4-9. カッティとの作戦会議
ここから推理編が始まります
話は数日前に遡る。ファリルはカッティにある頼み事をしていた。
「これから、ノスフェラトゥを確保するだぁ?」
「それから、ローザさんとチェンバレンさん両方のアポを取りたい」
「お、おう」
それから僅か一両日ののちに、ファリルはプリモシュテン家のリビングにいた。これだけのスピードで、地方府長官と市長を兼ねるローザと面会が可能になったのはカッティの尽力が大きい。
事前に指定された日時で、足を運ぶ。地方府長官舎でもなく、市長公室でもないプリモシュテン家のリビングに通されたということがファリルの持ち出した話題に対するローザの姿勢を表しているようにも思えた。
そして、それはファリルにとってもありがたい。
「掛かっている絵、それだけはダルマティアの風景じゃないんですね」
ローザと会話する時、どういう切り出し方をしようかと考えていたファリルはリビングに通された際に一枚の絵に惹かれて一瞬、言葉を失う。リビングにはダルマティアの風俗画が多く飾られていたが、リビングの入り口から見て正面に飾ってある青い背景の中を飛ぶ渡り鳥たちの絵画は、ファリルの見知るダルマティアの有名な風景ではない。何より渡り鳥が来なくなって久しいダルマティアで白い鳥を見ることはなかった。
絵を背景に座っていた市長は、ファリルの言葉に後ろを振り返ることもせずに話し出す。
「マリ・スカイワードという著述家の親はね、動乱の続く日々の中で絵本で描かれていたラップランドという架空と現実の混ざった土地にユートピアがあるのだと。『世界はここだけじゃない、この空の果てにもっと広くて自由で素晴らしい世界がある』と考えて、幼少期を過ごしていたそうだ」
プリモシュテン家の家人が現れ、お茶を注いで立ち去った。
「帝国の北方領域のあたりでしょうか。カニンガム家の領地もある筈です」
「海峡貴族様だったね。あんたの家は。北方領域の三角貿易は帝国の財を作り出す要石だったからね。視界の大半が青い空か蒼い海で占められるあの土地を白い渡り鳥たちが飛んでいくその景色は草萌ゆる森と湖のダルマティアにはない優美さを感じたものだよ」
「訪れたことがおありに?」
「あんたたちでいうところのグランドツアーってやつさ。あたしの頃は高等学院も存在しなかったからね。家庭教師も本土からのお雇いで、基礎課程まで終えたら数年本土に出たよ。実体は辺境の有力者姉弟に、帝国本土の豊かさを見せつけるってな具合だ。でも、あたしはそんな豊かな土地にしたかったんだろうね」
「北方領域とて、歴史の積み重ねでそれだけの繁栄を得た。人がいなければ歴史は紡がれないと思います」
「人がいなければ誰も死なないし争いも起きないさ」
「それでは寂しいと思います」
「奇遇だね。あたしもそう思うよ。綺麗言を言ってみても、あたしらは泥に塗れて生き足掻く種族だ。ヒト種なんてのはそういうもんだ」
それはどこか彼女の生き方そのものを表しているようで、ファリルは不覚にも少しだけ感傷に浸る。
その言葉に透けて見えるこの五〇年の今の繁栄をしても洗い流しきれぬ労苦の残り香を僅かにかぎ取れたような心地がしたからだ。
「飲まないのかい。山家の茶葉だから、香りがいいだろう」
山家は春が訪れるのが遅い。そして、栄養も乏しい地味だ。しかし、茶葉はゆっくりと時間をかけて成長するほど、味良く、香りも濃厚なものになるのだという。
「ええ、いただきます」
どこかまろやかな、けれど確かに奥底にある確かな茶の香りはファリルの心を不思議と落ち着かせた。
そんなタイミングを見計らったのか、ローザは世間話を始める。
「スピカの近くあの馬鹿みたいに大きくて役に立つか立たないかわからない『星』の周囲にあるフレイグレイ盆地を知っているかい」
「独特の臭気が香る場所ですよね。臭気はひどいにせよ、温水施設があることで、スピカの街が出来たと」
「因果関係が逆なのさ。あそこは、地熱があって元々温泉が出るんだ。最近は殺菌作用のある茶を浮かべた露天茶風呂なんてのが流行っているらしいが、それこそわかっってる奴がやったんだろうね。『星』から供給されているんだったら、そこまでする必要もないだろ」
それはファリルにとって意外な話だった。
「『星』の給湯施設が直ったというのはじゃあ?」
「キャンパスとリエカを結ぶ鉄道の線路を引くにせよ、途中で村や街を設けておけば安心だろう。二時間以上かかるんだから人里を近くにおいておきたいというね。あの星は大体大きすぎるせいで日当たりも悪いから農地には向かない」
「鉄道の駅の周辺には人が集住して発展するという学説が根強いみたいですけど」
「そんなものは十分に人手がいて余っている場所の話だろう。ここにはそんなに人がいないんだ」
「余っている人、海渡りの人たちをだから集住させたということですか」
「そんなところさ」
「気づいているとは思うが、あんまり海辺にいて船やら何やらで海に出られると困るという意味合いもあるけどね」
ローザは裏事情を語る。概ね、ファリルにとっても想定内だった。
「でしょうね。地図の書き換えとまでは言いませんが、意図的な範囲縮小はあなたかあなたの父、先代地方府長官の力添えがなければ無理だったでしょう」
「それで、どうしてここに来た」
「ここに来たとは?」
「何か狙いがあるんだろう」
ローザは鋭い目つきで、ファリルを見つめる。
「ええ。チェンバレンさんの件と、ベリーズ調査官の件は内々で処理して欲しいんです。そのための労苦はカニンガムがお力添えしますし、お支払いもします」
「あんたはいつから腹芸を覚えたんだい」
先ほどとは打って変わって、ローザは呆れたような表情を浮かべた。
「お祖父様の口調を真似するなら、必要に応じてですね」
「あのジジイの血族は、やはりというところか」
「ええ、そのようです。ですが、プリモシュテンも血は争えないかと。チェンバレンさんがやったことを知っていますよね」
「ああ」
どこか疲れたようにローザは頷いた。
「同時にあなたは帝国が来ないことも知っている」
「言うじゃないか。この土地の過去に辿り着いたのかい」
「ええ。だからいたずらに混乱を招くようなことを僕はするべきではないと考えます。士官ダイバースーツ、シリアルナンバーは調べていただけましたか?」
「ああ、確かにブロウのものだったよ」




