なみだ
泣いていたらしい。
もう何年も泣いていない。
あの青い花のせい。
反射した鎖。
鳴き声。
音のある世界。
悠久をかける風。
少し砂けぶる。
どれくらいそうしていたのだろう。
ここの景色は、いつ観ていても飽きることなく続いていく。
このまま時さえ止まれば、ずっとこの景色を観ていられるのに。
そして、そう想うことさえ傲慢な考えなのだと、感じることができる。
それほどには、ここの景色に魅入られてしまう。
鳴き声。
呼ばれる。
いま流れる涙は、ここの景色の涙なのだろうか。
それとも、さきほど感じていた場所の涙なのだろうか。
悠久の時を生きる眼の前の生き物が、わたしを喚んでいる。
もう少し観ていたい気持ちと、喚ばれる役割に、わたしは気持ちが揺れる。
この生き物だって景色の一部なのだ。
そして、その一部がとてつもなく惹きつける。
「わかってるわ。でも、この景色を観ていたいと想うのは、きっとわたしだけじゃないはず」
鳴き声。
喚ばれる。
もう一度くらい、待ってみようか。
けれど、それは隣に降りたつ。
風をまとって、その身体を器用に制御する。
眼をみつめると、特に怒っているわけではないみたいだ。
どちらかというと、微笑んでいるようにみえる。
たぶん、もうずっと時間をわたしたちが感じているよりも遥かに、違う捉えかたをしているのだろう。
隣にきても話しかけてこないのは、きっとここからの景色を観て見慣れていても、また観ていようかと想うのだろう。
風がゆっくりとになり、砂が落ち着いていく。
有限にしておしゃべりで形が小さいくせに、総てを操ろうとするわたしたちと違う。
けれど、そこに意志が存在し生命があるというのだけは共通している。
わたしたち……わたしにできることは、その眼に、可能なかぎりの生命のきらめきと、ホンのひと欠片持っているはずの情熱を写すことだろうと想う。
「いくら観ていても飽きないわ。でも、いかなきゃね」
もう一度見ると、今度は眠たそうにしている。
どちらでもいいのかもしれないし、単純にわたしが飽きることを待っているのかもしれない。
けれど、ここに来れば、またわたしはジッとこの景色を眺めるのだろう。
少し風が吹いてきた。
少し長くなった髪を抑えて立ちあがり、服装を確認する。
身につけているネックレスの鎖が、光を反射する。
「もういいのか」
「ええ。ありがとう」
「礼をされるほどではない」
「お礼をしてもらうほうが、嬉しいんじゃないかしら」
「見返りをその都度求めるのは、ヒトの性格なのか、それともいまの流行りか」
わたしは、くすっと笑ってしまう。
特にここで議論をするわけではなく、わたしのお礼に対する態度は、いつものことだ。
それほどに、大したことではないのだろう。
となりに置いてあったバックを手にとり、肩にかける。
高い場所から、観るのは好きだ。
けれど、高い場所のなかでも、ここは特別の場所なのだ。
手で二、三度顔をぬぐうと、喉が乾いたことに気づく。
「喉乾いたわ」
「しばらくここにいたからだろう。ヒトには少々埃が上がりすぎる」
たしかに、少しの風が吹くたびに砂ぼこりが上がり、ときどき眼にも入ってしまう。
「持っていないの?」
「飲みものを持っていたら、おかしいだろう」
「あら、似合うかもよ」
「ふん、冗談だな。冗談はニガテだ」
笑ってはいないけれど、でも笑ってくれたようだ。
ジョーダンが "冗談" でその言葉の使い方が上手く伝わるようになったのは、いつからだろう。
割りと最近だ。
バックから、いくつかのアイテムを確認したあと、手帳とノートを取り出す。
手帳には、メモが挟んである。
頼まれたものと、それから連絡先だ。
急いではいないけれど、必要らしい。
そのあと、ノートに書き込む。
「それは、常にメンドウだな」
「あなたもあるでしょう」
「あるが、大雑把にわかればよい」
わたしたちが持つノートのことだ。
普段の日常の些細なことは、報告する必要はないけれど、作業や仕事、わたしたちの能力については、ノートに記載していくことになる。
特に怒られたことはないけれど、習慣になっているし、自身の記憶にもなる。
「描かなかったら、どうなるのかしら」
「さぁな。怒りにくるのかもしれないし、なにもないかもしれない」
「試してみようかしら」
「習慣になっているのだろう? 本当に忘れるまで、忘れていればいい」
「それも、そうね」
バックにしまったあと、髪を抑える。
言ってみてから、本当に喉が乾いたみたいだ。
途中で、どこか買える場所を探してみよう。
進みはじめる前に、一度振り返りまた景色を観る。
バックが少し落ちそうになり、持ちなおす。
「いくわ」
表情をみると、やはり先ほどとなにも変わらない。
怒っても飽きれてもいないらしい。
首から背中にかけて、かかっている鎖をもち背中に飛びうつる。
いつもそうしているように、少しだけ頭をなでる。
「いくぞ。もう少しだ」
落とさないようにバックを抱えると、竜はふわりと羽を動かして、ほとんど音をさせないで空中に上がっていく。
上空の高さのあるところでは、ほかの竜たちが同じように、ヒトや物を載せながら移動していく。
空の交通路のなかでも重要なこの場所は、いつ来ても優雅な景色が観られる。
きっと千年経とうと、変わらない。
「飲みもの、どこかで仕入れたい」
「がまん」
「ちょっとは優しくして」
「それは、未来の恋人としてくれ」
「なにそれ? 冗談?」
「冗談は、ニガテだ」
羽を少しずつ優しく動かして、加速していく。
わたしは思わず笑ってしまい、乾いたばかりの涙がまた落ちてくる。
なぜ泣いているのかは、わからない。
もしかしたら、観た青い花の所為なのかもしれない。




