式な結婚はできなかった。しかし、アニー小母様が愛人でも構わないということだったので、籍は入れず、事実婚のような形ですましていた。
貴族としてそれでいいのかだって?
女貴族の場合、過去にもいろいろ事情があって未婚のままで子どもを作ることはたまにあったし、そのことについて貴族世界では深く詮索しないことになっている。
聞いたところ、大昔に女男爵が未婚のまま子供を産んだことを馬鹿にして、相手はきっとろくでもない奴に違いない、女の貴族位を取り上げるべきだと、王に進言した貴族がいたのだが、実はその子の父親はその王自身で、その貴族は王の逆鱗に触れ、お取りつぶしの上、家族もろとも国外追放されたことがあったらしい。
それ以来、女貴族の未婚での出産には、その背景に何が隠れているか分からないため、一切詮索しないという暗黙の了解ができたそうだ。
父は、二人のもとに交互に通い、たまに三人で仲良くしていたらしい。
母と父の間には私が、アニー小母様と父の間には女の子も生まれ、幸せに暮らしていた。
ところが、父と母が死んで、私は貴族世界から半追放の処置を取られた。
オークレイ家は、母たちが参加していた戦線ではない別のところにいたのと、愛人だったので籍に入っていないため、この失脚騒ぎの累が及ばなかった。
それでもあまり関係が深いところを示すと、オークレイ家、つまり小母様に罪が及ぶ可能性があるので、罪に問われないよう距離を取った。
それでも小母様はたまに手紙を下さるなど、いろいろ気を使ってくれた。
事件から10年以上経つし、会うぐらいなら問題ないだろうと考えた。
小母様に手紙を書いて、面会を求めると、すぐに会ってくれることになった。
「ジェーン、元気だったかい」と小母様は私を抱きしめてくれた。
「小母様こそ、相変わらず若々しく、おきれいですね」と言うと、「もう50過ぎだよ私は。そろそろ退役して、領地に引っ込もうかと思っているんだ」と笑って答えた。
小母様は、背も高く、スタイル抜群で、いかにも武人という凛々しさを持ったあこがれの人だった。
久しく会わなかったが、スタイルは変わらず、姿勢もきれいで、いかにも軍人という覇気を持っているところは変わらなかった。
「ジェーン姉さん久しぶり」と言って、20代半ばくらいの女性が一緒にいた。
「もしかしてドロシーなの?うわ、小母様に似てきれいになったね」と言った。
ドロシーは父とアニー小母様の娘で、異母妹に当たる女性だった。
「うふふ、ありがとう。ジェーン姉さんも元気でお変わりなく」と言って微笑んだ。
「それで今日はどんな用だい?突然会いたいなんて、何か私に頼みがあるのではないかい?」と小母様は言ってきた。
私は事情を話した。
「つまりジェーンの婚約者が無実の罪を着せられて、ダイグランド王国に国外追放されたので、会いに行きたいが勝手に国の外に行くこともできず、それならば来年予定されている王子のダイグランド王国行に便乗したいと、そういうことかい」
私はうなずいた。
「なら何とかなるぞ。私とドロシーはその使節団の一員としてダイグランド王国に行くことになっているからな。私の随行者として潜り込むぐらい何とかなるぞ」と言った。
「アニー小母様達が使節団の一員で行かれるのですか?」と尋ねると、「私ももうすぐ退役だからな、まあ最後のご褒美というわけさ。男爵の身分で中佐までなれたんだ。私は満足しているよ。ドロシーは私の副官扱いさ。ドロシーはまだ少尉だけど、私が来年の使節団の随員の仕事が終わって退役したら、その代わりに中尉に成れるらしい」と何かあきらめたように言った。
「母さんほどの武勲があっても、中佐どまりってなんか納得いかないけど、そういうもんなんだね」とドロシーもあきらめ顔で言った。
だいたい、この国の身分では、男爵なら少佐、子爵なら中佐、準伯爵なら大佐が限度で、それ以上行くことはほとんどない。
「小母様、本当にありがとうございます」と頭を下げた。
「何言っている。ジェーンの母さんとは親友で、夫の○○○を分け合った仲だ。お前のことも実の娘のように思っているのだよ」
うん、すごく気持ちはうれしいけれど、〇〇〇って露骨すぎ。
「ところで姉さん、婚約者って、どんな人?」ドロシーが興味津々で聞いてきた。
「年下なんだけど、すごくかわいくて、すごく強くて、すごくかっこいいの。ドロシーの旦那さんはどんな人?」
「まだ独身なんだ」
「えっ、ドロシー位美人ならいくらでもより取り見取りじゃないの?見合いの口もすごくあるんじゃない?」私は驚いて聞いた。
「私さ、母上と同じ趣味なんだよね」
「ああ、年下好きなのね」
「見習い騎士の男の子でいいのがいないかなって色々物色しているのだけど、どれもいまいちなのよね。そう言えば、姉さんの婚約者っていくつ?」
「12歳……」
「姉さん、それ犯罪だよ。うらやましい。私にも会わせて」ドロシーの目がらんらんと輝いていた。
「会わせてもいいけど、あげないよ」
「取ろうとは思わないよ、でも姉さんが気に入った子でしょ。すごく気になるな。私が気にいったら分けて」ドロシーはニコニコしながら言った。
「あはは、やはり我が娘だな」と小母様はニコニコしながら聞いていた。
「まあ、ドロシーとだったら、分けてあげてもいいか」姉妹だし、カールもきっと気に入ってくれるだろう。
「あはは、ジェーンもお前の義母さんにそっくりだ」と懐かしそうに言った。
とりあえず、来年はダイグランド王国に行けることになったので、とりあえず手紙を出そう。
ただ、普通に手紙を冒険者ギルドに頼んだのでは、国に差し止められてしまう可能性が高い。個別に冒険者に頼むと訳アリということで、費用がかなり高くなる。
あの時、断らずに手紙を書いて渡しておけばよかったと、悔やんだが遅かった。
お金を工面して、カール君のいる学園あてに手紙を出した。無事に届いてくれよ、と祈った。
王立学園事務室にて
事務員の一人が今日学園に来た手紙を整理していた。
「これはあっち、これはこっちと。あれ、これはさっき冒険者が持ってきた手紙だけど宛名がカール・ハイフィールドだって?そんな生徒や職員いたっけな?名簿で調べてみよう。う~ん、いないな。あっ、サイト事務長が戻ってきた。聞いてみよう」
手紙を渡されたサイトは表紙を見ながら考え込んでしまった。
カールという名前は結構ありふれており、この学校に何人もいる。冒険者が直接持ってきたということは訳アリの手紙みたいだし、あてずっぽうに渡すわけにもいかない。開けるわけにもいかないしな。
よし、コッソリ中身を見てやれ。
薄いナイフをノリで張っている部分に入れて、ゆっくりと剥がしていくと、ほらうまく開いた。どれどれ、と。中身は恋文か、ああ、読んでいてこっちが照れてしまうぐらい熱い文書だ。ハイフィールド?追放?これって、カール君のことじゃないか?今たしか第二王子様と一緒に出掛けていると聞いたな、帰ってきたら聞いてみるか。
そして、手紙は引き出しにしまわれた。サイトが手紙を渡しそびれているうちに、戦争が始まって、カールは戦争に行った。
私は毎年初詣に地元の神社に行きます。宗教嫌いな方には申し訳ないです。
ちなみにもっと多くの人が作品を見てもらえますようにと他力本願的なお願いです。
自分で努力しろって話ですよね。