4-13.
「当時のダルマティア新報の縮刷版は拝読しました。しめやかな出航であったとか」
「私はその場に立ち会うことはクレイトンの任務を代わりに受けたことで出来なかった。当時、残されたのは私やホーンブロワーを除けば若い士官や兵たちだった。残された彼らは故地から遠く離れた地で、名誉を獲得する場所を失った。帝国の海兵は陸の上で死ぬことをこそ恐れる。貧困に殺されるのではなく、同胞と差し違えてでも海の上で死にたいのだ」
それを愚かとは思わないとベリーズは付け加える。
「あなた達の思考はやはり、僕にはわからない。ですが、まだ僕たちの間に和解の芽は残されているようだと、聞いていて思いました」
「何が言いたい?」
「質問で質問を返すようで申し訳ないのですが、沖止めという言葉を知っていますか?」
「伝染病の流行期における沖合での感染防止措置だ」ベリーズは訝しげに答える。
「はい。一般的な沖止めはそうです。例えば、かつてヴェネットにおいては乗船者が感染している可能性があるとして、港に入れずに一ヶ月は船内に隔離されることになったと記録されています」
「それが、なんの関係がある?」
「ヒト種があまりいざという時に合理的な判断が出来ないという補助線を引いても、ガートナー艦長の行動には違和感が残ります」
「だが、実際にガートナー艦長は行った。それが君の好きな歴史的事実だろう」
「ええ、出航自体は事実です。けれど見方を変えれば、その先も変わってくる。話が飛躍しているように聞こえたら申し訳ないのですが。必然的に当時の地方府長官とガートナー艦長はグルだろうなと思います。それからもちろんチェイスさんも。フィヨルド地形の海岸線はかなり複雑だけど、近海漁業に限定しているし、地形の複雑さが故に目撃者からは守られる」
「待て……。何を、言っている?」
ベリーズはすがるように言葉を口にした。
「ごく近海にだから必要十分以上の安全領域を設けた上で、漁業域を限ったんだろうと思います。ちょっと航路を間違ってしまって沖合の禁足地に出たら、困ることになるので」
「きみ、それは……」
ベリーズは途中で言葉を紡ぐのをやめた。当然だろうと思う。もしかしたらと、万に一つの可能性があればと、彼自身が永年考えてきただろうことだからだ。だから、ファリルはその先を告げる。
「オリジナルイレブンの最後の一人、ガートナー艦長とその部下達。彼らは沖合の島にいたんです。境界線よりもかなり沖合に。同じような事例は歴史を紐解くと見つけることができる。かつて中世の港湾都市で行われた沖留めは疫病に罹患していたら全滅するか回復している頃合いだからそれだけ待った。でも、ここで行われたことは逆なんだと思います。彼らは名誉ある任務でダルマティア地方の守護者となった」
「どうやって、……いや、何から守護する?」
「軍人であるならば、最悪の事態に備える筈なんです。ベリーズさん、あなたなら分かるはずだ」
僅かな逡巡と、その裏で目まぐるしくベリーズの頭脳が回転をしていることが、相対しているファリルには分かった。
「……そうか、……障壁が狭まってくる可能性か。考えてもみなかったな」
ファリルの予想通りに、想定していた通りの解答をベリーズが導き出して口の端にのせた。
「広がっていく可能性もありはするでしょうね。灯台守のおじいさんとおんなじです。少なくともそれを見張る誰かが必要だった。名誉ある任務です。だから、責任感あるベテランばかりが集められたんだと思います」
灯台守と障壁守は同じく重大で、名誉ある仕事だろうとファリルは心の底から思う。船の安全を守る仕事と、ダルマティア全土の安全を守る仕事。どちらも重要で、どちらも無くてはならない。
「しかし、ファリルよ。ガードナー艦長が責任あると言ってもな。艦長ってぐらいだから年長の方だろ。こんなことは言いたくはないが、もうお亡くなりなんじゃないか。それに障壁が切れるっていう話を聞いたが、それが十年や二十年じゃなく、すでに五〇年続いているってことは、ベテランばかりだったら、最悪全滅しているだろ」
今まで黙っていたカッティが、残酷にも聞こえるようなことを口にした。ファリルはそれを否定する。
「彼らは時代から忘れ去られようとしていたから余り今の時代に資料は残っていないけれどね。前にカッティに聞いたよね。なんで、長命種は残っていないんだと思うって」
「ああ、砦の方にいっているんだよな」
「そうじゃない人もいたんだ。ガードナー艦長は長命種のエルフィルなんだよ」
それは明確に記録に残っている。
「ファリル兄様、そうなるとガードナー艦長をお祖父様が尊敬するといった真の意味は、帝国への救援を求めに障壁制約突破を試みることがではなく、ヒト種の寿命が切れた後でも、一人で生きていく覚悟をしたということですか」
「そうなんだと思う。それは、ノブレスオブリージュの一つの形だ」
「ガードナー艦長は生きていたのか」
それからしばらくの間、ベリーズはこれまでの様々なことについて思いを巡らせていたようだった。
「私は、二人殺した。人の生命は究極の法益だ。帝国法でも最も思い罪になっている」
「はい。そうです。ですが、ドワルフェンの特使の件は、チェンバレンさんとの決闘罪で処理する方向で決まっています。だから、あなたが問われるのはエルフィルの方の件だけです。懲役は五年から十年といったところでしょうか」
「そう、か。それが終わったら、墓参りをさせて欲しい。沖合の島に今もいるガートナー艦長にも謝りたい」
「ええ。然るべき筋に伝えて、取り計らっておきます」
「……感謝する」
それから看守二名が両脇からベリーズを立たせ、カフェを後にしようとするが、少しだけファリルはそれを待ってもらい、一つだけ事件とは何の関係もないことを尋ねた。
「聞かないんですね。僕が――なこと」
「さてね、君の事は学業のデータとここ最近の会話でしか知らんよ。さっぱりだ」
「ありがとうございます」
「何のことだか」
そうして、ベリーズは駐在官に連行されていく。けれど、連行されていく最中、扉の向こうでベリーズは振り返った。
何か言い残したことでもあるのだろうかとファリルは言葉を待つ。
「そうだ。このバーの先ほどのチョコレートドリンクはなんと言ったか」
「確か、ビチェリンです」
「なら、君がいずれ書き記すダルマティアの歴史で、世界に残すべき一〇〇のものの一つに加えておいてくれ」
真顔でそう口にしたベリーズに一瞬、ファリルは呆気に取られつつ、彼がそのままファリルを見続けていることに気づいて、強く頷いて答える。
「わかりました。必ず」
◇- 用語 補遺集 -◇
-------------------------
● ビチェリン
・ヘミングウェイが愛したチョコレートドリンク




