閉話1 ルキア軍側の実情
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ダイグランド進攻軍司令官及び第1軍長アレキサンドル・カリーニンの日記
10月14日 私は現在、この険しい死者の山脈を超え、敵のダイグランド王国の北部を奪わんと兵を動かしている。
敵も無能ではないので、相当の兵力を用意し、おとりとして派遣している第2軍と激戦を戦っているはずだ。
第2軍の司令官は有能な奴ではないが、それなりに戦いはできる奴だ。
命令していた通り、敵を引き付けてできるだけ持久してもらえれば、あとは我々が後方から片付ける。
そうすれば、あとは北部一帯を占領し、敵との講和により北の領土の一部を取ればいいだけだ。
まあ、そのあたりの交渉は外交専門の官僚に任しておけばいいだろう。
より条件の良い講和を結ぶため、出来るだけ占領地は増やしておかなくてはな。
そのあとはこの地の領主として、王から認めてもらえばいいのだから。
王からも勝利の暁にはこの地の領主にしてくれるという内諾はもらっている。
国の西方である北ベライナ郡にある領地は王に渡さなくてはならないが、極北地方に隣接する寒い痩せた土地に未練はない。
これから攻め込む土地は鉱業が盛んで、土地も肥沃だ。
我が国の穀倉地帯であるハバル州よりも豊かであると聞く。
私は輝ける未来で胸がいっぱいだった。
この輝ける道程を記録しておこう、そう思い、私はこの戦いの期間、日記をつけることにした。
10月16日 私は軍の後方で軍を指揮しながら進んでいた。
「司令官殿、ご報告です」一人の伝令がやってきた。
「なんだ」
「魔法部隊が土砂崩れに巻き込まれ、全滅したとの報告がありました」
「なんだと!魔法使いは皆死んだのか?」
「前方で道路の修復にあたっていた土魔法使い10名は無事でした」
私は考えた末、「わかった、持ち場に戻れ」と答えた。
魔法部隊が全滅したのは痛いが、この道では土砂崩れが多いのは、事前に調査、確認した中にあった。 土砂崩れに巻き込まれて、兵の一部を失うのはやむを得ないと思っていたが、まさか魔法部隊を失うとは。
大丈夫だ、冷静になれ、このくらいのアクシデントでうろたえるな、まだ大丈夫だ、わが軍は戦える。このまま進むべきだ、そう私は判断した。
10月21日 今日で進軍を始めて一週間がたった。道はあちこちで寸断され、魔法使いは大忙しだ。生き残った魔法使いはフル回転で使用した。
問題が出てきた。食料等の補給がまったく来ないのだ。我々の行軍の後に補給部隊が補給を行うことになっていたが、姿が見えない。
調査隊を送ったところ、我々が進んだ道が土砂崩れで寸断されていることが分かった。
これでは補給は難しい。一旦進軍を中止して、後方の取斜崩れを修復し、補給ができるようにすべきだろう。
そう判断し、土魔法使いたちを後方に送った。
魔法使いたちを確認したところ、5人しかいなかった。皆疲れ切っていて、顔は青ざめ、杖にすがって何とか歩いている状態だった。
「あと5人はどうした。休ませておく余裕謎ないのだぞ」と5人を率いる隊長に怒鳴ったところ、「あとの5人は亡くなりました」と答えた。
聞いたところ、魔法の使い過ぎでふらふらになっていて、崖から足を滑らしたり、意識を失いそのまま亡くなったものなどで、半分に減ってしまったとのことだった。
「とにかく早急に後方の土砂崩れを修復せよ」と命じた。
10月28日 進軍を始めて更に一週間がたった。予定ではすでにダイグランド王国に到着しているはずだった。
食料は無くなり、水は山から湧く水を飲んで過ごした。
周辺は排泄物だらけで、異臭が漂っていた。
「まだ修復は終わらないのか。魔法使いたちはどうしているのか」と尋ねると、「何か所も寸断されていて、修復に時間がかかっております。魔法使いたちはすでに全員亡くなり、今は一般兵を使って修復を行っています」と側近から報告があった。
その時、顔にポツリと当たる物があった。手で顔をなでると水だった。空を見上げると、ぽつりぽつりと何か降ってきている。
雪だ!まずい、このままでは道がふさがれてしまう。この道が使えるのはせいぜい11月の半ばまで。 補給の関係で出発が遅れたため、すでに11月になろうとしている。
このままでは、敵地に攻め込む作戦は失敗に終わってしまう。
第2軍の通っている道は12月頭まで使えるが、引き返して第2軍と合流するなどかなりの恥だ。というか、引き返す道もあと開通までどのくらいかかるか分からない。
犠牲を顧みず、突貫でやらせたとして、あと一週間で終わるかどうか、それで全軍を引き返させるとして、更に一週間から10日はかかるだろう。
その後全軍を率いて、第2軍と合流するのに何日かかるか。
引き返して、第2軍と合流して、敵に攻めこんだとして、攻略が12月まで間に合うかどうか大変怪しいところだ。そうなれば作戦は失敗だ。
司令官の私は処分されるのは間違いないだろう。降格、軍の除籍ならば幸運、通常なら領地没収、爵位はく奪、最悪処刑もありうる。絶対に嫌だ。こうなったら、突き進むしかない。
私は全軍に進軍を命じた。
11月8日 進軍を命じてから10日が経った。雪は積もり始めている。土砂崩れも頻発し、兵たちを飲み込んでいる。道の修復には、人海戦術で行っている。当然被害も多い。
しかし、この道の寸断状況はひどすぎる。
やっと直したと思ったら、直ぐ土砂崩れの跡だ。修復は夜も行わせているが、崖から滑り落ちるものが多い。
落ちたら助からない高さだ。
すでに食べるものはなく、燃料も尽きてきた。雪を解かすこともできず、雪を口に含んで溶かして飲んでいる状態だ。
あと、病気の者が増えている。高熱を発してふらふらしている者が次々出ている。
治療師を送ってなおさせているが、次から次へと出てきて治癒師たちの魔力も限界に近い。
11月18日 進軍を命じてから20日が経った。すでに雪は積もり、雪崩が発生するようになった。
吹雪もひどい。風で吹き飛ばされる兵も出ている。
兵たちは寒さで凍えて死ぬものが続出している。死体は最初は葬っていたが、埋める体力もなくなり、道のあちこちに倒れたままになっている。その上に雪が積もり、そこにまた死体が倒れている。地獄だ。
すでに兵たちはあちこちに離散し、思い思いに下山ルートを探している状態だ。
我々は比較的広いところに雪洞を掘り、そこにこもっている状態だ。
夜は、眠らぬよう足を踏み鳴らしながらこらえ、昼の少し暖かくなった時に身を寄せ合って寝る生活だ。
食べるものは、転がっている死体を口にしている。火はないから当然生だ。カチカチに凍っている肉を口の中で溶かしながら食べている。
ここにいるのは10名程度だ。
12月1日 12月に入った。生きているのは私一人だ。指が真っ黒になって動かなくなってしまった。
顔はひび割れだらけで、血が凍ってこびりついている。
私は死体に直接かぶりついて、その肉を食って生きている。日記は書き続けている。指が動かなくなってからは口でペンを咥えて書いている。
春までなんとしてでも生きなくては。
12月5日 生きたいという気力だけでここまで頑張ってきたが、すでに意識はもうろうとしており、これ以上は無理だと悟った。
兵士たちのうち、誰か一人でも生きて下山できればいいのだが。
何を失敗したの
この日記は翌年春に、カールが第1軍の様子を見に行った時に発見した。
カールが飛んで探したが生存者の影はなく、ふもとに降りた者もいなかったため、全員が死亡したものと思われる。
この道は危険なため閉鎖されることとなった。
第2軍にて
わし、ダイグランド進攻軍第2軍長フランスキー・チェルコフは歯ぎしりして悔しがった。
必要物資の調達が遅れ、本当は10月前には始めているはずの作戦が、10月半ば過ぎになってしまった。
それもこれも、商業ギルドが我々の物資調達を邪魔したからだ。本当にいまいましい。
軍のためなら、物資をただで供出するのが帝国臣民なら当たり前なのに、こちらは半分も金を出してやるというのに誰も売りに来ない。
調達しようにも商店に物がない。やむえず王都で物資を集めてもらい、こちらに運んできたのだが、それでも必要量の8割程度だった。
集まった物資も、山越えする第1軍がほとんど持って行ってしまい、我々にはわずかしか与えられなかった。
とりあえず、兵士たちには5日分の食料を持たせ、残りは後方から輸送させた。
ところが我々が行軍3日目に、いきなり前線にゴーレムが現れた。こいつらは魔法使いたちを使い全部破壊したが、そのすきをついて我々の補給物資をほぼ破壊若しくは焼かれてしまった。
わしは残余の食料を整理し、残った荷馬車に積ませた。
ほとんど損耗してしまったが、我々幹部だけなら10日はもつと思われた。
翌朝、わしは兵士たちに手持ちの食料を食い延ばすよう命じた。
敵の襲撃は翌日あった。ゴーレム兵による突撃だけだがな。4回ほど攻撃があり、そのたびに魔法使いたちに破壊させた。
5日目、とうとう敵に接敵した。そこには要塞ができていた。
突然、敵の魔法攻撃、爆裂石を使った砲撃があった。集中的に魔法使いたちに狙いを定めていた。
まずい!ゴーレム兵の対処のため、魔法使いたちを前に出していたのが失敗だった!
急いで魔法使いたちを下げるよう命じると、重装盾兵を前に出し、敵の攻撃を受けさせた。
更に、こちらの砲兵に砲撃を命じた。
しばらくは打ち合いが続いた。
敵の砲撃がやむと、鎗兵たちを突撃させた。
戦場には敵の罠があちこちに仕込まれ、矢も飛んできて、兵たちは次々と倒れて行った。
兎に角、我々の役目は敵を引き付けることだ。そのためにも攻撃を続けなくてはならない。
兵の一部が城壁にたどり着いた。
梯子を駆け上ろうとするも、一瞬で梯子ごと兵がまるこげになった。
夕方になり、兵たちを引き下がらせた。
今日一日の戦いで、死傷者は千人を超えていた。
負傷兵たちに治癒術師たちが必死に魔法をかけていた。
とりあえず、夕方の食事を終え、警備兵を置いて眠りに着こうとした。
深夜、敵の攻撃があった。またゴーレム兵だ。
魔法使いたちを使って退治しようとしたが、魔法使いの数は最初の3分の一を切っており、ほぼ魔力も使い切っていた。
兵たちを使って、何とかゴーレム兵を破壊すると、1時間ぐらいして、また襲ってきた。
これが一晩中繰り返された。
朝になり、我々は攻撃を実施した。
兵たちは昨日の対処で疲れ切っており、魔法使いも魔力がない状態で、まともな戦闘もできず、ただただ突撃を繰り返すだけしかできなかった。
その夜もゴーレム兵の襲撃は続いた。
これが3日続いた。
朝になっても兵たちは動こうとしなくなった。幹部たちが叱咤激励し、兵を前線に向かわせたが、次々と倒されていった。途中で座り込むものも多くいた。
その日の攻撃はグダグダのまま終わった。
幹部に兵たちに気合を入れるよう命じて、食事をとった。
営舎には、怒号とほほをたたかれた音があちこちでしていた。
当然その夜も襲撃があり、兵たちに対処させた。
攻撃開始の2日目以降、兵の死傷者数は日々100程度だった。この日の夜襲での死者はいつもより多く、300名にもなっていた。
すでに攻略開始から5日目になった。
飢えた兵士の一部が我々の食料を狙って襲ってきた。幹部たちと魔法使いを使って、せん滅した。
兵士たちの一部は逃亡し、その日は戦闘にならなかった。
攻撃開始から6日目、我々が宿営場所を出て10日が立った。
第1軍はどこまで進んでいるだろうか。予定では、2週間で突破でき、後方へ回り込むことになっていた。あと4日踏ん張らなくては。
本日も全軍に攻撃を開始させた。
此方の攻撃は魔法や矢を散発的に打ったにとどまったが、敵の攻撃は初日と変わらない規模で行われている。
前線の兵たちはあっという間に逃げ出してしまった。
動けない兵は敵の攻撃の餌食となった。
幹部の一人が逃亡する兵士を押しとどめようとしたが、槍で突き殺された。
それからはもう事態は収集できない規模まで膨れ上がった。
兵たちは反乱を起こし、幹部たちに襲い掛かっていった。
私は、このままでは殺されると思い、一部の部下とともにその場から逃げ出した。
このまま王都には戻れない。何か再起の方法を考えなくては。
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