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5-2. ハインドホープの語り 過去

本日で完結まで駆け抜けたいと思います

 はじまりは夏の日だったとハインドホープは語る。

 ハインドホープとウォーラースラインは、海軍士官学校のある帝国南部メスティアでの最後の日々を送っていた。任官は通例、最終日に公示される。


「私は既に内示を受けているんだが、ウォーライフ、君はどうなのだ」


 士官学校のある敷地で目的地に向けて足早に歩いていたハインドホープは後ろから追いつき、隣に並んだ友人の方をそれでも歩みを止めないままに向く。

 繊細な造形で形作られたと思しき鼻筋の通る金髪の青年、ウォーラースライン・アルティヌムはハインドホープと同様、有力貴族位階の推定相続人であり、帝国中部の侯爵位を受け継ぐ立場にある。現在でも伯爵位を有している。


「同じく。受けているさ。おそらくお互い同じ部署だろう。仔細は違うかもしれないが、大本という意味では同じことだろ」

「やはりか」

「だからこんなところで出くわしたし、これから向かう先には高速艇に乗った姫がいるのだろうよ」


 ウォーラースラインとハインドホープはつい半年ほど前、休暇で街へ繰り出した際にひとりの女性の手助けをしていた。暴漢に絡まれていた女性を助けるといった類ではなく、ある種のもの探しではあったが。

 その一週間後、二人の手元に丁重に装丁された手紙が届いたのだ。差出人は、帝国第三皇女エイプリル。書かれていた内容は、士官学校をお忍びで訪問するというものだった。

 そんな話をしているうちに、入構許可が必要な制限エリアに差し掛かる。ハインドホープが衛兵に事前に渡されていた命令書を見せると彼らは敬礼をしたあと、何も言わずに道をあけた。

 洞窟状に擬装された隠しドックに入ると、ひとりの女性が背後に部下らしき数名を伴って待っていることに気づいた。

 二人は顔を見合わせて、同時に駆け出して女性の手前数メートルで緊急停止し、敬礼する。


「楽にしてくれていい」


 楽しげな声を出すその女性は、半年前と同じなのは髪型くらいだろうか。軍装に身を纏う第三皇女は、水晶のような独特の虹彩を讃える切長の瞳で二人を見据える。


「内示を受けているだろう。わたしのスフラーフェンハーフェルに君たちがほしい。しかし、怪訝な顔をしているな。キミたちは」そう言ってよく通る声でからからと鈴のように笑う。


 ひとしきり笑ったあと、ああそうだと彼女はより一層楽しそうに付け加える。


「聞きたいことがあれば、手短にどうぞ。なぜ君たちかについては理由はあれど、答えられないけれどね」


 答えられることはないと言っているが、ハインドホープにとってそれはある種の答えであった。


「ウォーラースラインくんは、お父上から五〇〇年くらいは預かってくれていいと言われているよ」

「ご冗談でしょう」


 ウォーラースラインは首を振って、なんとか笑ってみせたが、ハインドホープは目の前の彼女のことをより知っていた為、それが冗談には思えなかった。彼女は確かに冗談を好むものの、同時に他者の運命とやらに介入できるだけの権威と力を持った長命種であるからだ。

 ノスフェラトゥの姫たる彼女にはヒト種の貴顕――最もハインドホープはそんな上等なものだとは思わないが、侯爵の命運であろうと左右できる。

 それにハインドホープには彼女に幼少期の大きな借りがあった。

 一方で納得がいっていないのか、ウォーラースラインは彼女にくってかかる。正式な辞令であるならば、厳罰ものではあろうが、ある種の横紙破りに近しいことが行われているので、彼女が許容している限りはギリギリセーフのラインであろうと判断し、ハインドホープは静観する。


「いくら、ノスフェラトゥの姫とはいえ、プラグイン・クラウドの許諾は得ているのですか?」


 ウォーラースラインは長命種エルフィルの末だった。ノブレスオブリージュの信念にしたがい、他の多くの若葉のエルフィル――生まれいづる時より三〇〇年以内を指す、と同じく軍に奉じることを選んでいた。


「もちろんだとも。君はエルフィルだが、その中でも技術士官としての腕は卓越していると聞く。お父上は、君に見識を広げてこいとのことだ」


 ハインドホープはそれに、と彼女が続けようとして口の中で止めた言葉を敏感に察した。近年、帝国と隣国との諍いは激しくなってきている。お互いが辺境領域での演習あるいは閲兵式をやる程度では飽き足らず、小規模な戦闘が続いているという。

 長命種は、寿命こそヒト種をはるかに凌ぐものの、肉体強度的には同等だ。若手といえど一〇〇年単位で生きており、指揮官先頭という古の思考様式を継承していることで、士官や高級士官と兵卒との戦士比率において、前者が後者を上回った事例も散見されるという。

 つまりは、親のエゴ、あるいは親愛なのだろう。そんなことをハインドホープは思う。そこまで考えたところで、肩を落とすウォーラースライン越しに彼女と目が合う。たおやかな仕草で彼女は口元に人差し指を立てて、蠱惑的な笑みを浮かべた。黙っていてね、とそう明らかに示すジェスチャー。ハインドホープは思わず、天を仰いだ。けれど目に映るのは、洞窟の天井ばかりであった。

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