5-5.
「手段、があるということですね」
「そうだ。当初から手立てだけは用意してある。偏光重力場を突破できる二人乗りポットのようなものだ。手段は存在する。ファリル、お前を選ぼうと思っていた」
「お見通しというわけですか」
洞察力の面で、まだまだ叶わないなとファリルは思う。
「私は必要かどうかで判断する。だが、孫の希望を無碍にするほど冷徹なわけでもない」
「ダルマティアは今後どうなるのですか?」
「極寒期は数十、あるいは数百年にわたると言われている。外の世界でそれだけの時間が過ぎ去るのを備えながら待つ。『星』の機構は限定的にしか解明できていないが、控えめに見てこのダルマティアの主観時間で一〇〇年程度は連続稼働するのだろうと見込まれている」
予め用意してあったかのように淡々とハインドホープは答えた。
「ハインリッヒ・イベントが起こった場合に備えて、あなた方が色々と手を打っていたことはわかりました。ただ、どのくらい精算があったんですか。ダルマティアが生き残れるという」
「成算はあった。我々は、自然をくり抜き穿ち、緻密な技術で壮麗な都市を築き上げたドワルフェンでもなく、豊かな自然環境の要地を抑え、守り慈しむことで文明を爛熟させたエルフィルでもなく、ヒト種の代名詞である穀物栽培すら不可能な環境の中、乏しい寒冷地で育つ野菜と根菜類、それから限られた夏の期間に栄養価が高く保存のきくチーズを作り保存するという土地に根ざした山家こそを範とした」
「寒冷対策の食糧ですか」
ファリルにとって、思い当たる節はいくつもあった。
「普門院が普及を奨励させている栗も同様だ。あれも大抵の土壌で育ちうる。極端な砂土や粘土質は難しいので海岸付近などには普及していないが。寒冷化に陥った際の備えは多くしてきた。キャンパス市の地下水道からは、地下都市にもつながる。シャーロットには、保存食の研究も率いさせている」
「あなたは断絶後、それから今回のいずれの政争においても勝者であり続けた。回顧録くらいは後世の歴史家のために書いては如何ですか?」
「お前も言うようになったな」
「あなたの薫陶をここ最近は多く賜りましたので」
「考えておこう」
そこで、何かを見落としていることに気づき、そしてじんわりと気味の悪い冷たさがファリルの背筋を侵した。何か、地面の下に蠢くそれを気づいてしまいそうな、薄皮一枚隔てたそこに確かに存在する誰かの意思の強さに酔いそうになる。
ファリルはごくりと唾を飲んで言った。
「あなたは、ベリーズ元調査官が偽報するつもりで言ったことを実現しようとされている」
それは重大な選択といえる。けれどファリルは知らない。それが何を意味するのか、帝国本土がそもどういう状態かすらわからないのだ。決起でも、反乱でさえないのかもしれない。ファリルは真摯なハインドホープの眼差しを見て、開きかけていた口を閉ざす。
すると少しだけハインドホープが笑ったように見えた。楽しそうに目を細めたのだ。
「ダルマティアの時間で一〇〇年とあなたはおっしゃった」
ファリルの言葉に、続きを促すようにハインドホープは何も言わなかった。
「帝国本土では五〇〇年。国家の寿命からみたら、滅んでいる可能性もある。極寒期を越せずに壊滅していることもありうる」
「そうした場合、ダルマティアは国となるだろう。だが、それはお前が思う反乱や決起ではない」
ファリルはそれが答えかと思う。
「本土は大きく変わってはいるだろうが、帝国の中枢にいるのは長命種だ。あの選良たちが間違えるかどうかをダルマティアが見届けよう」
「あなたがしたいのは、復讐なのですか」
「復讐か、わたしの中にそのような色づいた感情は残ってはいまい」
萎びた老人のようにハインドホープは呟く。
「お話は終わりですか。出発はいつまでに」
どこか腑におちぬ感情を抱きながらファリルは確認した。
「卒業するまで待つ程度の猶予はある」
部屋を後にしようとするファリルへ、ハインドホープが声をかけた。
「カッティ・プリモシュテンが周りに見せている楽観的な部分と、それとは逆に誰よりも冷静に俯瞰から物事を見ている部分はお前の糧になる。逸脱するものは、波に流されるのではなく自ら乗るものだ。旅立つ前に大いに学ぶといい」
珍しくわかりやすいアドバイスをハインドホープが述べた。




