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4-14.

その夜、カニンガム邸でレミリアと会話する。


「ファリル兄様の代わりはわたしには務まりませんね。兄様、母様の次のカニンガム家当主をわたしに譲るおつもりですよね」

「やっぱり、バレていたんだ」

「バレルも何も、隠す気もないでしょう。向いていると思いますよ」

「そうかな。僕はね、語りえるものについて沈黙することをやめたんだ。誰かが語らなければ、忘れ去られてしまうものだから。アラン・ガートナー艦長は確かに偉大だ。だから、それは後世に残されるべきだと思う。それに僕はまとめる人であって、枠組みを作り出す人ではないよ」


 中世の頃、王権乱立の御代では戦う人、祈る人、耕す人と三者に民草は分類されたという。その時代に生きていたら、ファリルは自分がいずれに該当したかを考える。恐らくという注釈がつくし、仮定であることは否定し難い話ではあるものの、きっと祈る人だと、ファリルはそう自分のことを改めて認識した。

 レミリアであれば、戦う人であろうか。婦女子が戦場に出ることがない時代だったとしても、彼女はノブレスオブリージュの名の下に民を、耕す人の為に立ち上がるだろうとファリルは思う。

 翻って自分自身が祈る人だと信じるのは、祈る人が智の探究者でもあるからだ。人は理解し共有する為に、取扱いやすい単位系を結実させる為、公理や知識を定義する。

 ファリルはそれをただ知りたいと考えている。知った次は、きっと次の知識を知りたくなるだろう。現実社会に応用するという考えは持てぬままに。


「レミリアやシャーロット伯母様、それからもちろんお祖父様。皆、足りないということを知っている。足りないものを見つけ、既存の概念を組み合わせ、あるいは新たな概念に昇華させ、社会実装する。それを楽しむことがお祖父様がいう公を楽しむという意味なんだと思う」


 カニンガムの家は問題を見つけ、解決するという思想潮流が主流なのだ。そして、ファリルはそこに自分自身との違いを見出している。


「ファリル兄様も、今回の件を筆頭に色々と解決なされているではないですか?」

「僕のそれは違うんだ。僕がしたのは流れを整えることだけ。色々な場所に散りばめられていた情報の欠片を一枚の絵に、あるいは一片の詩に僕なりの観点で再構築しただけ。今回の件も、レミリアが言っている件も」


 ファリルはある意味では、いずれ書いてみたい歴史書の一つの章、一つの節を執筆するつもりで今回の件に介入したのだ。カニンガムの家として特にメリットはない。むしろデメリットになりえたかもしれない件に興味本位で。

 著名な帝国の歴史学者エドワード・カーは「歴史とは過去と現在の尽きることのない対話」と残している。歴史はそれを綴る学者の置かれている時代意識の状況に大きく影響を受けて醸成されているという立場からの発言ではあるものの、今回浜辺で倒れている人物を見てからファリルが常に念頭に置いていた言葉でもあった。

 時代にはその時代特有の匂いが存在するとファリルは考えている。幼年学校の頃から、図書室には入り浸り、帝国史やダルマティア郷土史を読み漁ってきたから分かることもある。


「僕は、素直にすごいと思ってしまったんだ。この事件に関わっていた人は、それぞれ皆、自分の誇り、あるいは信条に従って行動していたんだと思うから」


 ファリルの扱う歴史学という分野でも、幾何などの数学の分野においても、学問には何にせよ最初の一歩が存在する。

 まず最初に仮定があり、そこから証明の展開、定理の導出が行われる。

 その定理を導き出す仮定、またその前提になる定理と無限に遡上し続けることは出来ない。だからどこかで「これは無条件に正しい」という何かを認めなければならない。


「ダルマティア近現代史の始まりこそが、障壁制約だということもできると思うんだ。そして、それを政治的にか経済的にか、あるいは人道的にか決めた人たち。それを前提に動いたお祖父様も含めてさ、僕はすごいと思ってしまう」

「そんな、キラキラとした目をされて」

「ごめんね、レミリア。失望したかな。自分勝手で」

「いえ、とことんまでファリル兄様らしいと思いました」

「それ、褒めているの?」

「ええ。褒めています」


 満面の笑みでファリルの疑問に対しては鉄壁のガードをしつつ、レミリアは楽しそうに佇んでいた。そんな様子にそれ以上の追求をファリルは諦め、話を続けるという選択をした。


「そういえばさ、都市の空気は自由にする。そんな言葉があるんだ」

「帝国のみならずかつての都市は城壁で囲まれていたので、農村部とは切り離されていたという話ですよね。身分不確かなものであろうとも都市で一定期間、経済活動に従事した後には自由と身分の保証を得られるという」

「そうだね。市民権を得られる。この話が頭の中でまとまった時にさ、一つ大きな違和感が残ったんだ」

「違和感ですか」

「あれほど、格好いいとお祖父様が言ったガートナー艦長、十一番目の名を持つ人がさ、部下たちをいくら名誉があるとはいえ、ただただ朽ち果てていくだけのミッションにつき合わせるかなって」

「確かに、大勢過ぎますものね」

「お祖父様がなんであんなに人材や資材を保持しているか分かったよ。ガートナー艦長に付き従った海軍の人をリクルートしていたからなんだ。カニンガム家の事業資材も軍船から転用されたものが多いんじゃないかな。特に計算機資源とか。昔から、妙に家の周りに技術に詳しい人たちが多いと思ったんだよね」

「リクルートするには限界がありますものね」


 レミリアの言う通り、陸兵とは異なり、海兵は基本的に何らかの専門技能を保持している。


「そうなんだよね。高度技能人材の育成には時間がかかる。でも、海軍の人はみんな技能職だ。高級士官だっている。こう言ってはなんだけど、多分リエカ大火も大いに活用していると思う」

「ああ、戸籍の転用ですか」


 レミリアがファリルと同じ答えにたどり着く。


「そうだね。燃えてしまった戸籍を再現して死人を生者に変える。そのくらいはお祖父様ならできるだろうからさ。地方長官とも結託しているわけだしね」

「こうして振り返ると、いろいろな方の思惑が混じっていたのですね」


 しみじみと疲れたようにレミリアは口にした。


「そうだね。整理が大変だった」

「でもお兄様はそれをなされた」

「歴史はそれを紡ぐ側の視点がどうしても入るんだ。僕が語ってきたダルマティア五〇年史もある意味でそういうものだよ。勝者が歴史を紡ぐ、この場合は生き残りかな。それにやはり僕だけの力じゃない。カッティやレミリア、チェイスさんや僧正様。それにヘンリーがいつかの食卓で、ヒントをくれたりもしたしね」


 多くの人の協力やアドバイスがあればこそ辿り着けたある種の歴史だったとファリルは心から思う。


「ヒントなんて、ああもしかしてトルデシリャスでしたっけ?」

「そうそう。偽名で上位ランカーになっているという話を聞いて、思うところがあったんだ。昔帝国の隣国のとある共和国でね、戦時下の首都であまり実戦経験のない最高指導者直轄の戦力と、傷痍兵が中心だけど歴戦の軍部直轄の戦力があって、軍部はクーデターを起こそうとした」

「その話だけを聞きますと、後者の方が勝ちそうです」

「まあちょっと僕にバイアスが入った状態で話してしまったね。ちなみに戦力比は二倍あった。軍部の方が寡兵で、さらにクーデターのタイミングや作戦についても最高指導者直轄戦力の方が内偵を進めていた」

「それでもクーデターは成功したんですか?」

「成功したんだよ。クーデター側にいたけれど、その後の政権運営とは距離を置いたアンリ博士という人が書いた『新共和国から見た帝国との関係の変遷』という本にその理由というか手立てが書いてあった。あれは、面白かったな」

「その方、本で裏事情を口外して大丈夫なのでしょうか?」


 レミリアが心配そうに言う。


「謀殺されたなんてことはないよ。逮捕されて以後、彼の安否確認は拒否されているからね」

「さわりだけ教えていただけますか?」

「簡単にいえばね。クーデター側は内偵されていることを利用して欺瞞情報を流し、クーデターにまつわる真に重要な連絡についてはオペレッタの俳優を経由して流したんだ。オペレッタが流行していた共和国では政権側やクーデター側問わず知識階級にファンが多く、楽屋訪問なんてのもザラだったらしいよ」

「芸事に関わる人間をスパイや秘匿連絡に使うとい古典的といえば古典的な作法ですね」

「まあそうだね。でも嵌れば結構見破りがたいから破綻もしづらい手だとは思うよ」

「ヘンリーさんの偽名の件ですが、その歴史秘話から連想するまでは仮にいいとして、ヘンリーさんは何を連絡していたんです?」


 レミリアの問いに簡単なことだとファリルは諭すように答えた。


「もちろん市の情勢だよ。沖合にいる旧軍人たちにね。電話線がつながっているから本来はそれで伝える意味もないんだろうけど。娯楽も必要だろうしね。それに、ガートナー艦長は伝記によれば、チェスやゲームがすごい好きだったらしいから、おそらくヘンリーに『大航海の夜明け』の作戦指示を出して、代理で打たせていたんじゃないかと思うんだ。だとしたら、凄いよね。名艦長と僕たちは競っていたことになる」

「ヘンリーさんに聞きにいきましょう」

「いいよ。こういうのは謎のままにしておいた方が想像の余地があって面白いんだ」


 歴史には時にそういうロマンもあっていいとファリルは思う。

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