5-1. ハインドホープの語り 現在
ファリルは厳粛な空気の立ち込める書斎でハインドホープから一枚のカードを渡される。側にはレミリアも控えている。
「元は、ガートナー艦長のものだ。カードキーになっている。ダルマティアにあるカードキーは全部で十一枚存在する」
つまり、皇帝勅任官の数と同じだけはあると言うことだろう。
「これはどこかに入れるのですか」
「『星』だ。限定的な権限を持つゲストIDになっている」
「これからお話いただく内容に、『星』が関わるということですね」
「ああ。今こそ、カニンガムとこのダルマティアの話をしよう」
「お願いします」
「ある計画が実行されていることを知ったのは勅任艦長としてこの港へ入ってからのことだ。厳封された勅書は入港後速やかに開封するべしという辞令が出ていた。開封に立ち会ったのは、ダルマティア着任と同時に退役することになっていた私とガートナー艦長、機関長の三名だ。退役時、任地に家族を呼び寄せられるという点を活用していたから先に入っていたお前の祖母は無事この地にいたがな。それから一男一女を設けて、その子供たちがお前とレミリアだ」
「そこまではわかります」
「ガートナー艦長は、星守になった。障壁を監視するためにな」
「まだ生きておられますよね」
「そうだな」
「ずっと疑問に思っていました。なぜあの見張り塔ではラジオが聞けるのだと。もちろん、灯台守のお爺さんが増築したのはわかっていますが」
「機関長のクレイトンは、ガートナーを敬愛していた。だが、ガートナーはクレイトンはダルマティアにあってこそと説得したのだ。せめてもの慰みにと、クレイトンはラジオアンテナを据え付けた。はるか沖合にいるガートナーが聞けるようにと。私はそこで主たる役務からは予定通り引退した。後はガートナーの好きにするがいいと思ったからだ」
ファリルは知っている。その後、カニンガムは民間の立場から来るべき災害に備えて、経済や物流、技術基盤の再構築に尽力したことを。
「残された若者たちは、想像以上にガートナーとその副長であるホーンブロワーを敬愛していた。多くが軍事予算の減らされる中、身を持ち崩していった
「それをキャンパスコープと普門院が救済した」
「そうだ。キャンパスコープの総裁は聡い男だ。一定程度までは、我々のしたことを気づいていた節もある」
「あなたがたは、一つの時代を確かに築いた。赤シャツ隊の理念の提唱者は確かにチェンバレンさんだと思うのですが、どうにも誰かが後押ししていた節があります」
この件に関して、ファリルはある種の疑いを持っていた。
「地域の協調関係を活発化することで、社会の効率性を高めることができるが、協調行動の促進には関連主体が信頼、規範、紐帯といった社会関係資本を共有する必要がある」
「それが汎ダルマティア思想だと? 排外主義の台頭を呼びませんか、案の定、赤シャツ隊の理念は一応そういうものですし」
ファリルは暗に肯定したハインドホープに次の疑念をぶつける。
「だが、山渡りや海渡りといった相違は、障壁制約によって形成される世界観、基層文化の広範な共有、対帝国への対抗心によって相対化された。支えられて育つのが子供、大人になるなら支え合う必要がある」
「ダルマティアの揺籃期は過ぎたということですか」
予想とは少し異なる答えにファリルは興味を惹かれた。
「そうだ。ダルマティアはダルマティアとして一体化し始めた。経済活動によって、研究し生産される多様な有価物は、同時に社会システムの維持の為の媒介物だ。チェンバレンは形を整えようとし、私は基盤を残そうとした。しかしながら、チェンバレンはダルマティアと一体化し過ぎた。だが、あれにはまだ未来もある。頭を冷やせば、また立ち上がるだろう」
「爆風消火だったとでも言いたげな感じですね」
「その解釈でも間違いではない。五〇年というのは、受け入れる時間だったのだよ。ファリル。海渡りたち以上に、山渡りにとっても祖国との断絶は非常に大きなものだった。お前たちには苦労をかけたが、今回海渡も山渡も多様性を持ちながら連帯した。その実績は後に生きるだろう。この五〇年で工業基盤の目処もついた」
「お祖父様。あなたはどこまで行かれるおつもりなのですか。いえ、ダルマティアをどこへ導かれるおつもりなのですか」
「少し、過去の話をしよう」
疲れたようにハインドホープは語り始める。




