青春の誰何
雨のそぼ降る帰り道だった。
中学校を出て、家に帰る途中に、きつい登り坂がある。
頂上には営業をやめたタコ焼き屋さんの小さなハウスがある。その人の気配のない砂利の駐車場から、助けを求めるような微かな声が聞こえてきたので、こほうぎどなたは足を止めた。
「どなた?」
思わずそう聞いていた。
「どなた? どなた?」
そう尋ねながら、傘を差しながら駐車場へ入って歩いていくと、それを見つけた。
濡れて崩れそうな段ボールの中に、トルコ石みたいに曇った瞳をした子猫が、たった一匹で鳴いているのだった。大きく口を開けて、助けを求めるように鳴いているのは、それが最後の力だと見てとれた。
どなたは制服のスカートがめくれて白いパンツが丸見えになるのも厭わずにしゃがみ込むと、子猫に話しかけた。
「あなたはどなた?」
降り続く雨が子猫の体力を奪っているのがわかった。そこは大きな松の樹の下で、雨の直撃は免れていたが、枝を伝って落ちてくる水滴に小さな体はびしょびしょになっている。
見つめ合いながら、思った。タコ焼きハウスの下に入り込めば雨は凌げるのに……ただ誰かが助けてくれるとひたすらに信じて、ここにずっといたんだろうな。
どなたは子猫の頭を撫でた。
家に連れて帰って、飼ってあげたい。でもお母さんが猫アレルギーだし、最近ペットショップでお迎えしたネズミ犬を飼いはじめたばっかりだし……。
何より上のお姉ちゃんがいじめるかもしれない。あのひと、弱いものを見たらマウントを取りたがるから……。
どなたは子猫を抱き上げ、上からボタンを2つ外すと制服のブラウスの中へ入れた。
小さな命が自分を頼っている。その体温と息遣いを胸に感じながら、失ってしまったあの子を思い出した。中1で産んだ自分の子供。娘だった。
ユーチューバーのナンパ男に騙されて産んだ子だったが、育てる気しかなかった。
中1で子供なんか産んではいけないと、なかったことにされた。
雨が寂しい記憶を目の前に呼び醒まし、目眩のように、ここにないものを現前させ、すぐに消えた。
「わたしはどなた?」
こほうぎどなたはそう呟くと、立ち上がり、歩き出した。登って来た坂を、降りはじめた。家とは逆の方向へ。
学校で猫を育てることを、先生たちは許してくれるだろうか。わからなかったが、この子に名前をつけてあげたい。そのことしか考えていなかった。
名前をつけて、この子が誰なのか、この世界でちゃんと名乗れるようにしてあげたい。そのことしか、考えていなかった。